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2020.03.01 Sunday

「インターネット時代の美術コレクション形成」図版

 

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図1 絨毯、アフガニスタン(ティムーリ族)、19世紀末頃、田井みず所蔵

 

 

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図2 絨毯、イラン(カシュカイ族)、19世紀後半頃、田井みず所蔵

 

 

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図3 キリム、トルコ、19世紀末頃、田井みず所蔵

 

 

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図4 図3のキリムに縫い付けられている「オー・ボン・マルシェ・パリ」のタグ

 

 

2015.08.18 Tuesday

旅する絨毯


あいかわらず日中は暑いけれど、朝晩は涼しい日も増えてきました。
ミンミンゼミに混じってツクツクボーシの声が聞こえてきたり、コオロギが鳴きはじめたりと
秋がそっと忍び寄ってきているのを感じます。

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さて、ひさびさにお客様をおむかえして絨毯をひろげました。
お客様といってもわたしの友人とその家族なのですが、
トライバルラグの良さをわかってくれる日本で数少ない”同志”?!

「へえ〜っ! こんな趣味を持っている人がいるのか〜」と
日本には多種多様な趣味を持つ人たちがいるのに、部族絨毯の愛好者ってホント少ない気がします。

友だちに見せても、「ナニコレ?」みたいな反応とか、
「あっ、穴が空いている!」とコンディションには注目するけど、渋〜い(とワタシは思っている)質感には興味ない人、
果ては「この絨毯の上で殺人事件があった!」と想像をたくましくする人など、モロモロ。

「殺人事件」発言、これはこれで面白く、
おそらく部族絨毯特有の「濃さ」という本質を鋭く見抜いた感想なのではと思っていますが、
「あっ、いい色ね〜!」「なんてしっとりしたウール!」「なんだか不思議な気持ちになる文様ね〜」
なんて共感を得られるのは、ごくまれなケース。

今回はそのごくまれなケースであるゲストなので、テンション上がりますぅ!

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友だちはもう何度も絨毯とキリムを見てくれていますが、
ご家族には前回(もう2年以上前になるかも)気に入ってくださったものをお譲りして、
おうちに飾ってくださった結果、
「その空間が引き締まって、ものすごくランクアップする」
「絨毯そのものにオーラがある」と、
トライバルを高く評価してくださった。

ううう‥ ”文化的マイノリティ”にとっては泣ける言葉!kyu 

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ただあまり時間がなかったので、実際にお見せしたのは袋物関係が中心。

バルーチ、トルクメン、カシュガイやハムセ、そしてトルコのチュバルなど。
袋物は婚礼の際の持参品として織られることが多かったので、良いものが多い。

比較的新しいものの中には最初から売ることを前提に織られた袋ものもある。
古いものと新しいものとの違いは、
染料や織りの技術もあるけれど、やはり使われているウールの質が全然違う。

* * *

「婚礼の持参品として織られる袋は、いわば花嫁の家の格式をあらわすもので、
いちばん良いウールを取っておいてその袋に使ったし、
染めにしても織りにしても、
『この花嫁は、これだけのものを織れる家から来たんやぞ! なめんなよ!』
というものを持参することによって、花嫁の地位を確保した。」

‥‥というこの言葉、じつはわたしの言葉ではアリマセン。
トライバルラグを見るのは2回目という人が、ズバリ本質を突いたのです。

それだけではありません。
バルーチとトルクメン、そんなにたくさん枚数は見ていないにもかかわらず、
「あ〜、やっぱ違いますよね〜。
このバルーチって人たちは、ワイルドなんだけどけっこう自由に生きている感じがするのに比べて、
トルクメンの人たちって、その内側に階級社会を形成して、ガチガチってやっている気がしますね〜」と。

当たってるんでねえかい?!
いやもうビックリしましたねぇ。
生まれつき「見る目」が備わっている人というのはいるんだな〜、と認識を新たにしました。

わたしなんか試行錯誤を繰り返し、「あ〜、また失敗してもうた〜!」を重ねながら
ようやく自分なりの価値基準ができあがってきたというのに、
トライバルラグ見るのが二回目の人に、あっさりと乗り越えられちゃった感があります。

* * *

その結果、わたしの集めたもののうちでは「ピン」のもの何点かをお譲りすることになりました。

ネットでの買物はバクチの要素があるので、
「うわーん失敗した〜!」「これはマアマアかな」「イヤッホー!‼︎」とさまざまです。

でも人にお譲りするときは、やっぱ良いものから旅立っていくんだよね。

いっときは「これはまだ譲りたくない」とか固執していたときもあったけど、
いまはとにかく、そのピースが人に喜んで迎えられ大事にされるであろうことが大切。

トルコ、イラン、アフガニスタンで生まれた絨毯が、
アメリカやヨーロッパを経由して、ここ日本のうちに来た。
その何枚かがまた、海を越えて旅に出かけて行きました。

さよなら、わたしが出会ったマスターピースたち。
これからも旅をつづけながら、そのときどきの場所で輝き、いのちをまっとうできますように。







 
2015.06.14 Sunday

続「アートとしての絨毯」とは?


前回に引き続き、"ORIENTAL RUG REVIEW"1990年10,11月号より、
もう一人のコレクターへのインタビューを読みながら、「アートとしての絨毯」について考えたいと思います。

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Randall Buckmaster 氏は小さなメーカーの購買部長。
コレクションの量は一定に絞り、一部を手放しながら別のものを購入するというサイクルをつづけており、
そのなかでコレクションの質を高めておられるそうです。

(ご自分が集めているものを説明するとしたら?)

いまの俺は、グラフィック・アートとして見ているね。
絨毯は60年代の終わりから買いつづけているけど、コレクションへのアプローチの仕方は進化してきた。
特に絨毯にこだわる家庭に育ったわけでもないから、絨毯を理解するには自分の気持ちをどっぷりと絨毯のなかに浸す必要があった。
絨毯の名称やどんな民族が織ったのかについては、いまも重視している。
一枚の絨毯が、おなじタイプやグループのなかで優れたものであることは大事だけど、それが一番大切なわけじゃない。
一番大切なのは、それが芸術的であるかどうかだ。
一番大事なのが色、つぎに画面の構成力や線の引き方、それからコンディションや、レアであるかどうか、どれくらい古いものか、といったことがポイントになるね。

(そういった判断基準は、いつ頃から持つようになりましたか?)

基本的な基準ができたのは70年代中頃かなあ。でもある種のものを明快かつ知的に理解するには、自分はまだまだだって思うよ。
ものを見る目は長い間かかって向上していくものだからさ。
だからときどき自分の集めたものを見返して、それらがいま自分の前に現れたらどう思うかをチェックしなけりゃいけない。
いまの自分の目で見て、これを買ったときと同じように買いたいと思うか?
そうでない場合、なぜこれを持ちつづけているのか? だれか欲しい人がいるかもしれないのに。
どれだけたくさん持っているかは重要じゃない。それと一緒に暮らしてどれだけハッピーかが大切なんだ。

(60年代末がスタートだったとのことですが、なにか決心をしてコレクターになったのでしょうか? あるいはコレクターになったきっかけは?)

それって、なんとなく徐々に、っていうタイプの事柄じゃないかなあ。
かりに夏用の絨毯と冬用の絨毯をとりかえる人にせよ、快適な暮らしのための絨毯の数以上のものを持ってしまったとき、
その現実に直面して「おいら、コレクターになっちまった」っていうふうな。
ていうのも俺は「コレクターでございます」みたいな考え方をバカにしていたから、自分がそんなふうになっちまったことを正直認めたくなかったんだ。
そこで考えた。「あれまあ、俺ってアレの仲間入りしちまったよ。『絨毯野郎』のね」。まあ、こんなとこだ。

(あなたが絨毯を見るうえで重視しているのは?)

いいなあと思うものには視覚的なインパクトがある。そういうピースは、コントラストが効果的に使われていて躍動的な感じがする。
キチキチと硬直的に織ったものは、左右対称が完璧すぎて、かえってアピール力が弱くなっている。
村の絨毯やトライバル・ラグは、「寸分狂いのない織り」が最優先じゃないからね。
かといって、彼女らの織りの技術が低いわけでもなければ、じゅうぶんな製作場所がないわけでもない。
織り技術やパターンについて知り、自分の創造性を発揮できる場所もある。
絨毯の構造や織りの技術やデザイン総体をマスターしていて、彼女がたとえ厳格な部族の伝統のなかにいても、なお創造的であり得るんだ。
そして、ありあまるエネルギーが生んだ創造性と彼女がつくりだした鮮やかな構図は、時空を超えて伝わってくる。絨毯を眺めていると、そいつが飛び出してきて心をガッチリ掴む、そして言うんだ。「あたしを見なさいよ!全身全霊を込めて!」

なくてはならないものは情熱さ。自分が集めているものにそれほど情熱を持っていないコレクターなんて、俺には理解できないね。その人が集めているものが自分の好みじゃないにしても、過剰なほどの情熱を注ぎ、自分のやっていることに真剣に向き合う人がいる。本格的なコレクションは情熱を通して形成されるのさ。俺がリスペクトするのは、そういうコレクターでありコレクションだ。(略)

(失敗したことはありますか?)

