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2015.01.11 Sunday

「冷えとり健康法」&バクティアリのバッグ


新しい年もあっという間に10日が過ぎてしまい、ブログ更新が遅くなりましたが、
​どうぞ2015年がみなさまにとって良い年となりますように……

* * *

昨年は「繕う」テーマの記事で終わったこのブログ、
オープニング(?)を「繕った靴下」の写真でかざりたいと思います。


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実はワタクシ、昨年から「冷えとり」なるものをはじめました。
みなさんのまわりに、尋常では考えられないほど靴下をたくさん履いている人がいれば、
たぶんその人は冷えとり健康法の"信者"です。

詳しい話は省略しますが、とにかく下半身を温めることによって健康になろう、という話で、
身体を悪くしたことをきっかけにはじめました。
ひどい肩こりもなくなりましたし、自分的にはイイ感じなんじゃないかと思っております。

この靴下はシルクとウールの混紡ですが、かかとの部分が薄くなってきました。
他の部分はまだしっかりしているので、かかとだけ補強するよい方法はないかと考え、
近所のスーパーの手芸品売り場で「刺し子用木綿糸」と「刺し子針」を見つけ、補強しました。

「繕う」、いいじゃん! 
モノを大切にするって、なんか心もほっこりするよ♪

* * *

毎日できるだけ歩くようにもしているのですが、
ウールにどれだけ助けられているか……ハート

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アルパカの帽子と手袋!
むひー、アルパカ、あったかい〜!
アルパカ初体験だったのですが、ハマりました、このねっとりとした繊維のテクスチャー!

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カシミアとかパシュミナとか洗練された素材よりも、個人的にはやっぱり素朴な素材が好きなんですね。

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冬のベッドカバーにはモヘアのブランケットをかけていますが、あったかくて軽い!
これはアイルランドのAVOCAのスロー。
鮮やかな発色のテキスタイルがあると、殺風景な寒い冬も楽しくなります。

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モヘア70%、ウール25%、ナイロン5%
アンゴラ山羊は羊よりずっと毛が長く、手触りもふわっとしています。

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使いはじめは「遊び毛」がけっこう出ましたが、いまは落ち着きました。
目が覚めたときスローをナデナデして、モヘアの気持ちよさを味わっています♪

* * *

自分はどんだけウール好きなんだ! って感じですが、
いよいよ「トライバル・アイテム」の登場です。

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これは南ペルシアの遊牧民の小さめバッグ。
袋の底が長いパイルの絨毯織りになっているので、たぶんバクティアリ族のものだと思います。

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カラフルな色糸で、スマック織りもびっしり!
ピンクやオレンジなど化学染料?と思うほど鮮やかな色もありますが、たぶんすべて天然染料。
レモンイエローもきれいです。

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袋の裏はおちついた茶色の原毛。

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かと思うと、ところどころに色糸を織り込んでいて心ニクイ!

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この袋に湯たんぽを入れて、パソコンデスクの床に置いているのです。

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袋には湯たんぽが入っていて、ココに……

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足をズボッと入れると、「あ〜、ぬくぬく〜♪」
(生活感あふれる写真でシツレイしました・・・

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今年もよろしくお願いします。
 
2014.07.17 Thursday

Y'S EYE  -カシュガイ「幸福のラグ」-

わたしが"預かっている"絨毯のなかで、
これまでもベストだったし、今後もこれ以上の絨毯を"預かる"ことはないだろう絨毯、
カシュガイ族によると思われる、名付けて「幸福のラグ」。
染料の酸化ぐあいなどから、おそらく150年ほど前に織られたものと思われます。

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これは以前にも何回かアップした写真(ディーラーによる撮影)なので、覚えてくださっている方もいらっしゃるのでは……

* * *

今回、プロ並みに写真がお上手で、
かつ最新のボディに「オールドレンズ」を組み合わせるなど抜群の機材を持っていらっしゃる
Y氏に撮っていただいた写真をご紹介させていただきます!


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ジャーン!
自分が"預かっている"絨毯に言うのもなんですが、きれいでしょう?
宝石のような絨毯。
(本当はずっと大きな画素で撮っていただいたのですが、ブログにアップできなかったので小さくしました)


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まんなかのメダリオン部分。
この熟成された染料をみてくださいな♪

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「どこか焦点を当ててみたいモチーフありますか?」と訊かれて答えた
「このゾウさんみたいなヤツ!」

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パイルの輝きなんかも、ホント綺麗〜に撮れてます。
(もしかして実物以上かも……)

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黄緑と青緑のアブラッシュも綺麗!

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パイルの結び目がつやつやと輝いてます。

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ボーダーのお花がとてもやさしくカワイイ!

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たくさんのお花・星・動物たち……


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アングルを低〜くして撮ってみると……

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ベースのインディゴもキラキラ☆

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150年ほどの歳月を経て熟成した茜もふくよか。
すべての配色が心地よいハーモニーを奏でています。

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これを織った人はどんな女性だったのかな?

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後世に伝えていきたいカシュガイ族の絨毯です。

こんなに素敵な写真を撮ってくださったYさん、ありがとうございました!

 
2013.05.11 Saturday

カシュカイかハムセか?


南ペルシアの遊牧民には、カシュカイ族、ルリ族、バクティアリ族、アフシャール族、ハムセ連合などがいますが、
かれらが織る絨毯やキリムはけっこう似通ったものが多く、区別するのは難しいとされています。

一例として、Rippon Boswell というオークションハウスのカタログ(1987年3月)を見てみましょう。

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(1900年頃 カシュカイ絨毯 256×146)

前に「ハムセ連合といえばバード・ラグが有名」と書きましたが、
このカタログでは「カシュカイ族」の絨毯として紹介されています。
このカタログ以外でも、このようなバード・ラグ・デザインの絨毯を「アフシャール」と分類している本もありました。

一方で、同じカタログで「ハムセ連合」と分類されているのはつぎの絨毯。

Scan10007.JPG
19世紀末 ハムセ絨毯(220×129)

