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2014.02.14 Friday

茶紫の比較 トルコ絨毯とバルーチ絨毯

オスマン帝国時代の絨毯の話題はちょっとお休みにして、手抜き記事です。

茜のコールド・ダイ(熱を加えない染色)でできるとされる茶紫(オーベルジーヌ)。
古いトルコ絨毯やバルーチ絨毯などに見られます。

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トルコ西部のミラス絨毯。一枚の絨毯のなかに濃い茶紫と淡めの茶紫が使われています。

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トルコ中央部のクルシェヒル絨毯(2枚)。
下の茶紫はとても濃い色です。上は「藤色」と言った方がいいかも。

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上側のモチーフは、ミラス絨毯にもあった「ゲスミユ」と呼ばれる文様だと思います。
右側のピンクは「コチニール」由来と思われますが、左の赤は「茜」の色。
「草色の緑」はあまり他では見かけない色で、よくある「インディゴ+黄色」によるものではなさそうです。
この時代には、地域によってさまざまな緑の染色方法があったのかもしれませんね。

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同じクルシェヒル絨毯。きれいな水色も使われています。

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やはり茶色の部分が朽ちています。とてもやわらかいウールです。

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右側はクルシェヒルにも近いムジュール絨毯です。
ほとんど同じ色相の藤色をはじめとして、やわらかな枇杷色や卵色などたくさんの色が使われています。

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こちらはバルーチタイプの絨毯です。
バルーチ絨毯は非対称(ペルシャ)結びがほとんどですが、こちらは対称(トルコ)結び。
バルーチのなかのバールリ・グループは対称結びだと言われていますが、
この絨毯がバールリのものかどうかはよくわかりません。

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上とおなじ絨毯の裾部分。相当古いものですが、キリムエンドが残っています。
トルコの茶紫に比べて、やや明度が低い感じがします。
使っている水が硬水か軟水か、酸性かアルカリ性か、などによっても染色の結果が違うそうです。

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また別のバルーチ絨毯。これも対称結びのグループですが、たくさん色が使われています。
バルーチ絨毯というと「茜・インディゴ・茶・白」といった色数が少ないものを思い浮かべますが、
こんな「渋カラフル」な絨毯もあるんですね。

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3枚目のバルーチ絨毯。やはり対称結びのグループです。
この3枚に共通するのは「蛸唐草」に似た文様が使われていることです。
この文様が使われた絨毯は、欧米では「ムシュワニ」と呼ばれることが多いのですが、
現在「ムシュワニ」と呼ばれている人たちが織る絨毯とは、かなりタイプが違うようです。

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4枚目のバルーチタイプ絨毯のボーダー部分。やはり渋めの茶紫が使われています。


この絨毯には「蛸唐草文様」は使われていないのですが、「対称結び」のグループです。
バルーチタイプのなかでも、対称結びのグループが茶紫を好んで使ったのかもしれませんね。

* * *

トルコ絨毯とバルーチタイプの絨毯の茶紫の比較、いかがでしたか?
次回はまた「19世紀末のカーペットブームは何をもたらしたか」に戻ります。
多くの地域で雪の週末になりそうですが、みなさまどうぞご自愛ください。

 
2013.11.28 Thursday

絨毯・キリムに使われる紫色


ジョン・トンプソンさんの文章に、aubergine(オーベルジーヌ・茄子色)の話があったので、またまた寄り道。
絨毯やキリムに使われる紫色について、わかる範囲のことを書きたいと思います。

1. 化学染料の紫

トルコのオールド絨毯やキリムに多くみられる鮮やかな紫は化学染料で、
日に当たって褪色した結果、グレー〜シルバーになったものがあります。
絨毯やキリムの裏と表で極端に色が違う場合は、化学染料が疑われます。

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以前ご紹介したシバス近郊のヤストゥック。
裏側の青紫は強く鮮やかな紫ですが、表側(写真上部)は褪色してくすんだグレーになっています。