俺が評価のポイントで一番こだっているのは色なんだけど、にもかかわらず色で失敗したことがある。コンディションで失敗したこともあるなあ。

「暗い場所では絶対に買うな」ってことは、いくら強調しても強調しすぎることはない。暗い場所で売るのはオーケーさ。暗い場所で買うなっていう意味は、絨毯は太陽光で見なけりゃダメだってこと。じっさい、絨毯って光を食べるんだ。光は絨毯にエネルギーを与える。そのピースについてよく知りたけりゃあ、ありったけの光を当てて見るんだな。光を当てなければ、そのピースの良いところもわからないし、悪いところも現れてこない。

もう一つの失敗はコンディションに関してだけど、この点を適当にしちゃいけない。カットされてつなぎ合わされている絨毯とか、(引用者注:水に浸かって乾かない状態が続いたなどの理由で)朽ちているものとかね。(略)

(絨毯のコレクションに興味を持っている人へのアドバイスは?)

そういう人はたぶんあまり多くの絨毯を見たことがないと思う。できるだけ多くの絨毯を見て、触れてみること。以前も見たことがある絨毯でも、新しい目で見てみるんだ。絨毯の構造とか、ウールの質とか、絨毯のカテゴリーとかの知識が前より増えた状況でね。その人の気持ちがオープンでさえあれば、時の経過とともに、絨毯は自分の姿を現してくれるだろう。
本からも情報を得ることができる。俺もずっとそこから学ぶことを続けているけど、60年代に出版された本に書かれてあることは、今わかっていることを考えれば隔世の感があるね。

(あなたのタイプのコレクションに興味を持った人におすすめの本を教えてください)

ビギナーだったら、Hubel の "The Book of Carpet"だね。まだ手に入るし、ためになる。新規参入コレクターがあまりトラブルなく見つけられる絨毯の例が載ってるからね。始めたばかりの人にとっては大切なことだ。
この本を手はじめにしたら、そのあとはその人の興味に沿う方向へ進めばいい。たとえばトルクメン、コーカサス、トルコ、というふうに。
(以上)
     *   *   *

とまあ、前回のコレクターとはまた一味違ったコレクション哲学を披露してくれました。

個人的にはお二人の方のいずれにも共感するところが多かったです。
今回は「絨毯は光を食べるんだ!」というのが一番インパクトがありましたね。
バルーチのアンティーク絨毯は太陽の光に当てなければその真価はわからない、
このことは常々思っていることでした。

もうひとつは、自分も「キチキチと硬直的に織ったもの」は苦手だし、多少線が歪んでいても、のびのびと躍動感を感じられるタイプのほうに惹かれる、という部分でしょうか。

みなさん! ときどき絨毯に光を食べさせてあげてくださいね!(笑)
 
2015.06.05 Friday

「アート」としての絨毯とは? 



最初は「インテリア」のため、または「調度品」として絨毯を考えていたわたしでしたが、

趣味が嵩じるにつれ、絨毯という「モノそのもの」に魅了されていきました。



そうすると、絨毯の大きさやデザイン、色合いが部屋に合うかどうかは二の次になり、

毛羽が取れて艶やかに光るウール糸、熟成され深く透明感のある染め、織り手独自のアートセンスを感じさせる意匠など、

古い絨毯ならではの魅力を前にしては、たとえ擦り切れてボロボロであってもそばに置きたい、そう思うようになったのです。



日本では絨毯はあくまでも調度品と考える人が大多数ですが、欧米では絨毯を「アート」として捉えるコレクターがたくさんいます。

そういう人も最初は「調度品」としての絨毯から入るものの、趣味が嵩じて「アート」追求型へと変化していくようです。



今回はアメリカ発の絨毯雑誌 "ORIENTAL RUG REVIEW" 1990年10、11月号より、

絨毯を見る視点が「調度品からアートへ」と変わっていったコレクターのインタビュー記事を読んでみたいと思います。



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1990年11月に第6回国際絨毯会議 ICOC がサンフランシスコで開催されるのに先立って出された特集号。



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絨毯界の錚々たる顔ぶれによるアカデミック・プログラム。

ジョン・トンプソン博士、ハロルド・ボーマー博士など、日本でも名の知れたスペシャリストや、



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アナトリアン・キリムに情熱を注いだ、今は亡きカメラマンのジョセフィン・パウエル女史に

織り技法の専門家であるマーラ・マレット女史もレクチャーをされたもよう。



ICOC 開催に合わせて、カリフォルニアにある DE YOUNG MUSEUM や ASIAN ART MUSEUM 、

カリフォルニア州立大学ヘイワード校の大学ギャラリーなどでも、

マッコイ・ジョーンズ・コレクションをはじめとした超お宝コレクションが展示されたようです。



おまけに、Michael Craycraft おじちゃんオススメのエスニック料理店のリストなども掲載されていて、

雑誌を眺めているだけでも、盛りあがってるな〜、メッチャ楽しそうやな〜っていう雰囲気が伝わってきます。



もうマイケルおじちゃん大奮闘!っていう感じで、彼が推薦した5人のコレクターへのインタビュー記事も載っているのですが、

今回はそのうちの一人、上記ヘイワード校アート系の教授である CORBIN Le PELL 氏のインタビューからの抜粋です。

正確な翻訳ではないことをご了承ください。



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(どのようにして絨毯に興味を持ちましたか? 絨毯の分類についてお詳しいようですが)



かりに僕がディーラーだったら、モノには名前をつけなければならないからね。モノの名前といえば、はじめて「本格的な」ラグを見たときのことを思い出す。それは "Tent and Town" というマッコイ・ジョーンズ・コレクションの最初の展覧会だった。僕はそのときサリークとサルーク(引用者注:いずれもトルクメンの支族の名)の違いも知らなかったけど、自分としてはそんなことどうでもよかった。僕が感じたのは、それらがとても美しいということだけだったから。その後ひょんなことから、それらの名前について興味を持つようになったんだ。(略)



(それは絵を描いた画家の名前を知りたい気持ちとは違いますか?)



全然違うね。絨毯の良いところは、織った個人がわからないことで、わかるのは織られた町や部族だけ。その点、モダン・アートはやっかいだ。よくあるのは、アーティストはもてはやされるのに作品が隅に置かれてしまうこと。そういう場合は人の関心もあまり長つづきしない。友達に優れたアーティストがいるけど、やつは「アートのスパゲッティー理論」ってのを持っててね、「壁にくっついたらそいつは良いものだ」っていうんだよ。



1975年のことだった。僕は一枚絵を売って、そのお金で別のものを買おうと考えた。ずっとオリエンタル絨毯が欲しかったから、アバデ産のを買ったんだ。自分が望む条件はすべてクリアしてる、って考えてね。でも三年から四年経つと、それに魅力を感じなくなってしまった。絨毯には変わりないんだけど。絨毯としては申し分ないんだけど、アートとしてはアウト。そこで、どうして好きじゃないのか、ということに興味が湧いて考えてみた。それから「すばらしき悩み(wonderful trouble)」が始まったのさ。



パイルが擦り切れた絨毯が1000ドルとか2000ドルで売られているのを見て「エーッ!」となるとする。でもそれは、それを絨毯として考えるからだ。それからは違った視点で見るようになった。態度が変わったんだ。(略)



(集めている絨毯の特徴はなんでしょう?)



さあ、、、自分が好きなものと、これから好きになりそうなものかなあ。失敗したな、と思うものも買ったよ。友達が、そいつは授業料だよ、と言った。勉強さ。自分では納得してる。次の年には自分の見る目が進化してるってことだし、そういう変化は喜ばしいことだよね。(ものを見る目は)固定したものじゃないんだ。

絨毯は自分が集められるものの一つだ。僕はMirandi の版画を欲しいとは思ってるんだけど、気に入ったのは35000ドルもするんだ。絨毯ならなんとか自分にも買えるかなって。



(ご自分のことをトライバル・ラグ・コレクターだと思いますか?)



うん、そう思う。都市工房の絨毯にたいして、賞賛の気持ちはあるけど愛情は湧かない。ときどき賞賛と愛情の違いが曖昧にはなるにしてもね。



(絨毯の古さと染めはどのくらい重視していますか?)



大切な問題だね。自分自身を骨董マニアだとは思っていないけど、自分がいいなあと思う古いものには何かある。でも新しいものが嫌いなわけじゃない。

色の質は天然染料のほうがいい。実際のところ染料については断定できないけど、なんとなくわかるね。茜の赤は化学染料の赤よりも鮮やかだ。天然染料はいろんな色相が混じり合ってるけど、化学染料は単調な感じがする。その違いが全部わかるわけじゃないけど、どことなく感じるものがある。



(その点ではご自分の目を信頼されていますか?)



そうだね。(ディーラーの)Jay Jonesに出会った頃、彼はふたつのことをまず知る必要があるといった。君にぴったりのディーラーと、君にぴったりの絨毯。それからしばらくして自分向きの絨毯がわかった。クルドの絨毯さ。それほど高くないしね。(略)



(あなたのいうクルドは、トルコ、ペルシア、北東ペルシアのうちのどこのものですか?)