この絨毯の説明文を読んでみましょう。

「いまなおカシュカイの絨毯とハムセの絨毯を区別するのは難しい。
この二つのグループは、しばしば同じデザインを織ることがあるからだ。
しかしこの絨毯は、カシュカイにしか使われない文様が見当たらず、
花模様を鎖状につなげるメインボーダーの文様から、ハムセのものだと思われる」

この区分は、絨毯に使われている「文様」に基づいたもののようです。

ちなみに有名オークションってどれくらいの値段なの?……と興味をもつのも人情です。
実際の落札価格表はついていないので、estimateといわれる「見積もり価格」は、
上の絨毯が、5400-6600スイスフラン、
下の絨毯が、16000-19000スイスフラン、となっています。

絨毯は実際に見てみないと、ウールの質や色彩や発せられるオーラがわからないので
写真だけでは何とも言いがたいのですが、大きさはほとんど同じです。
同じオークションハウスの同時期のオークションで、これだけ価格差があるのはどこが違うのか?
絨毯の値段というのは、難しいものですね。

* * *

つぎに John Collins 著"FLOWERS OF THE DESERT"というカタログを見ますと、

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このデザインを見て、「あっ、ハムセ!」と思われる方もいるでしょう。
ハムセ連合のなかでも Basseri と呼ばれるグループがよく織るデザインのように見えます。

ところが説明文を読むと、これはカシュカイのものに分類されているのです。
Scan10005.JPG

その根拠の中心となっているのは、デザインではなくウールの質と染色、デプレスの強さ、横糸です。
・ウールの紡ぎがしっかりしていて、ハムセのウールよりコシがあること
・より熟成した深みのある染色であること
・織りの技法として、ハムセよりもデプレスが効いている(より立体的な織り)
・横糸の色が明るめの赤であること(ハムセの赤はもっと渋め)

この J. Collins というディーラーは南ペルシアの絨毯のスペシャリストの一人なので
数多くの絨毯を見てきて、何度も現地に足を運んだ経験に基づいたものと思われます。
ただしそれが本当に正しいかどうかは、専門家の間でも意見が分かれるかもしれません。

ただ個人的に重要だと思うのは、
絨毯を織った部族やグループは、デザインももちろん重要ですが、
細部に使われている文様や、使われているウールの質、縦糸と横色の素材や色、
デプレスなど織りの技法、セルベッジとかシラゼとか呼ばれる縁の処理の仕方など、
総合的に判断する必要性です。

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この絨毯は、James Opie 著"TRIBAL RUGS OF SOUTHERN PERSIA"掲載のもの。
「どこかの村」で織られたもの、つまりカシュガイでもハムセでもなさそう、という絨毯。

縦糸と横糸がコットンとのことで、一般論としてコットンを使うのは定住民がほとんど。
デザイン的には、中央の赤いメダリオンはアフシャール族がよく使う文様。
しかしメダリオンから横に伸びている「腕」のようなデザインはアラブ・ハムセが好むもの。
ペアのニワトリが向かい合っているデザインはハムセ、
フィールド四隅の縦のストライプ文様は、カシュカイとハムセがよく使う……
そして絨毯の結び方は、「右側が開く非対称結び」で、アフシャールの村で使われる技法。

いろいろ考えた結果、これはハムセとアフシャールのテリトリーが交わるあたりの
ネイリーズ近郊の村で織られたものではないか、というのがオピエ先生の推測です。

あー、難しー! よっぽど絨毯が好きじゃないとやってられませんよね、こんな分析(笑)。



2013.04.26 Friday

The Khamseh Confederacy ハムセ連合について


カシュカイ族については、日本でもギャッベを織ることで一定の知名度がありますが
「ハムセ」と呼ばれる人たちの絨毯についてはほとんど知られていないと思います。
以前ヤフオクでハムセ絨毯を出品されているコレクターの方がいて「おおっ」と思った記憶があるくらい。
その方は「カムセ」と書かれていたけれど、たしかに欧米人は“K”をはっきり発音するようです。
「噛むぜ!」みたいな……(すみません、スルーしてください)
ちなみにイランの方が「ガシュガイ」と濁音を強調されているのも聞いたことがありますが
私は実際の発音がわからないので、このブログで間違った表記などがあったらぜひ教えていただきたいのでよろしくお願いします。

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この地図の点線部分を拡大したものが下の地図で、南ペルシア遊牧民の勢力分布。

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Hali Issue29 (1986年)より
J. Opie による南ペルシアの19世紀末から20世紀初頭にかけての勢力図

上からルリ、バクティアリ、ルリ、カシュカイ、ハムセ、アフシャールとなっています。
QASHQAIという字の右に Shiraz と Neyriz、 AFSHARの字の上に Kirmanと記載されていますが
シラーズ、ネイリーズ、ケルマンはいずれも絨毯の有名な集積地で、今でもここで活発な取引が行われています。 

1931年発行の"Facts about ORIENTAL RUGS"という本には、この三つの集積地の説明、
そして「アフシャール」と「バクティアリ」の絨毯については説明があるのですが、
「ハムセ」はもちろん「カシュカイ」という言葉は出てこないのです。

アフシャール、バクティアリが早くから欧米市場向けので知名度を上げたのにたいし、
カシュカイの名前が知られるのはやや後だったようです。

ただしこの本でも「シラーズの古い絨毯は艶のあるすばらしいウールで有名」とあり、たぶんこれはカシュカイ絨毯のこと。
カシュカイのウールはもっとも良質で艶とコシがあるとされ、ウールそれ自体が商品として売られていました。

そして「ハムセ絨毯」という言葉が知られるのはさらに遅く、1980年代欧米に「トライバル・ラグ・ブーム」が訪れてから。
いまでもシラーズの絨毯商人たちは、ハムセのことを「アラブ」と呼んでいるようですが、これについては後述します。

* * *

ハムセは「1860年代ごろ当時のカジャール朝に反抗的だったカシュカイ族に対抗させるため、
政治的に組織された連合体」と言われていますが、マグドナルド版「トライバル・ラグ」によると、
「シラーズからアラビア海へ向かうキャラバン隊の積荷がしばしばカシュカイ族に強奪され、
それを防ぐことが大きな目的だった」と書かれています。