ただし表面が褪色したキリムでも、強い色が残っている裏面をわざと日に当てて褪色させる場合もあり、
こうなると裏と表の色の違いはわかりにくくなります。

絨毯の場合は、表面は褪色していても、パイルの根元に鮮やかな色が残っていることが多く、
わざと日光にさらしてもそこまで褪色させるのはまず不可能なので、ケミカルだとわかります。

2. 日光に弱い天然染料の紫



これはイランのカモ村という場所で織られた「カモ・ソフレ」です。
実物の色は写真よりきれいなのですが、たぶんこの紫は植物由来の天然染料。
染められた当時よりは、紫の色素が弱くなっているように見えますが、
天然染料が褪色する場合、化学染料の褪色に比べ、ゆっくりと色を落としていくようです。

Harald Bohmer著 "KOEKBOYA"には、日光に弱い天然染料も紹介されており、
日本の染色で有名なベニバナなども「日光に弱い」とされているので、興味深いです。

もちろん日光の当たり具合が違う表と裏で、色の差はありますが、
一本一本の糸をじっくり眺めていると、「これは時間をかけて色が薄くなったんだな」という気がするのです。

このカモソフレに使われている紫が、具体的にどんな植物・どんなレシピで染められたのかはわかりませんが、
「日光に弱い天然染料もある」ということを書きたかったのでした。

3. 天然かケミカルか、よくわからない紫

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こちらはいまヤフオクに出品しているバルーチのソフラで、大部分を占める灰紫が問題の色。

きっとケミカルの紫が褪色してグレーになっているのだろうと思っていましたが、
あらためて紫の繊維をじっくり見てみると、褪色の具合がおだやかなので、「もしかすると天然染料?」という気もします。

ソフレ左上の部分のみ、紫が濃く残っているのも疑問のひとつです。
村人などが自分たちで糸を染める場合、一番染め・二番染め……と染料の液を使いまわすことが多く、
この色の差はそれが原因なのでは?とも思ったり……

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2枚はぎになっている「つなぎ」の部分を見ると、最初の紫が比較的よく残っています。

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わたしにはこの紫が天然かケミカルかどうか最終判断がつかないのですが、みなさんはどう思われますか?

* * *

それよりも、新発見は同じバルーチソフレの茶紫! まったく褪色していません。

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写真の色の再現がいまひとつなのですが、もしかしてこれは茶色味の強いオーベルジーヌでは?

4. オーベルジーヌ

ジョン・トンプソン氏がバルーチ絨毯に見られる色のひとつとして紹介しているオーベルジーヌ。

透明感と豊かな味わいがある『茶色がかった紫』は鉄を媒染剤にした茜だと思われる。
この色はまったく腐食しないか、ほとんど腐食が見られない。
この色を私は『aubergine(オーベルジーヌ・茄子色)』と呼んでいる

―Rugs of the Wandering Baluchi より―

< テーマ1 鉄媒染でも腐食しないオーベルジーヌ >

アンティークの絨毯やキリムには、茶色の糸だけがすり減ったり糸がなくなったものがあります。
その理由として、よく「鉄が媒染剤に使われているとウールが痛む」という説明がされます。

わたしの中では「鉄=ワルモノ」(笑)という認識だったのですが、
オーベルジーヌは、鉄を媒染剤に使っているのにウールが劣化しないというのは驚き!