クルド族が広範囲に散らばっているのは知ってるけど、トルコやペルシアのグループの具体的な違いについてはよく知らないし、自分はあまり関心がない。(略)でも彼らはとても美しいものをつくる。



(蒐集をはじめてどのくらいになりますか?)



自分のことをコレクターだと認識したときには、すでに床に敷く絨毯はあったね。1982、3年のことだと思う。

「僕は絨毯を壁に飾るなんてことはしない」なんて言ってたことを覚えてるよ。



(「自分はコレクターになった」とはっきり認識したのはいつですか? そのきっかけとなったものは?)



オークランドに小さなギャラリーがあって、毎週オークションをやっていた。そこへ通い、一枚のピースを買ったとき、床に敷く絨毯にはない何かをゲットした、っていう気持ちがしたんだ。何かビリビリッと感じた。(略)



(絨毯を見るうえで何を重視しますか? drawingですか?)



いや、それよりむしろ色とウールだね。ベーシックなデザインや伝統的なデザインはそれ自体完成されているから、ウールと色によって格別なものになる。すばらしいdrawingでパサパサしたウールの絨毯を見たことがあるけど、パッとしなかった。質の良いウールは作品を輝かせる。絨毯が壁から浮き出てくるような気がするんだ。クルドの絨毯をすばらしいものにしているのはウールだよ。



(なぜ集めているのか、なぜオリエンタル絨毯なのか、ということについての認識はいかがですか?)



自分はコレクター・タイプじゃないと思ってるんだけど。でもこの特殊なタイプのアートは、自分のスピリッツを喜ばしてくれるような気がするんだ。この感じは他のアートにはないものさ。マチスには人生への祝福があるし、ピカソには人生を切り開くようなものがある。絨毯は、こういったものを作ろうという気負いはないんだろうけど、眺めているとすばらしいなと思うし、見飽きることがない。これは機械織りの絨毯にはできないことだ。Dylan Thomas が詩について語っていたとき、笑ったり、泣いたり、不思議な気持ちになったり、、、さらには忍び寄り、這い寄り、雷に打たれるような感じ、、、こういったものは詩では完全にカバーできないって言っていた。絨毯にはそういうものがある。(略)



(最初の頃、失敗したと言っていましたが、失敗とはどういうものですか?)



ひとつはカシュガイのバッグフェイスを買ったとき。そのときは「これはカシュガイのバッグフェイスだから」という理由で買ってしまった。自分が好きだからじゃなくてね。買ってはみたが、そのピースを誇りに思うことができなかった。

もうひとつは、経験や知識が足りなくて、良い絨毯とはどんなものかがわからずに買ってしまったもの。たとえば、この床にあるアフシャール。ごちゃごちゃしていて、自分的にベストだと思うタイプじゃない。今なら買わなかっただろうね。それほど高くはなかったけど。でもこれは床用だ。



(どういう形で失敗したピースを手放しますか?)



下取りに出したり、あまり利益なしで売ったこともある。その絨毯が魅力的だと思わなくなれば、お金に換えたい。最近も友達に一枚売ったけど、相手は喜んでくれた。僕は手放せて良かったし、彼らもその絨毯でハッピーになった。



(収集をはじめたばかりの人へのアドバイスは?)



まず最初は、信頼関係を築けそうなコレクターかディーラーを見つけることだね。何も買う必要はないけれど、その人たちの絨毯への薀蓄を聞いて学ぶんだ。本を読むのもいい。生まれながらにして優れた視覚的センスを持っている人なら、本はそんなに大切じゃないかもしれない。

買うのはその後で。絨毯との暮らしがどんなものか味わってみる。「壁にくっつくかどうか」確認してね。



(あなたの視点から絨毯の本を二冊すすめてくれますか?)



一般的な情報なら Eiland の本かな。絨毯のレべルが高くて、見て楽しめるのは、Oriental Rugs of the Hajji Babas だね。全部が全部自分の好みといわけじゃないけど、良い絨毯には間違いない。僕はこういったタイプの絨毯をアートだと思う。単なる絨毯じゃなくて。今の僕は、絨毯を単なる絨毯だと考えるなんて、とってもつまんないことだと思うけどね。



(以上)

                 *    *    *





絨毯文化が根づいているアメリカなので、日本とは状況が違うところもたくさんありますが、

絨毯をアートとして見る人もいるんだな、というお話でした。

それでは、また。




 
2014.03.14 Friday

超一流のコレクター

わたしは、ものを知らない人間である。
なので、偉そうなことをいう資格はないと思っているが
それでも「超一流のコレクター」というのはたぶんこんな人かな、という本を見つけた。

ヨーロッパのアンティークカップ・コレクターの和田泰志氏である。
前回の記事で引き合いに出した『アンティーク・カップ&ソウサー』という本は図書館で借りたのだが、
コレクションの質の高さと、やや辛口の説明文に表れる見識の高さに敬服し、
実業之日本社から出ている『ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑』という本を購入した。

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私は陶磁器の素人だし、これから集めようという気持ちもないし、
掲載されているコレクションも立派すぎて、「敬してこれを遠ざく」というほかはない。
ただただコレクションの質の高さと、幅広い教養に裏打ちされた説明文に脱帽するのみである。
「序章 磁器の黎明」から始まって、「絵付け」「形状」「文様」「装飾」……と系統だった的確な分析がつづくが、
一番興味深く、また爆笑したのが「第七章コレクターズ・ガイド」である。

「1.コレクションの要件」として、氏はつぎの5つを挙げている。
‖腓さが適当でばらつきが少ないこと。あまり大きなものは保有が難しい。(絨毯はアウトだ!)
▲丱螢─璽轡腑鵑豊富であること。探せば探すほど初めて見るものが出てくるような奥の深さ。(絨毯はセーフだ!)
E玄─Υ嫋泙亡えること。飾って楽しく、見て楽しいものがよい。(OKだけど展示は大変……)
だ源困了期と量が限定されており、現在は作られていないか、現行の類似品とは違うこと。(古い絨毯はセーフ!)
ツ拘に品質を保持できること。(湿気と虫害に気を配ればある程度は大丈夫だと思う)
さらに付け加えれば、集めた物それぞれに妥当な評価額が付き、売り買いに参加できる市場機構が整っていることが理想、
とのことだが、日本ではアンティーク絨毯を正当に評価してくれる市場はない。

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この後、コレクションの構成法やコレクションの仕方など、分野は違っても大変参考になる指南がつづくが、
「8.コレクションの問題点」は、「よくぞ言ってくれました!」と共感を抱く内容である。

「‖膩歃僂半芸術」はフムフム、と襟を正して読んだのだが、「▲罅璽供爾肇灰譽ター」は身に沁みる。
「カップを使う目的で買う人をユーザーといい、集める、飾るを目的として買う人をコレクターという」。
「大抵の人はユーザーでもありコレクターでもある中間的存在だ」けれど、ユーザーとコレクターの間には暗黙の対立があり、
「あんな人のところへお嫁に行ったら、もう二度と使ってもらえず、しまい込まれてしまって、道具がかわいそうだ」
というユーザーに対し、コレクターは
「価値あるものを毎日使っていたら、金彩などは剥げてきて現状はどんどん悪くなり、早晩割れてしまう。文化破壊だ」と反論する。

この部分はアンティーク絨毯やキリムの場合も当てはまるだろう。
だが私が敬服するのは、その後につづく文章にみられる氏の価値観だ。

「『お茶を飲むために大事にしている』のと『アンティークカップだから大事にしなければならない』
と思って大切にしているのとでは、大事にするという結果が同じでも、道徳観念の純粋さが違う。
なぜならば、前者は『古いものを大事にする』というせっかくの徳目を、茶を飲むための手段にしているからだ。
物事は、それを道具・手段にするよりも、目的として考えた方が自分の成長にとってプラスである」

最後の文にピンとこない人もいると思うけれど、わたしはここにグッときた。
この後の「贋作の存在」「雑誌・テレビの功罪」「スージー・クーパーはアンティークではない」などもワクワクして読んだ。
言うべきことは言いながら、しかも品性を失わない紳士でありつつ、でもチョッピリ辛口、というのがスバラシイ。

「9.アンティーク・コレクションの役割」はシニカルかつユーモラスで大爆笑&大反省!
かなり長いが、割愛できる箇所がない完璧な文章なので、あえて全文を引用させていただく。

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「アンティーク・コレクションを、『失われつつある精神文化を取り戻す』とか、
『手作りのよき時代を偲ぶ製品を使って、生活に潤いを持たせる』などという言辞で表現するのは陳腐すぎる。
アンティークだけに限らず、“コレクション”という行為自体に普遍的な目的解釈を加えなければ、
人生に付属する人間的行為の形成要素としての存続が危うくなる。
モノを集めるというのは、自己表現体を形成することだといえる。