当時のカシュカイ族は南ペルシア一体で勢力を持つ強力な存在だったようです。

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マクドナルド版「トライバル・ラグ」より

頂点に部族長一家、その下に6つの支族(タイフェ)、それがさらにサブグループ(ティラ)に分かれています。

この強力なカシュカイ族に対抗してシラーズの有力な一族出身のAli Muhammad Ghavamがハムセ連合を結成、
自らが初代「イル・カーン(最高指導者)」になりました。

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こちらはハムセ連合の支族図ですが、じつは「ハムセ連合」という組織はもうありません。
遊牧民定住化政策により1950年代に連合は解体、唯一残っていたBasseri支族も90年代に解散し、現在は複数の地域に定住しています。

このように今は無きハムセ連合ですが、かつては上のように6つの支族から構成されていました。
「ハムセ=5」って言っていたのになぜ6つかというと、アラブ族が二つに分かれているからです。

まずアラブ系のグループが二つ。ファルス地方にアラブ族がやってきたのは7世紀ごろで、
南ペルシアにもっとも古くから住む部族であったルリ族から絨毯織りを学んだといわれています。

Arab Jabbareh は数の上で最大グループであり、絨毯織りが得意でしたが、
Arab Sheibani は絨毯は織らなかったようです。
(なおカシュカイ族にも絨毯を織らないグループがたくさんありました)

つぎにトルコ系グループが二つで、かれらはカシュカイ族よりも100年以上前からファルス地方に住んでいたと言われています。
Baharlu と Ainalu はいずれも絨毯を織りますが、この二つの区別は難しいとか……

次の二つは複数のエスニック集団が混じり合ってできています。
Nafar は、セシルエドワードによるとトルコ族とルリ族の混合で、キリムと袋をよく織り、
Basseri は、ペルシャ語系民族で、よく次のようなデザインの袋を織ります。

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Basseri と思われるホルジン。

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このバッグフェイスが似ていますね。
ハムセ絨毯はカシュカイに比べて数が少ないのですが、このデザインはネットでときどき見かけます。

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Jenny Housego "Tribal Rugs"掲載のハムセの女性。
カシュカイ族の写真はあちこちで見かけますが、ハムセメンバーの写真は知ってる中でこれ一枚。
この本は1987年発行なので、そのときに唯一残っていたBasseriグループの一員なのでしょうか。

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ハムセ絨毯といえば、やはりバード・ラグが有名です。
これはアラブ系支族のものでしょうか?

そして、この絨毯の端かがり部分を拡大すると……

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写真右側のセルベッジがさまざまな色でかがられていますね。
この仕上げをするのは、南ペルシアではハムセとアフシャールだといわれています。
カシュカイの絨毯は、理髪店のサインポールのように二色の糸を交互に入れているものがほとんどです。
このような部分は、どの部族が織った絨毯であるのかを判断する一つのヒントになるわけです。

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これは上記HaliのJames Opieの記事からの絨毯。
このように人物像が織りこまれている絨毯は、
個人的な記念日や儀式のために織られた可能性が高いものです。
下方中央部分に男性が手を広げて立っており、
メダリオンの外側上方に、さらに2人の人物が織りこまれています。

このような絨毯はハムセの中でもかなり珍しく、貴重なものだったと思います。
絨毯のことを調べているうちに、いろいろなことがわかってきます。
同じ部族でも絨毯を織るグループと織らないグループがいたり、
毛織物でも日常使いのものと特別なものがあること。

ペルシャ系、トルコ系、アラブ系、そしてそれらが混合してできたグループ……
いやあ、南ペルシアも知れば知るほど興味が湧いてきます。
不思議なのは、知れば知るほど分からないことがたくさん出てきて、
いつになっても「全部わかったぞ〜」と言えそうにないこと。

絨毯からはじまるさまざまな「分からないこと」、この謎を追い求める作業自体が
ひとつの大きな楽しみでもあるんですね。

2013.04.19 Friday

ハムセの「5×4.5」ボテ アンティーク絨毯


 キター ━(゚∀゚)━!!!
届きました! 待望のハムセのボテ絨毯。

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大きなボテのなかに小さなボテ、その中にはさらに小さなボテが入っています。
"Mother & Child rug" などとも呼ばれるようです。

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室内で撮った全体写真。織られたのはおそらく19世紀末のアンティーク絨毯です。

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室内で撮った絨毯の「質感」。しっとりと落ち着いた色。


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太陽光のもとで撮った全体写真はこんな感じ。
「遊牧民のグラフィック・デザイナー!」
いまのわたしたちから見ても、とても新鮮なデザインです。すっごーい!

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太陽光のもとでの絨毯の「質感」

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フリンジはこんな感じです。
ハムセらしく茶系の縦糸に、キリムエンドはシンプルなボーダー柄。
3重になったお花のボーダーがお行儀よく並んでいてカワイイ!
その間には、赤と緑(または青)二色の柄の細いボーダーも配置されています。
これは欧米で"barber pole"ボーダーと呼ばれ、日本でもおなじみの理髪店のサインポールになぞらえたもの。

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絨毯の上部分の写真です。
フィールドには大きなボテが縦横それぞれ5個ずつ並んでいて、
その隙間は、お花や四角形など小さなモティーフがたくさん。
この絨毯の面白いところは、一番上の段のボテのサイズが下段のものより小さいこと。
だから「5×5」ではなく、「5×4.5ボテ絨毯」と命名しました。
「4.5」といっても別にボテが途中でちょん切れているわけじゃないんですけど……

パイルの向きから考えて、この絨毯は下から上に向けて織っていっています。
この絨毯を織った人は、自由気ままに織っていて、ふと気づけば「あれ!縦糸が足りない」と
あわててボテのサイズを変更したのかもしれません。
それでも工夫をこらして、みごとに完成させています。
ボテの大きさの違いは、わたしにとっては「これぞトライバル・ラグ!」という感じ。
一分の隙もない完璧な構図の絨毯より、親しみやすく愛着が湧きます。

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絨毯の中央部分。大きなボテのなかを一つずつ見ていると時間を忘れそう……

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絨毯の下側部分。リズムが感じられ、見ていて楽しくなってきます。

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大ボテ内部の上の方には、小ボテに乗っかるようにお花が咲いているし、
下の方の左側にはウルトラマン(←古っ!)の顔みたいなボテが……
よく見るとウルトラマン、いっぱいいるじゃん! 別名「ウルトラマンの隠れ家」絨毯。
大ボテと大ボテの間には、「小さいおうち」っていうか「小さいアパート」みたいな四角いモチーフ。
きっとこの中にもウルトラマンの子どもがいっぱい住んでるゾ!