そこでオーベルジーヌの染色資料はないかと探していたら、Turkotek Salonというサイトで
Manfred Bieber 氏による"Natural Dyeing and Natural Dyestuffs in Anatolia"という論文を見つけました。
(対象はアナトリアの染色に関してですが、
自分が持っている茶紫の糸は、トルコの古いものとバルーチのものと同じ色相に思えます。)
大体の内容は以下のとおりです。

* * *

"cold dyeing" という加熱をしない染色方法は、もともと燃料の節約から始まったといわれる。
結果的にそれが安定した酸性状態をもたらし(羊毛はアルカリに弱い)、羊毛を腐食から守ることになった。
まず染色する過程において、染液は一貫して40℃を超えてはならない。
環境温度(気温など)が30度のころを見計らって、硫酸鉄2〜10%の溶液で先染めした後、
麦ヌカとサワードゥ(イースト菌の代用品)を混ぜた茜の液に5、6日浸けこむと、羊毛が茶〜こげ茶に染まる。
同じ環境温度のもと、さらに2日間カリウム溶液に漬けておくと、紫ができる

* * *

< テーマ2 オーベルジーヌにも濃いものと薄いものがある? >

手元にある天然染料の「茶紫」の色に、濃いものと薄めのものがあるのですが、
上記を参考にすると、硫酸鉄の濃度のちがい、途中の色である茶色の濃度の違いに由来するものかもしれません。

さて、実物の写真に戻りましょう。
上のバルーチ・ソフレに見られる「褪色していない茶紫色」は、ルリ族の絨毯にも見られます。

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カシュガイやハムセなど南西ペルシアの毛織物で紫は見たことがないと記憶しているのですが
このルリ族と思われる絨毯だけは、紫色が使われていました。
茜色と緑色に囲まれた「サイコロキャラメルちゃん」のボディが似たような茶紫です。

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これは120年近いと思われるコンヤのキリム。
上とほとんど同じ色相の茶紫色が使われています。

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ウールも良いので染料の良さがいっそう引き立ちます。茜も透明感がありキレイです。

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これはアナトリア南東部(レイハンルあたり)のキリムですが、やや濃い紫が使われています。

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コンヤの紫と比較してみました。
色相は近いような気もします。硫酸鉄の濃度のちがいか?

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あちゃー、キリムの裏側を撮っちゃってますが、さらに濃い紫。レイハンルです。
これはインディゴが入っている感じで、オーベルジーヌではないでしょう。

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3枚を比べてみると、一番上の紫はあとの2枚と色相が違いますね。
このタイプの紫は、インディゴとコチニールを使うという話を聞いたのですが、
文献では確認していないので、これから調べていきたいと思います。

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もともと紫色の話はバルーチ絨毯から出発したので、バルーチとトルコの茶紫を比較。
絨毯とキリムなのでちょっと比較しづらいですが、色相は同じように見えませんか?

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もう1枚バルーチ重ねちゃいました。ちょっと明るく撮れすぎ?

* * *

ちなみに、もし上のバルーチ・ソフレ茶紫がオーベルジーヌだとすると、
ソフレは30〜40年位の比較的新しいものなので、その染色技法が廃れずに残っていたということになります。

それにくらべ、トルコのオーベルジーヌはたいてい100年を超えるアンティークにしか見られないようなのです。
羊毛も傷めず、褪色もしない美しい色なのに、どうして使われなくなったのでしょう? 
材料も特別な物は使われていないのに、不思議です。

* * *

ところが! 番外編。

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これはそれほど古くないトルコ絨毯ですが、この色はオーベルジーヌじゃありませんか!?

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コンヤキリムと絨毯の裏を比べても、濃度は違うものの同じ色相!

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やっぱり写真が明るすぎますが、バルーチの茶紫ともほぼ同じ色。

このトルコ絨毯は、オランダのディーラーから「古い毛糸を使って織られた絨毯」として購入しました。
それが事実かどうかは分からないのですが、織られた年代は比較的新しいようです。

最初はDOBAGプロジェクトの絨毯ではないかと思っていましたが、
デザインや織った線の感じから、どうも違うようです。いまだに正体不明。

* * *

オーベルジーヌの染色についてはある程度わかってきましたが、
羊毛が劣化する、鉄媒染をつかった茶色の染色についても、調べていきたいと思います。

次回はふたたびジョントンプソン氏の文章に戻る予定です。
それでは、また!