人間は自らの属性のある一部の位相を、言葉や絵や音楽に託して表現するが、これがモノ集めを手段としても可能なのである。
ある程度まとまった数のモノを系統だって収集することにより、それに自分の本質が反映されるからだ。
たとえば、同じ資金力を持った二人の人間が、同じ年月をかけて同じ店でアンティーク・カップを買い集めるとする。
するとカップの数が増えてゆくにつれ、二人のそれぞれのコレクションには明らかな差が見えてくる。
同じ金額を費やしても、その人毎の感性によって、できあがるコレクションは千差万別となる。
だからアンティーク・カップ・コレクションも、10個、20個の段階では、単なるアンティーク・ファンであるに過ぎない。
何百何千個と収集することにより、自分を表現するはっきりした世界ができあがるのだ。
しかしながら、自分の趣向にあったモノだけに囲まれ、
苦言も呈さず反駁もしない愛玩物との対話にのみ埋没すれば、
対人関係に深く傷つくこともないかわりに、閉じられた個の寂寞たる意識ばかりが伸長する。

これが現代人の要求に合致し、また世間の人も、何かのコレクターだと聞くと、
このような隔絶された世界の住人なのではないかと考える風潮があるならば、
個人の収集行為には未来に向けての展望はない。
”コレクション”が肯定され、その披露が普遍的な評価を得て、次代に向けての文化的道標となるためには、
コレクション対象物の選別もさりながら、コレクター自身の性格に、バランス感覚のとれた社会性が求められてくる。
偏らない人格と、良識を備えた社会性があってはじめて、
その性向の表出たるコレクションは万人に受け入れられ、価値あるものとなる


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赤字部分は私が特に秀逸だと思った箇所で「しかしながら……」は大爆笑してしまった。
知りあって間もない人に「私はネクラでヒッキーで……」と自己紹介すると驚かれることが多いのだが、本当なのだ。
いやはや、和田センセイは私のような「モノ集め人間」たちのことを見抜いておられる、というわけだ。

あまりモノを集めたことのない人にとってはピンとこない文章かもしれないが、
和田泰志氏の「コレクション論」は、これまで私が読んだなかで最も鋭く深い内容を持っている。
陶磁器に限らず、何かを集めておられる方にとって、大変意義ある本だと思う。
 
2013.10.02 Wednesday

「目ヤニ」懺悔録

 

 ブログを書く気力がなくなった理由を、すこし考えてみた。一週間に一度は更新しようとつとめてきたが、書きたい気持ちよりも義務感が先に立ち、内容もあまり日本で知られていない情報を伝えたいために、どうしても本の紹介が中心になって、ラグに夢中になったころの新鮮な気持ちが失われてしまったような気がする。


 先週3日ほど故郷に帰っていたのだが、また母の本棚から30年ほど前の骨董雑誌を引っぱりだして読んでいた。以前里帰りしたときも白洲正子さんの文章を見つけて、それに関する記事を書いた。「伝世品と近年発掘されたものでは同じ窯でもまったく違うものになる。仕覆をきせられ箱をしつらえられ、人間の手で撫でられ大切に扱われてきたものと、土のなかに放っておかれたものでは、品格が違う。愛情の注がれかたが違うからだ」と白洲さんはいう。なるほど、それはそうだろう、と私は思った。ところが今回読んだ関保寿さんと宗左近さんの対談では、ある意味それとは対照的なことが語られていたのである。


 関さんはいう。古い仏像がさまざまな骨董商や蒐集家の手を経てめぐりめぐるうちに、「目ヤニがついてつくられた当時のウブさがなくなってしまった」ものに出会うことがある。人によってはそれに気づかずに平気で持っている場合もあるが、自分は大変気になるので、どうすればこの皮膜のようなものを取り除けるか、いろいろ苦労をすることになる、と。 つまり、骨董をめぐる人間の「俗」の部分が「もの」の品格にまで良からぬ影響をあたえることがある、ということだろう。


 これには驚いた。絨毯を眺めていて、織った人がどんな性格か、どんな気持ちで織ったのかは想像できる場合もあるが、この絨毯をあつかったディーラーや以前の所有者の「欲」や「打算」といった「目ヤニ」が絨毯に沁みついていると感じたことはない。私はそこまで敏感じゃないし、見る目もない。でも、対象が仏像というスピリチュアルなものであり、かつ関保寿さんや宗左近さんほどの人物にかかれば、仏像についた「目ヤニ」も見えるのかもしれない。これは皮肉で言っているのではなくて、ものの本質を見ぬく力のある人は、少数ではあるがやはり存在するのだ。


 私は絨毯についた「目ヤニ」は見えないが、自分のほうに「目ヤニ」がついているなという気がする。ちょいとここらで落とす必要がある。

 自覚症状としては、白鶴美術館を見に神戸を訪れたとき。何件かの絨毯屋さんにもおじゃましたのだが、お店の方に挨拶もろくにせずに、飾ってある絨毯にズカズカと歩み寄り、「あっハムセかな」「経糸コットンですね」と口走ってしまったのである。いま思いだすと本当に恥ずかしい。なんて失礼な“客”だろう。そこだけじゃない。別の絨毯屋さんでもさまざまなタイプの絨毯を見るたびに、「アメリカン・サルークですね」「クルシェヒルもある」云々、まず「分類」してしまう癖がついているのだった。

 これは、よくない。我ながら、すごく下品だと思う。


 ラグを見ていても、まず「あっ、これいいな」というのは大前提だとしても、染料、意匠、時代……と考えていったうえで、「相場的に安いか高いか」といった「俗」の部分もどうしても考えてしまうのである。もちろん価格のことは考えざるを得ない。けれども、素人が下手に「やがて値上がりする」「投資になる」といったことに執着すると、ろくな結果にはならないと思う。アンティークキリムや絨毯が品薄になっているのは事実だし、トルコなどでも大変な値上がりになっているらしいが、日本にはアンティークラグをきちんとした価格で取引する市場がないし、よほどの商才か特別な販売ルートを持っているのでない限り、普通の人が買った値段以上で売ることはむずかしい。また、骨董の世界でもよく言われるが、ブランドや資産価値にこだわったコレクションは俗臭芬々たるものになるという。


絨毯やキリムに夢中になりはじめたころは、しょっちゅう感動していた。「こんな細かい柄が手で織れるの」「こんなにあったかい気持ちになれる絨毯があるの」「こんな深い色が天然染料で出せるの」……。いまふり返れば、それほどたいしたラグでもなかったかもしれない。でも、少なくとも、きちんと絨毯と向きあう前に「分類」したり「値踏み」したりしてしまう「目ヤニ」はついていなかったと思う。


もう一度、初心にたちかえろう。素直な気持ちになって、深呼吸をひとつ。そうして絨毯にむきあおう。そうしないと、100年の時を経て絨毯が語りかける言葉は聞こえてこない。「目ヤニ」がポロリと落ちるとき、絨毯の本当の輝きがみえるはず。

2013.06.06 Thursday

商人の品格 広田不孤斎『骨董裏おもて』


日本でペルシャ絨毯の逸品を見たければ白鶴美術館! と言われています。
でも神戸の閑静な住宅街にあるため、なかなか関東から出かける機会がつかめなかったのですが、
今回念願かなって、絨毯好きの仲間と一緒に白鶴美術館を訪れることができました。

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今回はイベント「知と技で知るペルシャ絨毯」の一環として
吉田雄介氏によるレクチャー「イラン遊牧民と織物文化」があり、
せっかくのチャンスなので、絨毯好きで誘いあって白鶴美術館を訪れたのでありました。

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白鶴美術館の本館は風格のある建物と手入れの行き届いたお庭もすばらしい。

本館には書画骨董、新館には絨毯が展示。
さすが「白鶴」という名を冠するだけあって、白い鶴を描いた日本画がたくさんあるなと思っていたら、
春季展のテーマが花や鳥だったのでした。
「四季花鳥図屏風」を一番の見どころとして、鳥や花を描いた展示品が多く、
絨毯も「絨毯を彩る花と鳥」というテーマに沿った展示がされていました。



今回の旅では白鶴美術館のほかに、何軒かの絨毯屋さんを回りましたが、
私が知っているのは基本的に部族絨毯とキリムだけなので、
工房の絨毯をはじめ、私が日頃見られないタイプの絨毯をたくさん見せていただきました。

また関西絨毯界の大御所A氏のお話もお聞きする機会に恵まれ、
なるほど日本絨毯界のメインストリームはこうなんだな、ということがわかり勉強になりました。
(逆に云うと、自分の集めている絨毯が日本ではいかにマイナーな存在であるかも……)
さすがA氏は日本におけるペルシア絨毯販売の第一人者だけあって、
絨毯ビジネスの世界をほとんど知らない私でも、なにか一流商人のオーラのようなものが感じられました。

* * *

今回の旅で、美術館の絨毯を眺め、絨毯やさんをめぐり、一流商人のお話を聞いたことで
骨董をめぐる人間模様を情感豊かにつづった広田不孤斎『骨董裏おもて』を思い出しました。

広田不孤斎氏(1897-1973)は家庭の事情のために12歳から中道具屋の丁稚奉公にはいり、
関東大震災後、西山保氏とともに古美術店「壺中居」を創業、
西山氏の早世や戦争を挟みながら事業を軌道に乗せ、日本古美術界に大きな業績を残された方です。
事業を後継者に譲る一方で、個人のコレクションをすべて国立博物館に寄贈した翌年亡くなりました。