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「トライバル・ラグ」と呼ばれる遊牧民の絨毯は、基本的に下絵なしで織られます。



これは、以前ご紹介したカシュカイの「ワギレ」と呼ばれる織り見本ですが、
このようなサンプルを見ながら織ることはあっても、
文様の配置の具合や細かい部分は、基本的に織る人のセンスにまかせられます。

だからこれを織ったハムセの女性は、「大体こういう構図で織る」というイメージと
上のような織り見本を参照する以外は、自分の感性で絨毯を織ったはず。
その感性を感じ取れる点こそが、トライバルラグ――なかでも南西ペルシア遊牧民の絨毯の醍醐味。

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100年以上前の遊牧民の暮らしには、新聞もなければテレビもない。
ファッション雑誌もなければ、展覧会でアートを見る機会もなかったはず。
絨毯のデザインや色彩を、多様に学ぶ機会がきわめて限られていたにもかかわらず
こんな美しい絨毯を織ることができたなんて、本当にすばらしい!

* * *

さて、これらボテ文様の絨毯がペルシアでさかんに織られるようになったのは
17〜18世紀に発達したインドの「カシミール・ショール」が19世紀にヨーロッパで大流行し、
「ペイスリー文様」と呼ばれたそのデザインが、絨毯にも使われるようになったからだと言われています。
James Opie著"Tribal Rugs Of Southern Persia"によれば、
カシミールショールの成功によって、ペルシアのケルマンでも「ペイスリー文様」のショールや絨毯が織られるようになり、
ひいてはカシュカイ・アフシャール・ハムセなどの遊牧民もボテ文様の絨毯を織るようになったとのこと。

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これがJames Opie版"Tribal Rugs"に載っているハムセのボテ絨毯(19世紀後半)です。
今回わたしがご紹介しているボテ絨毯とはまた違ったイメージですね。
この絨毯は「ケルマンのショールや絨毯の柄を細かいところまで忠実に再現するために努力したものではないか」と説明されています。
この「初期」ボテ絨毯に近いハムセの2枚をご紹介しますと……

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"Flowers Of The Desert" by John J. Collins, Jr という展覧会のカタログ本からで、
上の絨毯は織られた年代が推定1880年、下は推定1900年とされています。

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柄の細かいところまでお見せできなくて残念ですが、この著者も
「時代が古いピースの方が、カシミール・ショールの文様により忠実」と述べています。

ちなみに、ときどき「絨毯の年代」が問題になりますが、年代の確定というのはとても難しい作業です。
絨毯の年代を科学的に証明するためには、いまのところ「放射性炭素測定」が一番正確だといわれていますが
そんな大変な作業はお金もかかることだし、普通はできません。
だからディーラーや専門家は、たくさんの絨毯を扱ってきた経験で「大体の年代」を推定しています。
なので上の2枚の年代も、あくまでもコリンズさんとその周辺が討論をして出した数字なわけです。

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これは、Brian W. MacDonald版の"Tribal Rugs"からの絨毯です。
(同じ書名が二つありますが、今後は「オピエ版」「マクドナルド版」と表記したいと思います)
それによると、この絨毯の推定年代は「19世紀後半」。
1899年でも19世紀後半には違いないし、全体の雰囲気から「20世紀には入っていない」と判断したのでしょう。

こちらのボテ文様は、今回のわたしの絨毯に近いタイプ。
曲線を多用し細かい文様がこれでもかと言わんばかりに織りこまれた、初期のボテ絨毯とは印象が違います。

初期のタイプとされるボテ絨毯は、ペルシアの数多くの絨毯産地でも織られているようで、
ケルマンはもちろん、セネやビジャーなどいわゆる都市工房のものも多いようです。

好みは人さまざまですが、より抽象化されたボテ文様の絨毯のほうが個人的には好き。
ボテ文様のもともとのルーツが、都会的なカシミール・ショール柄だったとしても、
そこから刺激を受け、最初は真似をしながらも、やがて深いところまで取り込み消化し、発展させた文様――
夢にあふれたかわいい絨毯が得意なハムセならではの、ステキな絨毯が生まれたのだと思います。

やっぱり大好き、トライバル・ラグ。
ひとりでも多くの人たちに、このすばらしさを分かってもらいたいな〜!

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2013.04.13 Saturday

南西ペルシア遊牧民の袋いろいろ


3月末にトライブさんのウエアハウスで開かれた絨毯好きのつどいに行ってきました。
詳細は rug life さんのブログにも書かれていますが、イランからの新入荷を見せていただきました。
今回の仕入れの旅は、なかなかに収穫大だったようです。
現地ディーラーが"宝箱"に仕舞っていて、これまでは見せてくれるだけで譲ってはもらえなかった逸品もたくさん入手されたようでした。

私の好きな南西ペルシア遊牧民によるすばらしいピースもたくさんあって、特に「ハムセ連合」の二枚の絨毯が目を引きました。
どちらにもボテ文様が使われており、染色・デザイン・織りのいずれもすばらしいもの。

「ハムサ」というのはアラビア語で数字の「5」を表し、「ハムセ」は5つの部族連合という意味が込められているようです。
トライブさんのブログに詳しく書かれていますが
1860年代ごろ当時のカジャール朝に反抗的だったカシュカイ族に対抗させるため、
政治的に組織された連合体だったと言われています。

ただしカシュカイ・ルリ・ハムセ・アフシャールなど南西ペルシア遊牧民の絨毯はかなり似通っていて、
どの部族が織ったものか、確定しがたいものがたくさんあります。
ハムセのものは「バード・ラグ」といって鳥がたくさん織りこまれたものが有名ですが、
鳥が織りこまれているからといってハムセとは断定はできないみたいで、今後の研究の成果が望まれます。