2012.08.17 Friday

化学染料の登場

 
 さて、今回はコチニール生産量が最盛を迎えたころに登場した化学染料のお話です。
 『完璧な赤』によれば、1870年ごろのコチニール生産量は、メキシコのオアハカで226トン、グァテマラで680トンに加え、カナリア諸島では2500トン(15年で6倍)という大増産を達成します。この本では年表や統計表がないためはっきりしたことは分かりませんが、おそらくカナリア諸島での大増産によって、高嶺の花だったコチニールがぐっと入手しやすくなったであろうことは想像できます。

 イギリスの若き化学者ウイリアム・ヘンリー・パーキンは、インドにおける植民地経営の必需品であるキニーネ(マラリアの治療薬)を合成しようと実験を重ねていました。ガス灯の産業廃棄物であるコールタールには複雑な化学物質が多数含まれており、そのなかのナフタレンをつかってキニーネの合成を試みていたのです。キニーネはできなかった代わりに、アニリンという物質ができました。絹に着色実験をしてみたところ、かすかにライラック色に染まったのです。専門家に意見を求めたりした結果、パーキンは翌年にこの商品化に踏みきります。「パーキンのモーブ」と呼ばれるようになったその色は、幸運にも時の色となり、ナポレオン三世の皇后ウ―ジェニーやヴィクトリア女王も身につけ、一世を風靡するようになるのです。


                 永田泰弘監修『日本の色 世界の色』(ナツメ社)より

 化学染料は、つかいやすく、短時間で染め上がり、製品の質も均一であり、しかも安価でした。
パーキンは工場経営に専念し、15年間で10万ポンドの富を築いて早すぎる隠居をすることになるのですが、その間ドイツやフランスの化学者も加わってさまざまな色の化学染料が開発されます。

1859年には赤紫色の「フクシン」(日本では「フューシャ」と呼ばれることもあります)、
1863年には「アニリンイエロー」や「ニコルソンブルー」、
1869年には「アリザニン」(西洋茜・マダーの色素)が化学合成されるようになるのですが、合成アリザニンは、耐光性・耐水性があり天然マダーより混じり気がないことから爆発的にヒットします。
何度も引用している"Oriental Carpet"では、1878年における英独仏のアリザニン販売量がおよそ9500トンにのぼったという文献が紹介されています。推定販売価格は天然マダーの3分の1。
1878年にはウールを染めるとコチニールに匹敵するといわれた「ビーブリッヒ・スカーレット」、
1887年にはマゼンタが発売され、間もなくトルクメン絨毯にも使われたようです。
1897年には合成インディゴが発明されます。

1880年代から90年代には、コチニールの発祥地オアハカの染物職人さえもがフクシンやマゼンタを使っていたというのですから、まさに化学染料は破竹の進撃だったのでしょう。



 ただし初期の塩基性染料は、光をあびると褪色しやすく、水流れもしやすいという欠点がありました。流行が移りかわるドレスならまだしも、長期間使用する絨毯が数年で見る影もなくなってしまうのは問題です。1903年にペルシャ政府は絨毯用のケミカルの輸入と使用を禁止します。
 その後、上記の欠点を改善したクロム染料が開発され、第二次大戦以降、多くの絨毯に使われるようになりました。

                                     * * *

「染色と定着と水洗が終わった綛(かせ)を大きなステンレス製の脱水機にかけて、次の乾燥室の連中に渡すまでがぼくたちアルバイトの仕事だった。綛は二十束くらいずつバスケットに入ってくる。一度に染色槽から上がる糸の量はバスケットにして十個分くらいあって、それが一ロットだ。どんな場合にも別のロットの糸が脱水機の中で混ざったりしないようにと、そこで働く最初に日に何度も言われた。同じ♯2557-SSの配合で染めても、実際の仕上がりは一回ごとに少しずつ違う。糸のままではわからないが、織りあげた時には歴然と境目ができる。」