どんな物でも多かれ少なかれそうでしょうが、とりわけ絨毯は「聖と俗」の境界に位置する品物のような気がします。
日本の古美術界のことはほとんど知りませんが、
この『骨董裏おもて』という本はモノをめぐる人間模様をじつに味わい深く描き出しているのです。
仕入先・同業者・得意先……そのいずれにおいても、
社会的地位や立場に関わりなく、ずるい人間、ケチな人間、横柄な人間もいれば、
人情に篤く心温かい人、清廉で潔い人、細心にして大胆な人……さまざまな人がいます。
清濁まじりあう骨董の世界のなかで、しかし広田氏は謙虚に、誠実に、倦まずたゆまず研鑽を積み重ねてこられたのです。

丁稚として苦しい下働きを積み重ねながら、持ち前の真面目さと勉強熱心とで一家をなした氏の文章を読んでいると、
自分の気持ちさえも洗われるような気がします。

「駅の横口に荷車を置いて、車を盗まれまいと車の上に腰をかけて、寒くても駅の構内に入るわけにもゆかず、
チラチラと雪の降る寒い中に震えながら列車の到着するのを首を長くして待っている時など、つくづく小僧奉公の辛さが身にしみました。
北国から着く列車は屋根の上に北国の雪を積んだまま上野に参ります。
その雪をながめると望郷のやるせない心が湧き、この汽車に乗ればなつかしい故郷に帰れるのにと思い、幾度か逃げて帰ろうかと思いました。
しかし母は私が奉公に出ると同時に家をたたみ、埼玉県のある製糸工場に働きに行っていて郷里にはおりません。
その時もしも母が国にいて、奉公がそんなに辛ければ帰って来い、と暖かい手を差しのべたとしたら、
美術商としての今日の私はないわけです」(P.13)

* * *

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壺中居創業当時は、資本がないため高い品が買えず、いったんお客に売ってもすぐに下物に出され、まったく儲からない状態がつづいたようです。
思い切って大阪で一流の池田宗三郎氏の店に行き、「何か安物を見せてくださいませんか」「安物で結構なんですが」と恐縮しながら敷居をまたぐと、
池田氏は「サアお上がりなさい」といって丁重にもてなし、何点か譲ってもらったそうです。

名品を見せるだけで「これは非売品ですから……」ともったいぶった業者がたくさんいたようですが、池田宗三郎氏はこう言い切りました。

「お客さんあっての商売人だすから、私の家では女房子供以外に非売品はおまへん。女房子供は買手もおまへんよってな。
土地でも家屋でも何でも売ります。なんぼ非売品かて、死んであの世までは持って行けるもんやおまへん。
お客さんにせいぜい名品を持たせることだす。いくら力んだかて、自分の方にガラクタが残るように
道具屋というのはできてるのやさかい、それで生活をして、なおその上に非売品をつくるとはチト贅沢すぎます。
それではじめてお客さんの人気というものも得られるというものだす。私は常に思うているのだすが、
死んで財産がどれだけ残るだろうではなく、どれだけ足らぬのかというのが落ちだす。
生きてる間にせいぜい商売をして、自分に扱える名品はできるだけ扱うてみたいのや、それが一番の楽しみだす。
非売品など作る必要は毛頭おまへん。名品を数扱い、お客さんにせいぜいすすめておいて、
見たければお客さんに見せてもらえばそれでよろしゅおます。
お客さんの土蔵にある品は、全部自分のものやと思うて、お客さんと一緒に楽しんだらよろしゅうおます」(PP.291-292)

* * *

「世の中には、時勢が悪いために、
悪人や愚人でも、権威を持ったりもてはやされたれりしているのに、一方有為の人才が埋れているように、
私共の業界でも、詰まらない品が高く売れたり、贋物が真物として跋扈したりしています。
その半面、佳品優品が、見てくれる人がいないので、埋れている場合もあります。
それを発見して、その品の持っている真の価格まで引上げて世の中に出してやるのが、
私共業者の儲けでもあり、伯楽としての務めでもあり、誇りでもありましょう。」(P.46)

「名品の高価なことは当然なことですが、しかし高価な品が全部必ず美しいとは言えず、
有名な品が必ず結構とも申されませんから、今後自分が健康と長寿に恵まれたなら、
今言ったような参考になる品物を集めてみたいと思います。(略)金儲け目当てで造られた贋物ではなく、
後世の人が前代の美術品の美しさに憧れてそれを忠実に模造した物と、この模造の手本となった物とを並べて参考にしたり、
(略)又同時代に造られた品物でも、私の目や心に、姿形や釉上りや文様等を美しいと感じた物と、
反対に醜いと思った物と、両種類を買集め、それを並べて観賞審美の参考にしたり、
又安くても結構面白い物や楽しめる物が見当たれば買集め、これを陳列して、金をかけなくとも
鑑識と審美眼を元に時間をかけて努力さえすれば、こういう物が手に入りますという参考にする……」(P.47)

「骨董=金持ちの道楽」と考えられた時代にあって、「美しいものは特定の人の占有物ではないよ」、
「贋作と模造では、どこかにそれをつくる人間の心が反映される。それをあなたも見つけてごらん」、
と私たちに語りかけているような気がします。

* * *

最後に「好みの違い」という文章からの引用です。

「人はまず己の力の足らざることを謙虚な気持ちで自覚せねばならないと思います。
しかし大抵の場合に、多くの人は自分の見方が絶対正しいと過信しているようです。
その自信は結構ですが、一層深く奥義を究めた相手にとっては、まことに迷惑千万なことです。
自分の好みに合わぬ物はすべて美術的価値は零と考える人をよく見受けますが、これは例えば、
茶器とか、観賞陶磁とか、仏教美術とか、民芸品とか、狭い一部門だけを好きから専門に研究したり
蒐集されたりする方によく見受ける所です。例えば茶器を好まれる方は、侘び寂びの簡素な物を好むために、
手の込んだ美術品や彩色彩釉の派手な物を余り好まず、茶器として使えぬ物は駄目だと思い込み、
芸術価値も市場価値もないかのようにいわれる方があります。
また官芸品を好まれる方の中には、民芸品を下手物で田舎家や台所に使う物で、観賞価値などない物と思っておられる方もあります。
一方民芸品を好む方は、結構な蒔絵物や京焼や有田焼のような派手で手の込んだ彩釉物や、
清朝の三彩五彩を好まず、特に清朝官窯の五彩釉物はあくどいと嫌い、値の高いことも手伝って
反感さえ抱かれる方もあります。(略)
しかし、いずれもその時代時代の文化の結晶として、生れ出たもので、(略)
朝鮮でも中国でも、その国の時代精神や皇帝の好みやその時代の民族の生活や風俗をよく研究した上で、
事実その時代の特徴を最もよく表した器物なら、その製作地や製作年代は何であっても、それはそれなりに良いと思います。
(略)如何なる国の製品でも、時代や民族性等をよく研究して好き嫌いにとらわれず、
愛情をもって見ればその国や時代の美点がよく判り、それぞれに長所のあることが判ってきます。
何でなければならずと決めず、古美術をこだわりなく常に広く新しい心で素直に見ることです」(PP.361-363)

特定の分野にちょっと慣れてくると、うぬぼれの心が生じるのはどの世界でも同じでしょう。
今回の旅で、いろいろ考えたことはありますが、なによりも常に謙虚であらねばならないと思いました。
『骨董裏おもて』は国書刊行会から発行されているので、興味があるかたはぜひ読んでみてください。

2013.03.16 Saturday

集めた絨毯・キリムの点検


集めた絨毯・キリムを少しずつ整理していくにあたって、それらの傾向をつかむことにした。

枚数だけでいうと「絨毯屋さんが開けるくらい」は持っているけれど、
問題は擦り切れたりボロボロだったりで、日本ではまず買い手がいないものがかなりの数あること。
オールドやアンティークの毛織物に慣れている人でも「こんな状態じゃあ買う気がしないわ」と考えるであろう
毛織物の比率を出してみると、約15%がフラグメント状態である。「えへへっ!」ていうかなんとゆーか……



つぎに絨毯とキリムの比率は、絨毯が46%、キリムが33%、バッグフェイス類が21%だった。
バッグフェイスはほとんどパイル織りなので、それを加えると絨毯が7割近くになる。
「キリムは好きだけど絨毯のほうがもっと好き!」ということなのだろうか。

一時「絨毯よりキリムのほうが手入れが楽そう」と感じ、絨毯を敬遠していた時期があったのにこの結果。
話が横道にそれるが、虫害に関してはキリムより絨毯のほうが多いようだ。
虫に食われた絨毯を見ても、食べられているのは柔らかいパイル部分で、縦糸・横糸のベースは大丈夫なことが多い。
(ちなみに上のコーカサス絨毯が剥げているのは虫害ではなく、鉄の媒染剤によるもの)

「虫さんに『絨毯とキリムとどっちが好き?』って聞いたら、『そりゃあ絨毯よ!柔らかくて食べやすいから』って答えるでしょ」
――前に友達と虫食いの話をしていて、こう話したら笑われてしまった。

なぜ「絨毯のほうがもっと好き」なのか、自分でもうまく理由を説明できないけれど、
一つには「手ざわり」がよいからだと思う。ペットを撫でてホッとするのと似ていると思う。
もうひとつは「奥ゆき」が感じられて迫力があるからかな。 水彩画と油絵の違いにちょっと似ているかも。

* * *

つぎに部族や地域別の傾向を見てみると、
トルコが35%、バルーチタイプが27%、カシュカイ・ルリ・ハムセなど南西ペルシャのものが13%、
コーカサスが11%、トルクメンが10%、残りはその他、ということになった。

枚数で考えるとトルコのものが一番多く、つぎがバルーチ、南西ペルシアのものは意外と少なく、しかもその多くがバッグフェイス。

自分が集めたものたちを急いで手放す気持ちはないけれど、
点検作業をする一方で、「縁」があって大切にしていただける方が見つかったら少しずつ手放していくつもりだ。
一方、収入がなくなったのでめっきり減るとは思うけれど、コレクションを充実させてくれるピースがあればやはり手に入れたい。
それには集めるものに的を絞る必要があると思う。「収集」から「蒐集」へ!
自分のものを見返してみると、集め散らかしている感は否めない。
日本にもトルクメン蒐集家がいらっしゃるが、的を絞ったコレクションは、もうそれだけで立派!