ああ、そしてそして、「収入がなくなったからもう絨毯は買えない」と言っていたワタシなのに、
ボテ絨毯の魅力に負け、思わず「買います!」と叫んでしまったのでした。 (>_<)
そのうち「絨毯界の中村うさぎ」として有名になるかもしれません。
……で、その絨毯が届いたらブログでご紹介しようと思っていますが
その前座として、南西ペルシアのパイル織の袋をご紹介することにしましょう。

* * *

まず、これまでにご紹介したことのあるハムセとカシュガイのバッグフェイスです。

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1930年代ごろのものと思われるハムセのバッグフェイス
コンディションは良くすべて天然染料と思われますが、歳月が醸しだす風格はまだこれからというところ。

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遊牧民の袋物の口を閉じるために使われる「魔法のファスナー」の部分もカラフルです。
ハムセのどこか好きかと聞かれたら、もちろん「夢のある可愛いデザイン」が挙げられますが、
「カラシ色」とでもいうべきガッツリ系の黄色が特徴的です。
カシュカイが使う黄色は、もっとやさしい薄めの色が多いような印象。

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カシュカイかハムセか判別するためのひとつの目安が縦糸の色だと言われています。
カシュカイはオフホワイトをよく使うのにたいし、ハムセやルリ族は茶色系の縦糸が多いようです。

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メダリオンの部分。
対角線上に配置された四つの白いモチーフは、ハムセの袋に良く使われます。
この文様の起源はよくわからないのですが、ヘラティ文様の変形かな?

* * *

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◆ 帙維澆寮濯」の記事でもご紹介したカシュカイのバッグフェイス。
100年は経っていると思われます。色彩・デザイン・織りともにすぐれたピース。

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「魔法のファスナー」の部分。他のものと比較してもおもしろい。
カシュカイのキリムや絨毯によく使われる、白と紺の浮き綾織りもついてます。

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やはりカシュカイらしく、縦糸はオフホワイト。

* * *

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 カシュカイも多数のグループから構成された連合体なので、
どうやらこのピースは△箸楼磴Ε哀襦璽廚里發里里茲Δ任后
このピース、織りはけっして下手ではないのですが、ボーダーのところとかやや脱力気味。

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△枠羈單薄めでですが、こちらはぼってりと肉厚のパイル。
ウールの質感も違います。△魯汽薀辰箸靴心兇犬任垢、こちらはモコモコしています。
ペットみたいに、撫でていると安心する感じです。

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「やあ、みなさん! ボク、おサルのウイッキー! よ〜ろしくね!」

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縦糸はやはりオフホワイト。
裏を見ると、△砲らべて織り目が大きいのがわかります。

* * *

f1.JPG

ぁ.魯爛擦寮弔辰櫃ぅ丱奪哀侫Дぅ后やはり100年は経っているでしょう。
デザインは,離魯爛擦里發里剖瓩い里任垢、
織りの上手さやウールの質感は、△離シュカイのピースに似ています。

f3.JPG

縦糸は茶色系で、ハムセである根拠のひとつ。
ただしどの世界でも例外はあるので過信しないほうがいいでしょう。

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魔法のファスナー。ここにも白と紺の浮き綾織りが使われています。
「白と紺の浮き綾織り=カシュカイ」とする説もありますが、ハムセやルリ族も同様に使うようです。

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メダリオン部分。お花やS字やボテが散りばめられていて、夢がありますね〜。
写真があまり良くありませんが、緑や水色、カフェラテのような中間色がとてもきれい。

* * *

h1.JPG

ァ,海譴發燭屬鵐魯爛察この中では一番古いかもしれません。120年は経っているでしょう。
赤く染められた横糸が使われているので、パイルがすり減ってベースが出ても味わいがあります。
一番外側のボーダーに使われているカラシ色などにより、明るい印象。
その内側のお花のボーダーもとてもかわいい! 心地よいリズムがあります。

h3.JPG

袋物は裏側のキリムが外されて表側だけになったものが多いのですが、これは裏も残っています。
シンプルなボーダー柄ですが、赤茶色とくすんだ青にも味があります。

h2.JPG

魔法のファスナーがかろうじて残っています。ああ、いいなぁ、この風格!
白と紺の浮き綾織りの代わりに、赤と緑のナナメ文様の浮き綾織り。
パイルは短くなり、ツブツブの結び目がおひさまの光をあびて輝いています。

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メダリオン部分。左右上方にチョコンと動物が織りこまれています。鹿でしょうか?
補修がたくさんあってコンディションは良いとは言えませんが、染色も織りもすばらしい。

* * *

j1.JPG

Α(戸妖にはハムセみたいですが、どうも織りが甘いピースです。
ボーダーの★のモチーフなどから、もしかしてアフシャールかもしれないと思ったり……。

j4.JPG

メダリオン部分も、なんとなくお茶目なカンジ。
白い枠の中心は、ゆるキャラの「ブーちゃん」? 
j2.JPG

魔法のファスナー部分です。
白いヘラティ文様(?)の大きさもちがうし、織りもどことなくつたない感じですが、愛すべきピース。

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縦糸はオフホワイトと茶色のミックス。
コンディションはかなり悪く、新しい毛糸であまり上手とはいえない補修がされています。
でも、なんかスキ。 「これ、となりの村の○○ちゃんが織ったんだよー」って感じかな?

* * *

i1.JPG

А,海譴和召箸呂なり異なった印象で、どの部族が織ったのか一番分からないピース。
「アラブ系のハムセ」ではないかという意見をいただきましたが、
絨毯の本でも、これに似たピースは見当たりません。

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メダリオン部分も、カシュカイがよく使う亀のようなモチーフですが、暗色系でまとめられています。
ハムセの要素の濃い鳥、ボテ、無数にちりばめられたちいさなモチーフたち。

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縦糸はオフホワイトなので、カシュガイの小さなグループかもしれないと思ったり……



魔法のファスナー部分の上下に、赤と緑の浮き綾織りが配置されています。
ボーダーの文様も、あまり見たことがありません。
ホント南西ペルシアって、遊牧民のるつぼというか、区分しきれないグループがたくさんいるみたいです。

* * *


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─,海譴呂曚箸鵑標かけない図案。ルリ族のものでしょうか?