 ――これは池澤夏樹さんの芥川賞受賞作「スティル・ライフ」の一節です。 「おおっ、これがいまの化学染料の染色工場か〜!」と興奮してしまいました(笑)。化学染料は天然染料に比べると扱いが楽そうな印象を持っていましたが、現在のアパレル業界などにとっては、商品はあくまでも一定でなければならないわけですよね。

  『完璧な赤』は、オリエンタルカーペットでなく、ヨーロッパのテキスタイルの染色に基準を合わせて書かれているのですが、化学染料が発明された当時は、「混じり気のない色」がもてはやされた時代でした。よほど高い技術を持つ職人が染めるのでなければ、マダーは「どこか濁った、くすんだ色」であり、下層民の色とされていたようです。上流階級には「くすみのない鮮やかな赤」こそがふさわしいと、その地位をあらわすものだったようです。だから均一に染まる化学染料が、これまでにはない色だった物珍しさもあいまって、もてはやされたのだと思います。

 いまも染色の本を読んでいるのですが、日本化学会編『ファッションと化学』(大日本図書)でおもしろい記述を見つけました。
「茜については日本茜、西洋茜、印度茜などが有名であるが、これらが属するアカネ目アカネ科の植物は、世界中で約5000種(わが国には55種)存在し、それぞれに多くのアントラキノン類の色素が含まれている。たとえば、西洋茜の場合、従来はアリザニンのみが含まれているようにいわれていたが、実際には少なくとも20種類以上の色素が存在する。これらの色素類は化学性質も水に対する溶解度も異なっているので、茜の種類や抽出、染色の方法によって違った色調の染色結果を得ることができる……」(4章 天然染料による染色と伝統技法 この章の執筆:木村光雄氏)

 これを読んで、「やっぱり〜!」と思うのです。天然藍と合成藍では染料の浸透速度がちがう話をしましたが、「分子構造が同じ」点だけをもっては同じ色にはならないようです。適切に染められた天然染料の奥行きのある美しさは、数多くの色素によって生み出されているからこそなのでしょう。
                          
2012.08.11 Saturday

発色の違いと媒染剤など


テキスタイル・ミュージアム発行のトルクメン本では、
ウールが柔らかくなったり浸食されたりしている古いタイプを「コチニール機廖
ふんだんに使われ、ウールに変化が見られない後発タイプを「コチニール供廚閥菠していました。

オランダがジャワで飼育しようとしたコチニールは、メキシコ産に比べて発色も劣っていたようなので
産地によって、おなじコチニールでも染め上がりに違いが出るのは自然なことだと思われます。

ただし染料だけが染め上がりの色を決定するかといえばそうでもなく、
媒染剤の種類や使用順序・染色工程の温度と時間の管理・水が含むミネラル分(特に鉄分)など、
さまざまな要素が染め上がりに影響を与えるようです。

酸性かアルカリ性か、という点も大きいらしく、
たとえば植物性繊維でも、アルカリ染料は綿には染まりにくいが麻にはよく染まる、とか、
羊毛は同じ動物性繊維の絹よりもさらに酸に強いが、アルカリには弱い、などといわれており、
染色後のウールが劣化する理由には、染料ではなく染色工程にあるケースもあるのではないでしょうか。

『完璧な赤』には、コチニールの媒染剤にをつかった染色工房が染め上げた布は
おなじコチニールを使いながら、ずば抜けた美しさだったというくだりもあります。

一般的に、媒染剤としてミョウバン(アルミ系媒染剤)を使うと明るい色に、鉄を使うと暗い色になるようです。
京都造形芸術大学編『染を学ぶ』(角川書店)によれば、よくつかわれる金属塩の媒染剤として、
・アルミ系媒染剤の酢酸アルミ
・銅系媒染剤の酢酸銅
・鉄系媒染剤の木酢酸鉄
などがあり、アルミ−銅−鉄の順序で暗変の度合いが強くなるとのこと。