私は一つの部族だけに限定することはできないが、
的を絞るとすれば、それはやはりバルーチになるだろう。
このブログで紹介していない絨毯もまだけっこうあるのでいずれ取り上げたいが
自分なりに見返して、バルーチはそれなりに味のある絨毯が集まっていると思う。(←自画自賛)
絨毯は本来一枚一枚が単位だが、ある一定の基準で複数のものが集まると、「群」としてお互いを引き立て合うことがあると思う。
それもコレクションの面白さではないかしら?
集めた30枚ほどのバルーチを眺めていると、全体でひとつの魅力が生まれるような気がする。

前に有元利夫さんの記事で、「様式」と「美」が深く関わっているのではないか、という話をした。
「美」を感じさせる部族絨毯の多くは、伝統的な部族社会のなかで培われた「様式」に支えられている。
その最たるものがトルクメン絨毯で、自らの出自を誇るかのようなギュル(紋章)をこれでもかといわんばかりに織り込んでいる。
そしてそのギュルの配列やスペースの配置、ウールの質や染めの技術、織りの技術……
それらすべてが長い年月をかけて培われ洗練された「様式」なのではないだろうか。

けれどバルーチの絨毯は、ちょっとちがう。
使われているモチーフにはパターンがあるし、色だって一目で「バルーチタイプ」だとわかる。
でも、でも、どうしてだろう? かた苦しい「様式」に縛られていない感じがするのだ。
以前、バルーチ研究者から「バルーチになりたい者は出自に関係なくバルーチになれる」というお話を聞いた。
もしかすると精神の深いところでかれらはとても自由であり、とらわれていな面があるのではないか?
概してバルーチはお金儲けが下手、あるいは興味がないと言われているようだ。
いっぽうかれらはお金儲けのかわりに、「忠義」とはじめとする独特の美学を持っているようでもある。
暗めの数種類の色だけであれほど美しい絨毯を織ることができるのは、
そんな「何か」に支えられているのかもしれない、と思ったりする。

バルーチの絨毯には、トルクメン絨毯のように「様式」には縛られず、しかも美しいものが多いと思う。
「様式」に基づいた「美」ではなく、なにか種類の異なった「美」。
もちろん商業用に織られた最近のものではなく、かなり昔に織られた古い絨毯の話ではあるけれど――。
なぜそれらに惹きつけられるのか、自分でもよくわからない。
もしかしたらその理由を見つけるために、絨毯をあつめているのかもしれない。

* * *

持っているものを点検するなかで、現時点でのMy Favorite Rugベスト5を選んでみた。
自分で考える「美しさ」と「愛着があること」はちょっと違うのだが、これは「美しい」を基準にしたセレクト。

ベスト1は、やはりカシュカイの「幸福のラグ」(←自分の勝手なネーミング)だろう。

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これはイギリスのディーラーから譲ってもらったものだが、
絨毯を扱っていて「自分が出会った最も美しい絨毯のうちのひとつ」と言っていた。
いわゆる「表だって」販売しておらず、「奥から出してくる」類の絨毯。
たまたま彼が資金を必要としていた時期だったため運よく譲ってもらえたけれど、そうでなければ日本には来なかっただろう。
この絨毯だけは、美術館に寄贈するべきではないかと考えている。

二つ目は、バルーチに近いTimuriのメインカーペット。
状態はあまりよくないけれど、実物の色は深みがあって本当に見事だと思う。

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はじめてこの絨毯を見たとき、なぜか「生命の連鎖」ということばを思い浮かべた。
「生命の木」がモチーフとしてたくさん使われているが、理由はそれだけではないと思う。
絨毯を見ているうちに、自分が絨毯のなかに入ってしまうような気がするピース。

ベスト1とベスト2は、おそらく今後も不動だと思うが、ベスト3以降はけっこう迷ってしまう。
ベスト10くらいまで甲乙つけがたいのだが、いまの気持ちとして選ぶなら
ベスト3はバルーチのSnow Flakesバッグフェイス。小さいながらやはり「世界」を持っている。

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ベスト4は、「愛着」の要素がかなり入りこんでくるレイハンルの小さなピース。

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レイハンルのものは総じて薄いけれど、「羽根のように軽い」。
コンディションはけっして良くなく満身創痍だけれど、なおも輝くお姫さま。

そしてベスト5も「愛着」の要素が強い、トルクメン・ヨムートのフラグメント。
マイケル・クレイクラフトのおじちゃんが「もう少し手元に置いときたかったぜ」といったピース。
「おいちゃんよう(←なぜか寅さんコトバ)、おいらがもう少し手元に置いておくから安心しな!」

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ちなみに写真のサイズが違っていてごめんなさい。
アップロードするとき同じようにしているのに、なぜ大きさに違いが出るのかわからない。
嗚呼!あいかわらずメカに弱いワタシ。

* * *

ま、そんな感じで、集めたものを点検中!

2013.03.09 Saturday

好きな絨毯は人それぞれ


仕事を辞めて二週間ほど経ち、ここらで一度、家にあるモノたちの整理をしようと思っている。

7000円の特売ギャッベからはじまった「じゅうたん熱」がヒートアップしすぎてしまって
バランス感覚のある人から見たら「ちょっとどうにかしている」と思われるほど、キリムや絨毯を集めてしまった。
ふり返ってみれば、自分のテイストもその"発展段階"に応じて変化している。

まず心を魅かれたのがギャッベで、このブログの最初のほうに二枚ほど写真を掲載しているがすでにヤフオクで手放した。
最初のころは、絨毯が「もったいなくて」足で踏めなかったから、ギャッベですらほぼ未使用だった。

やがて、ギャッベを売っているネットショップで「キリム」と呼ばれる平織りの織物も売っていることを知る。
キリムの一部にパイルが埋め込まれた、いかにも可愛いデザインの「ギャッベ・キリム」を買ったり、
イランだけでなく、「キリムといえばトルコよ!」というわけで、
おそるおそるトルコのオールド・キリムを使ったクッションカバーを買ったりした。
「へえ、これがオールド・キリムというものかあ」……
色褪せ、人に使われた独特の風合いを、じーっと見つめたことも、いまから思えば懐かしい。
いわゆるオールド絨毯にはほとんど化学染料が使われている。
鮮やかすぎる化学染料も、正直言ってあのころはそんなに抵抗がなかった。
もともとカラフルな民族雑貨やエスニック衣類が好きな方だったから、
けばけばしい色が使われたピースも、「にぎやかで元気な感じ!」と喜んで購入していたのだ。
でも何度もそれらを手に取って眺めるうちに、良い染料と悪い染料の違いが分かるようになり、
化学染料が使われているものはやがてほとんど手放してしまった。

この前写真を載せた「イラン北部に住むトルクメンの新しい絨毯」や、「トルクメニスタン産の新しいトルクメン絨毯」を買ったりしたのは、
そんな試行錯誤を繰り返していた初期のころである。
日本で手織り絨毯といえば「ペルシャ絨毯」くらいしか聞いたことがなかった私が、
トルコや、アフガニスタンなどでも絨毯がさかんに織られていて、
購入した新しい「トルクメン絨毯」は、「部族絨毯」と呼ばれるカテゴリーに入る、などということも知った。

その後、アフガニスタンのオールド絨毯に魅せられた。
茜は絨毯では欠かせない定番の色だが、一つとして同じ茜色はない。
朝・昼・晩の光によって、いつ眺めても異なった表情を見せる。
アフガニスタン北部に住むトルクメンのオールド絨毯に夢中になり、ずいぶん集めた。

アフガニスタンのトルクメン絨毯は打込みがしっかりしていてウールの質も高いものも多い。
毎日眺めていても飽きないデザインと落ちついた色合い。
耐久性のある落ちついた絨毯を探している人にとっては、一つの良い選択肢だと思う。

ただしアフガン絨毯にも、意外というべきか、けっこう化学染料が使われている。
私は「アフガンはイランやトルコとちがって化学染料の普及は遅かった」と思いこんでいたのだが、
茶・赤・紺といった基本色にさえ化学染料が使われているものも多いことがわかってきた。