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袋の裏側も、魔法のファスナー部分も残っている「完品」。
表側の色はキレイに残っているのに、裏側はかなり日に焼けた感じです。
遊牧民がチュバルやマフラッシュを使う際、もったいないので綺麗な側を裏にする、という話を聞いたことがあります。
これも、きれいな表側を日に当てないようにしていたのかもしれませんね。



魔法のファスナーはこうやって使います。
スリットでつくられた穴に、白と茶のループを順番に通していくと、袋の口が閉まるのです。

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それにしても、この文様の楽しいこと。 「紙風船のダンスパーティー」?!



タリラリランランラン!



それでは次回、ハムセ連合のボテ絨毯をお楽しみに!

2011.11.27 Sunday

コレクションの整理

 すみませんが今日は(も?)手抜き記事になります。



自分が所有できるラグの数は、小さいものも含めて100枚が限度かなと思っています。
それを超えると、きちんと管理が行き届かなくなるので……



好きで集めているモノたちだから、大切にしてあげたい。



本当は手離したくないのですが、自分の保管能力を考えると
年に数点かは手離さざるを得ないかな……と。



今日ヤフーオークションに二点のラグを出品しました。
絨毯をネットで販売するのは難しいなと思いつつ……
その理由は、絨毯というものは実際に見て手触りなどを確かめてみないと
本当のところは分からないからです。



特に部族絨毯をほとんど実際に見たことがない人にとっては、
写真から実物を想像するのはとても難しいと思います。



今回、以前ブログでご紹介した、このカシュガイの絨毯と
アフガニスタンのトルクメン絨毯を出品したのですが、
もし入札してくださる方がいたら、せめてたくさんの写真を見てほしい。

とくにこのカシュガイ絨毯は、コンディションに問題があります。
写真左下のシラゼ(縁)の糸が一部なくなっていますし、
その右側から上に向かってパイルの抜けが見られます。



右手の絨毯裏面には、黒っぽい汚れも見られます。

ときどき裏面にこのような汚れが見られますが、
おそらく絨毯を床に固定するため、接着剤で張り付けたものの残りではないか、
という意見を聞きました。クリーニングしても、この汚れは取れないそうです。
この絨毯本体はきれいです。



白いガーゼのような布が張り付けられており、
この部分のパイルの痛みを、これ以上広げないためだと思われます。



コンディションに問題はあるものの、
ご覧のようにビロードのような艶があります。



ありとあらゆるモチーフが散りばめられています。



3つのメダリオンに、やはり蟹あるいは亀の文様が配置されています。



これは裏から見たところ。
きれいな織りです。



左手をよく見ると、やはりパイルが痛んでいますね。



この写真ではパイルとシラゼの痛みがはっきりとわかります。
シラゼ自体オリジナルではなく修復されたものなので、それが痛むということは
年代的にはけっこう古いものなのでしょう。



個人的にはこのエメラルドグリーンが好き。
アブラッシュが見られ、とても味わいがあります。



色合いもまったりしていますね。
これは染めが年月によって酸化したせいのでしょうか?
年代の若い絨毯に、色がぼやけた感じのものがありますが、それとは違います。



ボテ・花・動物などなど……
やはり中央部分のパイルが無くなっています。



これだけたくさんのモチーフを多色づかいで嫌みなくまとめています。



左下側に塗料の跡アリ。



絨毯はこなれていて、よく撓(しな)ります。



こんなコンディションでよかったら、どなたかにお譲りしたいと思います。
絨毯自体は、とてもいいものです。



やさしい手触りを楽しんで、



末長く可愛がってやっていただけると嬉しいです。



さて、二枚目はアフガニスタン北部のトルクメン絨毯。
折って保管していたので畳みジワが残っていますが、
平らにして何回か掃除機をかけているうちに直ります。

ちなみに掃除機をかける場合の注意事項として、
フリンジを巻き込んでしまうと切れてしまいます。
なのでフリンジ周辺はホコリを手で払い落すなど工夫をし、
掃除機をフリンジ部分に近づけないことです。



フリンジの長さがまちまちになっています。



オールド・スレイマン・ギュルと呼ばれる文様です。



トルクメン絨毯は一般的にパイルは短めですが、
この絨毯は毛足が長く、1cm弱あります。



陽に当てると、こんなに輝きます。



バルーチもそうですが、トルクメン絨毯も写真を撮るのがすごく難しい。
すこし赤が強めに写ってはいますが、まあまあの撮れ具合かな?



これはちょっと白っぽく写っています。



全体像。絨毯の艶が裏目に出て、白っぽく写っています。



もう少しダークな色合いです。



グレーとこげ茶は羊の原毛の色だと思います。



毛足が長いので、さわり心地・踏み心地はとても良いです。
寒い冬に、深い茜色とリッチなパイルはうれしいもの。



ご興味があれば、「カシュガイ絨毯」と「トルクメン」でヤフオクを検索してみてください。
宣伝になってしまって恐縮です……


2011.11.20 Sunday

カシュカイの袋物&家畜用の毛織物


カシュカイ族は敷物あるいは壁掛け用の絨毯やキリムのほかに
大小の袋物や家畜用の装飾用など、さまざまな用途の毛織物を織ります。
とりわけホース・カバーには見事な毛織物が見られます。

わたしはバッグ・フェイスしか持っていないので、二冊の本からご紹介しましょう。

まずは "TRIBAL RUGS" by Jenny Housego からの写真を二枚。



後側の袋は、よく見られる二つ折りの袋ではなく、横長の構造になっています。
「鳥の頭」と呼ばれる文様を八角星がぐるっと取り囲んでいますね。
ティー・セットや水差し、お鍋、小物入れ。
こういった生活用品を、きっと大事に使ったんでしょうね。



これは移動の際、布団など大きいものを入れる袋です。
以前、シャーセバンのマフラッシュをご紹介しましたが、
用途は同じでも、違っているのは毛織物の縁を皮革で覆っているところ。
いかにも頑丈そうです。

さて、次はジェームス・オピエが書いたもう一冊の本
"Tribal rugs of southern Persia" という南ペルシャに的を絞った本から。



袋物の種類からいうと、これが一番ポピュラーな形でしょうか?
ただし、今はこのように完全な形で見つかることはめったにありません。
キリム部分、特にまん中が痛んでしまうので
多くは「バッグ・フェイス」という形になってしまいます。