これはその本の中で石塚広氏が「着尺を染める」として絹をコチニールで染めた実験の結果です。
上から、アルミ−銅−鉄の媒染剤をつかって染め重ねていった色の違いです。
絹とウールでは性質の違いもあるでしょうが、動物性繊維という点では共通しています。
キリムや絨毯で「これはコチニールの色」と呼ぶのは一番上に近い色です。
銅や鉄の媒染剤だけで染めた部分を見ると、「紫」系の色ですし、
複数の媒染剤で染め重ねた部分は、「濃いエンジ色」から「青紫」といった色になっています。

石塚氏はまた、同じ天然染料と媒染剤を使用しながら投入の順序を変えた実験も行っています。


染料:茜とやまもも、媒染剤:酢酸アルミ
投入の順序を変えると発色も異なりました。



染料:刈安、媒染剤:木酢酸鉄と酢酸アルミ
これなんか、同じ染料を使ったとは思えないぐらい違う色になっています。

以上のようなことからも、染色はさまざまな要素が絡まる複雑なプロセスといえそうです。
"Carpet Magic"でジョン・トンプソンはつぎのように述べています。

「ここで指摘しておきたいのだが、遊牧民は自分でウールを染めるとは言っても、
常にそうしていたと想定することはできない。それは事実として考えにくい。
インディゴの染色にはかなり高度な技術が必要で、
たいていは町や村の手工業として培われ受け継がれてきたものであり、
門外不出の技が家族のなかで世代から世代へと引き継がれてきたのである。
昔の染色技術のレベルの高さや、それに付随して地域ごとに色の特徴があるのは、
おそらく遊牧民や村人が、自分で用意したウールをプロの染色職人に託していたからだろう」

わたしは最初、部族絨毯やキリムは、遊牧民や村人が羊の飼育から糸紡ぎ、
染色、織りのすべてを自分たちでおこなうような印象を持っていましたが、
いろいろ調べていくと、必ずしもそうではないケースもあることがわかってきました。
なかでも染色は、特に専門的な技術が必要とされるようです。

* * *

コチニールという「完璧な赤」をより多くの人びとが手に入れた19世紀後半、
マラリアの特効薬キニーネをつくる実験のなかで、偶然にも化学染料が発明されていきます。

(「化学染料の巻」へつづく)

2012.08.10 Friday

トルクメン絨毯の昆虫染料 ヨムートのチュバル 


7月28日の記事に「ラックは西アジアやヨーロッパではほとんど使われなかったもよう」と書きましたが、
調べていくうちに、ラックも絨毯の染料に使われたケースがかなりあることがわかりました。
お詫びして訂正いたします。
インド原産ということから、ラックはムガール絨毯にしばしば使われ、
インドだけでなくペルシャのホラサン地方の絨毯にも使われた(19世紀)ということです。


ムガール絨毯(Turkotek Salonより引用)

この他、The Textile Museum発行の"Turkmen"巻末資料には
トルクメン絨毯にはコチニールだけでなくラックも使われたとあります。



つたない英語力でどれだけ理解できているのかわかりませんが、印象に残ったのは以下の内容です。

「コチニールとラックを見分けるのは肉眼では不可能だし、実験室でもそう容易ではない。
ただしこれら(昆虫染料)と茜系統の赤とは、肉眼でも見分けることができる。

コチニールの場合もときどき見られる現象だが、ラックが使われたウールは柔らかく、朽ちやすくなる。
それは、もともと柔らかいウールが使われているせいもあるかもしれない。
それは衣服用に使われるようなウールで、たぶん町で染めたと思われる。
ホラサンのカーペットには昆虫染料の色合いがよく見られ、使用につれて摩耗しやすいものが多くあった。
あるいは本来は丈夫なウールでも、染色過程で石灰水を使うために素材が痛むのかもしれない。