絨毯を選ぶ際、「ペルシャだから最高」「トルコだから丈夫」「アフガンだから自然」といった謳い文句が
いかに限定的な定義であるかが分かってきたのもこの頃だと思う。

今なら、自分のなかにある程度「いい絨毯やキリム」の価値基準ができているので
一枚一枚の毛織物に向き合って、一定の判断ができると思うけれど
それはこれまでにさまざまなモノと出合って、失敗の経験を積んだからだと思う。

けれども、私が良いと思う絨毯は、必ずしも他人にとって良い絨毯ではない。
結局、好きな絨毯は人それぞれ、絨毯は好み、なのである。

* * *

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さて、こちらはアメリカの絨毯マニアが発行していた"ORIENTAL RUG REVIEW"という雑誌。
絨毯雑誌といえばロンドン発行の"HALI"が有名で、ゴージャスな絨毯の写真や、オークションハウスの高額落札結果に目を丸くするけれど、
こちらの雑誌はせいぜい60ページくらいで、記事も親しみやすいものが多くて好感が持てる。

1992年の秋号に、オランダの絨毯コレクター、Jan Timmerman 氏へのインタビュー記事が載っていたので面白く読んだ。
欧米の絨毯コレクターも高齢化が進んでいるようだが、蒐集をはじめたのは早い人でも60年代〜70年代からだと思う。
氏は1950年代初めから絨毯の蒐集を始められた方で、そういう意味で大ベテランである。
オランダの大きな保険会社の社長さんで、海外出張の機会が多く、主にヨーロッパ各国と北アフリカで蒐集をされたらしい。

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Jan Timmerman 氏

この写真のキャプションには「ペルシャ北部の友達と。『魅せられたのが根付だったら良かった』」とある。
ヨーロッパでは根付コレクターが多く、かなりの良いものが日本からヨーロッパに流出したと聞くが、
氏が言いたいのは、「根付なら小さいのでたくさん集めてもスペースを取らないし、手入れの手間もかからない」ということ。

ところで、このインタビュー記事に触発されたアメリカのコレクターJohn Howe氏が、
turkotekというサイトで絨毯マニアやコレクターに次のような質問を投げかけている。

1. あなたは主にどこで、誰から絨毯を買いますか? 
2.あなたはどのくらいのペースで(期間で)あらたに絨毯を買っていますか?
3.あなたにとって「収集(蒐集)」する基準は何ですか? 
たとえば「これは美しい絨毯だが収集の対象ではない」と考える基準は?
4.購入を決める際、絨毯のコンディションはどこまで気にしますか?
5.購入した後、絨毯をどうしていますか? 保管しますか、飾りますか?
6.購入した後、絨毯の産地を特定したり、織りの構造を分析したり、文章にまとめたりしますか?
7.絨毯の知識をさらに得るために有益な情報源をもっていますか?
たとえば本、絨毯愛好会、信頼できるディーラー、コレクター仲間、絨毯学術会議など。
8.絨毯を収集しはじめたときと今とで、好みは変わりましたか? 時々コレクションを手放していますか?
最初に買った絨毯を今でも持っていますか? そして、それらはどういう理由からですか?
9.もしあなたが余命幾ばくもないと分かったとき、自分のコレクションをどう処理しますか?
10.収集を始めたばかりの初心者に、これ以外に何かアドバイスはありますか?

これはコレクターへの質問なのでやや特殊ではあるけれど、なかなか面白いテーマが含まれていると思う。

* * *

「なぜ絨毯の穴と仲良くなったのか?」という見出しのごとく、
Jan Timmerman 氏はコンディションにはこだわらず、自分が美しいと思う絨毯を求めて遍歴をつづけた方。

氏は学生のころから古書、古い瓶、スケート靴などを集め、いわゆる蒐集癖があったようだ。
第二次大戦後まもなく、当時アムステルダムに絨毯コレクターのクラブがあり、
氏はそこで知識豊富で魅力的な年配のコレクターたちと知り合い、彼らから多くのことを学ぶ。
当時の蒐集対象は、(アルバート美術館やメトロポリタン美術館など)超一流の美術館に展示されているようなクラシカルな絨毯だった。
そういう意味では、部族絨毯を含む、宮廷絨毯以外のコレクターの草分け的存在かも。

氏が最初に買った絨毯は、小さなアンティークショップにあったトルクメンのマフラッシュ。

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うーん、これ見ると、さすがという他はない。(ワタシなんか7000円の特売ギャッベですからね!)
このマフラッシュは左側が欠損しているものの、まさに玄人好みのピース。
ヨムートのものということだが、みごとな構成。
文様もレアで、トルクメン・コレクターはさぞ欲しがるだろうピース。

次に買ったのは仕事で出かけたエジプトにて。
「イーグル・カザック」と呼ばれるコーカサス絨毯だったが、「後になって、ずいぶん高く買わされたことに気づいた」。
おまけに当時は時づかなかったが、かなりリペアがあって、リペアの糸が褪色してしまったという。
それからさらに3枚の絨毯を求めたが、氏いわく「芸術や歴史など専門的な知識からというよりは、ただ美しいものに囲まれて暮らしたかったから」。

その後、店をのぞいたり、ディーラーやコレクター仲間たちと交流して知識を高めたり、カイロなどの博物館にあるアンティーク絨毯を見たりした。
もちろん本からも学んだが、今とちがって絨毯に関する本もそれほど多くはなかったらしい。
ワシントンでの国際絨毯会議は自分が議長の仕事があったため参加できなかったが、ICOCもすべて参加した。

「本や文献、ラグソサエティ、絨毯学術会議などのうちで、より重要だと思われるものは?」という質問には、
「本は、クラブよりも、私に多くの間違った見解を教えた。
絨毯クラブでは、実物を手にとって他の人びとと語り合うことができるのに対し、
本では『これがすべてだ』という印象を与えるからである」。

そうー、たしかに言えてる〜。私の経験でも、ちょっとクエスチョンマークがつく叙述も見かける。
ただ、問題意識をもって本を読んでいれば、書いていることが信頼できそうかどうかは大体判断がつくとは思うけど。

もうひとつの本の問題点として、「この本には自分が持っていないプレイヤーラグが載っている。
自分も(代表的な絨毯はひととおり)持つべきだ」と考えがちになったこと。
そのようにして揃えた絨毯は、時間が経つと自分はそれほど好きでないことがわかり、結局手放すことになったという。

ふんふん、これも言えてる。
私も、トルコ・イラン・アフガン・コーカサスと「有名どころのキリム」をひと通り集めてみようとしたが途中で挫折。
結局、自分が好きなのは、「艶があって長繊維のウールを使い、織りが細かく薄めのキリム」ということが分かり
そうでないキリムはほとんど手放すことになった。

さらにインタビューでは、収集に夢中になるあまり、良いモノも集まるが、いま一つのモノも集まる。
後から考えると、後者は「買うのを急ぎすぎた」と言うべきかもしれないが、それは勉強代と考えるしかないという。
これもよくわかる!「失敗ゼロのコレクションはあり得ない」!

氏は国内はもちろんのこと、海外出張の際も早起きをして「蚤の市」を回ったという。
1950年代から60年代にかけては、蚤の市でもいわゆる「掘り出し物」の絨毯があったらしい。特にパリ!
今では「価値のありそうな絨毯」は、蚤の市なんかには出さない。ディーラーに頼んで
運が良ければオークションハウスで高く売れることを知っているから――だって。

生涯最大の失敗は、1965年前後にマドリードで「ロット・ラグ(オスマントルコ絨毯)」を買わなかったこと。
ブダペスト工芸美術館にあるような逸品で、色もすばらしく値段も「もってけドロボー」価格だったのに、
なぜか「またチャンスがあるだろう」と思って買わなかった。
結局その後は「ロット・ラグ」に出会うことはなかったそうな。

「コレクションの保管」については、「ホウキの柄」に絨毯を巻きつけて保管している。
「だれかが私の誕生日にプレゼントをくれるというのなら、
絨毯をくれるという選択肢はありえない。ぜひホウキの柄をプレゼントしてほしい!」

絨毯を買った後、織りの技法や構造について分析したりすることはない。
「アートとして美しければそれでいい」タイプ。

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コーカサス絨毯 Lori Pambakとよばれるタイプの初期のもの

「私が好きになるのは、ほとんどフラグメント状態だったり、穴がいっぱい開いていたり、
(パイルが剥げて)絨毯のベースがむき出しになったものが多い」

うんうん、よーくわかります! 
個人的にはパイルの毛先がほとんどなくなって、結び目が露出している部分がつやつや光っているのなんか最高!
そのためには上質のウールと良い染めでないとダメ。
「古い絨毯が好き」といっても、モチロン、古ければ何でもいいわけじゃない。
ウールでも、染めでも、織りでも、質の「良い絨毯」と「良くない絨毯」というのは、昔からあったはず。
でも「良くない絨毯」というのは、一定期間使われた後、つまり「モノの使用価値」が尽きれば捨てられたのだろうと思う。
ボロボロになって、敷物としての「使用価値」がほとんどなくなっても捨てられずに残っている絨毯は
やはりある種の美しさを備えていたから、捨てるには忍びなかったから生き残ってきたのだと思う。

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やはりコーカサス絨毯で、初期の「カザック」

氏のお気に入りの絨毯の写真を掲載しても、似たような実物をご覧になったことのない方は
この絨毯の風合いや色をイメージすることは難しいと思うけれど、
底光りするようなウールと、歳月を経て熟成した天然染料が輝くさまは、本当に美しい!