これは「チャンテ」などとも呼ばれる小型の袋です。
著者によると、これはおそらく嫁入り道具で、とても丁寧に織られているとのこと。

この本は、「今日、南イランの部族における優れた芸術としての織物はほぼ死滅した」
という悲観的な文章で始まります。

著者は、1974年にシラーズのバキル・バザールを訪れた際、
二人のカシュガイ族の女性が「シラーズ・デザインっぽい」ベルギー産機械織りじゅうたんを
必死で値切っているところを目撃して衝撃を受け、
もはや過去のものとなった「真正の部族の毛織物」を伝えるためにこの本を書いた、
と述べています。

なんか湿っぽくなりますが、部族絨毯に対する著者の熱い思いが伝わってきます。



これは馬の背にかけるホース・カバー。
キリム地にカラフルにパイルが織りこんであります。
上の細長いピースは馬の首に巻く飾りでしょうか?

これだけ立派なホース・カバーは、結婚式や移動の際などの特別な時に使われたことでしょう。
馬はとても敏感な動物ですから、
これを掛けられるときは、自分にとっても「晴れ舞台」で嬉しかったのではないかな?



これはずいぶん違った織りの技法が使われていますね。
色数は上のものに比べると少ないですが、
織りの技術の高さと引き締まったデザインで、
とても風格のあるホース・カバーです。



これらは家畜の首に巻いた飾りだと思われます。
馬だけでなく、小さめのものはロバ用のようです。


これはなんと言うか、お茶目なピース。
貝殻やビーズ玉は割合古くから使われているとしても、
ビンのふたなど金属の破片、プラスチック・ボタンに化繊の布切れまで
目いっぱい飾り立てました!……というちいさな袋。

でもなんてオシャレなんでしょう!
このデコレーションの配置具合や色合わせ、天才的だと思いませんか?

* * *

オピエ先生、まあ、そうふさぎこまないでくださいな。
こんなステキな毛織物を写真で眺めることができるだけでも、
ハッピーな気分になれるんですから。

2011.11.12 Saturday

カシュカイ 古典的アンティークラグ


トライバル・ラグのデザインは、昔から伝わってきたものが多い。
トルクメン絨毯には各支族のギュルが見られ、それらはいわば「家紋」のようなものといわれている。
トルクメンは自らの出自に対するプライドが非常に高いのか、
他部族からの影響や時代の流行を絨毯に取り入れることはほとんどなかったようだ。

一方で、カシュカイは固有の文様を守りながらも、
他からの影響を受けた絨毯を織ることでも知られている。



これは、"TRIBAL RUGS" by James Opie に載っている
インド・ムガル朝の"mille-fleurs"と呼ばれる絨毯で、18世紀のものとされている。

 

そしてこちらは同じ本に掲載されたカシュカイの絨毯で
19世紀末から20世紀初頭のものとされている。

なぜムガル朝の絨毯とこれほどデザインが酷似した絨毯が
カシュカイによって織られたかという理由について、ジェームス・オピエは次のように説明している。

「サファビー朝のナーディル・シャーは18世紀にインドのムガル帝国を侵略したが、
侵攻に加わったカシュカイのリーダーが南ペルシャへの帰還の際、ムガルの絨毯を持ち帰り、
それ以降カシュカイ族は"mille-fleurs"デザインの絨毯を織るようになったのではないか」

ふーん、なるほど。
じつは私は、なぜアジアでも、中央から西にかけてのトライバルラグがこれほど質が高いのか?
という素朴な疑問を持っている。

また、
遊牧民の絨毯の本来の目的は「機能」である。
暖をとったり、モノを持ち運んだりする「実用」に耐えうれば、
文様も、色も、もともとは要らなかったはずなのだ。
それがなぜ、これほどまでの手間をかけて美しいものを織ったのか?
という疑問もある。

この疑問を解く知恵も知識も持ち合わせていない私としては
絨毯本を少しずつ読み齧りながら頭の空白を埋めていくしかないのだが、
部族絨毯の質の高さは、中央から西にかけてのアジアが「部族の坩堝であったから」
という基本線は間違っていないと思う。

文化というものは単独ではいずれ行き詰まるものであり、
「他者」との接触によってさらに発展するものだと思う。



さて、これは B.W.MacDonald の本に載っている
カシュカイ族カシュクリ支族の固有のデザインとされる19世紀の絨毯。
亀のような蟹のような文様は、かなり古くからカシュカイが好んで織ってきたと言われる。

比較的最近、rugrabbitで入手した絨毯はこれとかなり似ている。



これはrugrabbitでもかなり人気があったラグで、入手できてラッキーだった。



イギリスのディーラーから譲ってもらったのだが、
「僕が寝ている間に8人からオファーがあったけれど、君が一番乗りだったから」とのことだった。
欧米と日本とでは約半日の時差がある。その時差が、このときは有利に働いた。



100年はあるアンティークだと思うが、かなり状態は良い方だ。
欧米人は日本人ほど状態を気にしないが、
状態が良いほうが人気はある。(当たり前だけど)



デザインもカシュカイの代表的なものだし、色合いも美しい。



上の部分が補修されているが、補修自体がかなり前のもののようだ。
補修されていても、全体としてほとんど違和感がない。



金属の輪がついていて、室内の間仕切りとして使われていた模様。
床に敷かれていたのではないから、これだけ状態がいいのかもしれない。



フリンジの処理がボンボンみたいでカワイイ!



上のオフホワイトの糸は補修だが、下のフリンジはオリジナル。
下のフリンジの糸が一部オフホワイトになっているため、
上部の補修も、オフホワイトの経糸に合わせたのだろう。



そのイギリスのディーラーにストックホルムで会うことができた。



バースという観光地で20年以上ディーラーをしているというから
40歳は超えているはずなのに、30歳くらいに見えた。



青い目がガラス玉みたいにきれいだった。



あーあ、もっと英語が話せたら良かったのになあ〜



ハイ!これが亀とか蟹とか言われる固有の文様であります。
私には「ローストチキン」に見えるんだけどなあ……



孔雀でしょうか? ……それにしては、足、デカ!