指標として、ラックが使われている絨毯は非常に古く、
柔らかいまたは浸食されたコチニールが使われている絨毯はかなり古いと思われる。
コチニールがたくさん使われている絨毯は(そのコチニールが)低価格であることを示唆しており、
それはおそらく1875年以降のことだろう。
このようにふんだんに使えてウールが浸食されないコチニールを「コチニール供廖
それ以前の、節約気味に使われウールが柔らかい・浸食されたコチニールを「コチニール機
と便宜的に呼ぶことにする。
コチニール気鮖箸辰燭里蓮▲汽蹇璽襦▲▲薀丱繊▲謄奪院▲茱燹璽箸如
コチニール兇鮖箸辰燭里蓮▲謄奪韻肇汽蝓璽(まれにエルサリ)で、特にテッケはメインカーペットに使った。
……」
興味深いのは、トルクメン絨毯では1875年ごろを境にコチニールの質に変化がみられたという記述です。
「コチニール気蓮鉢兇箸楼磴真性コチニール”もしくは“コチニールのような知られざる地元産染料”かもしれない」
というのですが、真相やいかに?
この本は1980年出版なので、あたらしい研究成果が上がっているかもしれません。

いずれにしても、『完璧な赤』(2005年)によれば、
メキシコのオアハカ産コチニールが遠路はるばるスペインに運ばれていたのが、
グァテマラやスペイン領カナリア諸島(モロッコ沖)でも飼育に成功し、生産量が一気に拡大します。
(オランダは1820年ごろからにジャワでコチニール飼育を試みるも、うまく育たず失敗)
ところが化学染料の発明・普及もあいまって、コチニール価格が暴落するのが1875年ごろ。
それにより、グァテマラでの生産量は1870年はじめ450トンだったのが1877年には226トンへ、
1884年には450Kg、1890年代にはほぼゼロに、
またカナリア諸島では1890年代にコチニール生産をやめバナナへと切り替えていくのです。

上の資料ではコチニール生産のピークは1870年ごろと思われます。
数十年のスパンで生産量を大きく伸ばしたものの、1875年前後を境に一気に衰退したようです。

* * *

まとまらない下手な説明をするよりも、トルクメン絨毯に使われている昆虫染料を見ていきましょう。



これは2月11日にご紹介したテッケのチュバルの表皮。
サロールギュルの内側のマゼンタ色や八角星などに昆虫染料が使われています。



フィールドは茜系統の赤で、ギュルの中が昆虫染料(たぶんコチニール)の赤。



エレム(裾の模様)をよく見ると、茜・コチニールのほかに微妙な紫っぽい色も使われています。



裏面の写真の方が、微妙な紫がよくわかります。
どんな染料を使ったのか不明です。トルクメン絨毯でもあまり見たことのない色です。



やはり裏側。少なくとも三種類の赤系統が使われていますね。インディゴも二種類。



こちら初公開のヨムートのチュバルの表皮。これにもわずかに昆虫染料が使われています。



このギュルはアイナ(Ayna)・ギュルと呼ばれ、テッケなどにも使われるようですが、ヨムートのチュバルによく見られます。
ギュル中央の薄いインディゴと茶色の部分に、わずかに昆虫染料が使われています。



表部分の接写写真。ヨムートによく使われる対称結び(トルコ結び)がハッキリ見えます。



裏側から見るとこんな感じ。上のテッケのチュバルに比べて昆虫染料はごくわずか。



この絨毯でめずらしいのは横糸です。
横糸はふつう生成りウールを2本撚り合わせたものが大多数なのですが、これは茶系のウールと生成りの木綿糸を撚り合わせています。



ヨムートの茶色も渋くていい感じ。



模様なしの裾部分にはこっくりした茶色のグラデーション。
テキスタイル・ミュージアムの本には、ヨムートの茶色の染料についても説明があるのですが
それはおいおい見ていくことにしましょう。

(染料について、しつこくつづきます)