……とはいうものの、実物を見てもやはり「好み」の差は大きいようす。
最初に出会ったアムステルダムの絨毯コレクタークラブは高齢化により消滅したため、
絨毯クラブを新たにつくろうと試みた時期もあったようです。

アート愛好家の男女が集まるグループなどを対象に、絨毯の実物とスライドによるレクチャーを開くと参加者も喜んで、
「また次もお願いします」と言われて何度か開催したのだが、「結局私の言いたいことは伝わらなかった」。
というのも、「ひどい色で、空っぽのデザインの最悪の絨毯」を見せて反面教師としようとした際、
「私が話しはじめるや否や、ある女性が『まあ、なんて華やかな綺麗な絨毯!』と叫んだのです。
私はその絨毯を横に放り出して、話題を変えました」とのこと……

まあ、そんなこんなで、アムステルダムに新たな絨毯クラブをつくる夢は潰えて
「絨毯コレクターをコレクトする(集める)ことは、絨毯をコレクトするよりもずっと難しいことが分かった」そうな。
オランダはオスマントルコ時代から、絨毯が根づいた国だと思っていましたが、なかなか難しいもんなんですね。

また、膨大な量のコレクションをどうするか、という問題に対し、氏はかなりリアリスティックな判断をしています。
「私は美術館には寄贈しない。なぜなら美術館にはそれほどストックルームはないし、
彼らは目玉になる良い絨毯が一枚あれば、それで満足だからだ。
私が万が一の時は、オークションハウスに持ち込んでさばいてもらうことを希望する。
私のコレクションのなかにだれかがずっと探していた絨毯があれば、手に入れた人はハッピーになれるじゃないか。
それに娘たちにはちょっとした収入になる」
うーん、うーん、ここらへんはすごくビミョーなところで、何とも言いがたいけれど、
現実を見据えるならば、たぶん、氏の判断は正しいと思います。

インタビュー最後の質問、「絨毯を集めている読者へのアドバイスは?」に対しての答えがすごい!
「自分が本当に好きなものだけを買い、他人のアドバイスには決して耳を貸さないように!」

* * *

WOW! これが絨毯を50年集めつづけてきた人の結論なのか!
でもこれが冗談や皮肉でないということ、私には何だかわかるような気がします。
結局、自分が好きな絨毯が良い絨毯なんだよね。
けだし名言であります。

2012.03.30 Friday

雑感

 

里帰りしていたときに母の本棚から白洲正子さんの本を取り出して見ていたら、おもしろい文章を見つけた。それは、「サザビーズやクリスティーズなどのオークションハウスのシステムがますます浸透し、真贋や価格面で不透明だった骨董界が世界規模でオープンになりまことに喜ばしい」、という骨董評論家が書いた新聞記事に反駁する文章だった。

白洲さんは、オークションハウスが擁する専門家やそのシステムを一定程度評価したうえで、「それでも何か、いちばん大切なものを忘れている気がする」というのである。「スタッフは勉強もし研鑚も積んでいるだろうが、贋作が絶対にないということは保証できないと思う。価格面においても、もっとも財力のある人間の手に落ちる仕組みであるために、いちばん高い金額がその品物の評価ということになってしまう。それははたして公正な価格といえるだろうか。また、オークションでは“商品”がつぎつぎと繰り出され、きわめて事務的に淡々と取引が進められるため、やきものでは非常に大切な“手ざわり”や“口にあてた感触”などが絶対にわからない」。

「贋作や不当な価格といった骨董屋にたいする不信は根強いようだが、一流の骨董屋はプライドにかけて贋作は店に出さないものである。しかしそのような店でも、経験の浅い番頭や店員が誤って仕入れた贋作が倉庫にたんまりとあり、これ見よがしに並べてある。それは仕入れに失敗した人間にその前を通るたびに恥じさせて、二度と贋作を仕入れないよう、日々教育するためなのだ。」「骨董屋の価格が曖昧だという指摘はその通りかもしれない。しかし、本当に骨董が好きな客は目でわかる。骨董屋はそういう客には儲けなしで譲ったりするし、逆に、骨董が好きでもないのにステイタスを誇るために骨董を買うような客にたいしては、法外な値段で売りつけることもある。買った方は「これはいくらで買ったんだぞ」と人に自慢げに吹聴するわけだから、私は骨董屋がそれほど悪いことをしているとは思わない」。

「同じ時期に同じ工房で焼かれたやきものでも、伝世品と近年発掘された品ではまったく違う。仕覆を着せられ、箱をしつらえられ、日々大切に扱われてきた伝世品と、土のなかに放っておかれたものは違って当然だと思う。その違いは人間の愛情である。だから、やきものが美術館や博物館におさめられたら可哀相だ。愛撫されないやきものは孤独になり、その艶をうしなってしまう。骨董は手もとに置いて日々眺め、なでてやり、使ってこそ価値があると思う」。
  

本が手元にないため表現が正確ではないが、わたしの記憶に残る白洲さんの文章はざっとこのようなものだった。

モノは古くなると年月によって独特の味わいと風格を身につけていく。なにかの拍子でそこに惹かれ、古いものの世界にどっぷりつかってしまうと、抜け出そうにも抜け出せなくなる人間がいる。(わたしもその一人かもしれないが、ジュリエット・ビノシュ主演の映画「トスカーナの贋作」で「古いモノはキケンだ」というセリフには思わず笑ってしまった。)いっぽうで、古いものはその希少さと愛好者たちとのバランスで金銭的価値が決まり、投機の対象にもなる。骨董は“商品価値”と“愛情あるいは思い入れ”の狭間にあるものなのだ。


 含蓄のある白洲さんの文章を読んで、考えを改めさせられた部分があった。それはミュージアムにたいする考え方である。大阪の国立民族学博物館は遊牧民の毛織物も所蔵しているし、私立の白鶴美術館はペルシャ絨毯を多数所蔵している。だが日本では毛織物文化がまだまだ根づいていないため、専門の公立ミュージアムがなく、とくにトライバル・ラグの認知度はすこぶる低い。だから絨毯屋の榊さんたちとも「日本に絨毯博物館があるといいですね」といった話をすることもあった。できるだけ多くの人びとにトライバル・ラグの良さを知ってほしいからである。けれどもトライバル・ラグは、博物館に展示されるのが必ずしもベストな選択ではないと思うようになった。絢爛豪華なアルデビル絨毯やチェルシー絨毯などならば、立派な施設で多くの人に鑑賞されるのがふさわしい。しかし遊牧民の絨毯やキリムはむしろ、日々眺められ手入れをされ、愛でられるのがいちばん幸せなのかもしれないし、持主にとっても心ゆたかで幸福な時間が過ごせるのではないだろうか。


 わたしは「あんた、そんなにたくさん絨毯やキリム持ってどうすんの?」という意見がコワイ。だからこのブログも親兄弟や友人には内緒である。先日、ふとした拍子にある友人に知られてしまい、彼女も好きになってくれたみたいなのだが、これは一応特例である。ちょっと話がそれてしまったが、なぜコワイかというと、「すごい物欲が強いのね!」と思われたくないからだ。で、自分自身にたいする言い訳としては、「これは“消費”じゃないのヨ。一時保管、そう、一時保管をしているだけなの」というものだ。どうぞ笑いたいヒトは笑ってください。わたしも笑います。ハハハ……

さて、人生のエンディング・ノートを考えなければならない時期に、わたしもそろそろ差しかかっている。平均寿命を考えればもうすこし余裕はあるかもしれないが、人間はいつどこでどうなるかわからない。だから、いま大切にしている絨毯とキリムをどうしたらよいか、考え中なのだ。もし公立の絨毯博物館があれば、そこがもらってくれれば一番よいと思うが、ない物ねだりをしてもしょうがない。愛好家たちで協力して私設の美術館をつくるといっても、設立資金もなければ、運営するのも至難の業である。

そこに白洲さんの文章を読んで、気持ちが変りつつある。手もとにある絨毯やキリムはいずれ、それらの良さを本当にわかってくれて大切にしてくれる人にゆずったほうがいい。毛織物は素材がたんぱく質であるため、やきものよりもずっと寿命が短い。個人の住居での保管、しかも日本のような高温多湿の気候下では二百年がいいところかもしれない。けれども火事などの不測の事態を除けば、大切にすれば持ち主の寿命よりはずっと長い。手から手へ、毛織物がバトンタッチされ、ゆく先々で、ささやかだけれども心ゆたかな時間をつくりだす。

そのような過程を通して、徐々にトライバル・ラグやキリムの良さが日本の裾野にひろまっていくことを願う。大量生産・大量消費の時代はもう終わった。手仕事のぬくもりがふたたび価値を見出され、時間がゆるやかに流れ、ひとのこころが豊かになる。そういった静かな変化を経ていってはじめて、日本に絨毯博物館といったものが現実化するのかもしれない。

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