下のフリンジも黄土色部分が補修された糸です。



それにしてもカシュカイの絨毯には夢があるなあ〜
こんなカワイイ文様がほとんど即興で織れちゃうんだからすごい。



パイルはもともとそんなに長くないけどしっかり残っています。
ベルベットのような質感。



これでも写真うつりはあまり良くない方です。
実物はもっと色に深みがあるんですよ。



やっぱりカシュカイは織りの天才だと思います。

2011.11.06 Sunday

カシュカイ族の暮らし


「明りを灯す人」では、キルギスの男性が「アック・カルパック(白い帽子)」をかぶっていましたが、
それを見て、カシュカイ族の男性がかぶっている茶色いフェルトの帽子を思い出しました。



女性はスカーフなどで髪を隠し、男性は前が割れた形の帽子をかぶっています。


テントのなかで老人がぼんやりしています。
「室内」なのに、帽子は律義にかぶっていますね。

おじいちゃんが一人でテントに座っている写真は、他にも何枚か見たことがあります。
目が白濁していて、白内障ではないかと思われる写真がありました。
あくまでも想像ですが、南ペルシャの強烈な日差しで目を悪くしたため、
屋外での活動に危険が伴うようになって留守番のようなことをしているのかもしれません。

老人の後ろには布団が積み上げてあり、「モジ」と呼ばれる覆い布で隠してあります。
「モジ」につけられたボンボンをはじめ、テントの中はとてもカラフルですね。
絨毯をはじめ、ほとんど化学染料だと思われますが、それほどどぎつくありません。



キルギスのユルタは厚手のフェルトで密閉された構造でしたが、
カシュカイの夏のテントはご覧のようにオープンなつくり。
横長で天井の低い黒テントです。

日本で売られているギャッベやキリムの柄に、
黒テントが織りこまれているのをご覧になったかたもいるでしょう。

今回の記事の写真はすべて

"TRIBAL RUGS -tresures of the black tent-"  by Brian.W.MacDonald

から引用したものですが、この本の内容も少しご紹介したいと思います。
(あくまでも要旨であって、文章の正確な翻訳ではありません)

「一説によれば、カシュカイ族はもともと東トルキスタンに住むトルコ系民族であり、
十一世紀には22部族からなるオグズの1部族であった。
十四世紀末ティムールが彼らを中央アジアからペルシア中部および西部に移動させたが、
その中からメイングループを離脱して南西ペルシアへと逃走するグループが出た。
それがカシュカイ族のルーツであり、Qashqa'i とは「逃亡者・亡命者」の意味を持つ。

また一説によれば、カシュカイ族のルーツは、
ガズナ朝の支配を嫌って西ペルシアへと逃亡してきたイラク・トルクメンの支族であるという。

いずれにしても、カシュカイ族はもともとはペルシャにおらず、
中央アジアもしくは東トルキスタンから移住してきた人々であることは確かだろう」



「カシュカイ族は、シェシボリキ・カシュクリボゾルグ・カシュクリクチェク・ファルシマダン・ダリシュリ・
アマレの6つの支族に分かれ、各支族はさらにいくつかのグループに枝分かれしていた」

上の地図は各支族の宿営地で、冬はペルシャ湾近くに、夏は北側の山へと移動していたという。

この本では、The Qashqa'i Confederacy =「カシュカイ連合」と呼んでいる。
ハムセやシャーセヴァンもそうだが、
トライバルグループは、いくつかの連合を組むケースが多かったようだ。

カシュカイ連合はかなり高度に組織化されており、
構成員も「貴族」と「平民」に分かれていたという。
1つのテントにはいわゆる「核家族」が住むのが基本だが、
テントはグループ(小集団)に束ねられており、
集団から離れて一家族だけが自由気ままに暮らすことは、まずあり得なかったようである。

しかしそのように組織化された遊牧生活をいとなんでいたカシュカイ連合は
1956年にイラン政府によって解散を命じられた。



* * *

さて、ここまでが本の受け売りで、これ以後は私の勝手な考えです。

解散させられたのはあくまでも「連合」であり、遊牧生活自体が禁じられたわけではない。
ただし政府による定住化政策は進み、現在はほとんどが定住していると思われるが、
遊牧生活を送っている人びとも皆無ではないだろう。

また、定住していても、糸紡ぎをし絨毯を織るカシュカイ族は少なくない。
織りに長じた女性たちは、商業化された絨毯、今はとくにギャッベを織っていると思われる。



結婚式のお祝いのダンス。
ヨーロッパと違って、ダンスするのは女性だけで男性は踊らないのかな?
それにしても女性たちの衣装のきれいなこと!
カシュカイの女性は、結婚式という「ハレ」のときはもちろん、
日本みたいに「ケ」だからといって地味な格好はしないようだ。
絨毯を織るときだって、きれいなドレスを着て、レースのスカーフをかぶっている。

上の写真の女性たちは、カラフルだけれどぜんぜん下品ではない。
よく「カシュカイ族は天性の色彩感覚を持っている」と言われるが、
DNA+彼女たちの日常生活から、それは生れるのかも知れない。
(やっぱ、環境って大事だなあ……)

さて、絨毯文化の浅い日本でも、ギャッベはけっこう普及してきた感があるけれど、
トライバル・ラグはやはりディープな世界なので、
カジュアルで日本人にも親しみやすいギャッベがもっともっと広まって、
絨毯愛好家が多くなっていってもらいたいモノであります……

ギャッベのルーツはルリ族にあると言われており、
いま日本で売られているようなガッチリと重いものでなく、
ゆるく編まれ、掛け布団としても使われていたようです。


19世紀のオリジナル・ギャッベです。
ダリシュリ支族のものとされています。
大らかな「生命の木」の図案。



これは、この本によれば「蜘蛛」のメダリオンとされています。
遊牧民の図案に、よくサソリやオオカミを文様化したものが見られますが
そのような危険から身を守るために文様として取り入れられたのでしょうか。

うーん、このギャッベ、じかに見てみたいものです。
この力強い文様、この深い色、
まさに遊牧民のスピリッツが感じられる名品だと思います。

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