2012.08.03 Friday

昆虫染料 実物の色を比較してみました

(以下の記事は写真の取り違えがあったため訂正し、若干の補足もしました)

暑中お見舞い申し上げます。

コチニールを中心としたの比較をしてみました。
サンプルに使ったのは、これまでにご紹介したキリムです。まず、キリムに番号をつけます。


1番 大きなシャルキョイのフラグメント


2番 ちいさなシャルキョイ


3番 マナストゥルとも呼ばれるシャルキョイのフラグメント


4番 レイハンルのランナー


5番 シヴァスのギョルンと呼ばれるデザイン


6番 マラティア?あたりのフラグメント


7番 ガジアンテップあたりのランナー


8番 クルドのものと思われる東アナトリアのキリム。
マゼンタの部分がコチニールにしては色が弱く、
もしかしたらアララット・ケルメスではないかと疑っているもので、個人的には今回の焦点。

ヘラルド・ボーマー氏のもうひとつの著書"Nomads in Anatolia" によると、
「東アナトリアのクルドのキリムにはよくコチニールが見られるが、
その色が薄い場合には、アララットケルメスである可能性を否定できない」
とあるのです。
ただし両者は肉眼では判別できないし、化学分析による判別も現時点では不可能とのこと。
要するに、「これって、アララットケルメスかもしれないよね〜」という想像にとどまるのですが、
色を比較したりするのもいいかな、と思い、試してみました。

* * *


8番の昆虫染料の部分。よく見るとピンクの糸の表面に白っぽい部分がみられます。


左が1番のシャルキョイ。右が8番。


左は2番のシャルキョイ。右は1番。かなり近い色です。


やはり2番と1番。写真によって若干色のニュアンスが変わります。


左は2番。右は8番。左上方にわずかに見えるのが1番。





左は3番マナストゥル。右は1番。織りは右の方がずっと細かいですね。
肉眼で見ると、3番の方がやや暖色系の赤で、1番はクールな赤
写真とパソコンのモニターを通すと、色の違いがほとんどわかりません。
「コチニール・レッド」というのは、やや青みを帯びたクールな赤だと言われています。
今回わたしは、1番をコチニールの代表色として選んでいます。


左が3番、右が8番。




左は4番レイハンル。右は1番。
この2枚はほとんど同じ色に見えますが、肉眼だとレイハンルのコチニールの方が若干濃いようです。


左が4番、右が8番。


ちなみにこれは4番レイハンルに使われている紫。
写真で見ると化学染料みたいに見えますが、肉眼では奥行きのある天然染料です。
ボーマー氏の本では、「レイハンルの紫はコチニールとインディゴでつくられる」とあります。


これはボーマー氏KOEKBOYAからの資料、19世紀かそれ以前の中央アナトリアのキリムです。
このやわらかな感じの紫は「茜を鉄の媒染剤で染めたもの」とあります。
上のレイハンルのハッキリした紫とはちがう色ですね。


5番はシヴァスあたりのものですが、レイハンルの紫にちかい色が使われています。
左が4番、右が5番のギョルン・デザインのもの。


おなじく左4番・右5番。
カラーパレットがよく似ているので、かなり近い時代に近い場所で織られたのかもしれません。




左が1番シャルキョイ、右が5番。5番の方がコチニールが濃いようです。


左が5番、右が7番。




左は6番マラティア、右は1番。マラティアの方が濃いですね。
スミマセン、6番と8番の比較写真を撮るのを忘れてしまったようです……


左は1番、右は7番のガジアンテップ。
このピンクはもしかしたら昆虫染料ではなく、植物由来かもしれません。やさしい感じのピンクです。


左が7番。右が8番。
8番は1番から6番までの色と比べると、あきらかに「薄い・弱い」色なのですが、
7番とはかなり近い色に見えますね。
ただし肉眼で見ると、わたしの印象では、両者は違う染料を使っているように思えます。
6番は糸の内部まで色が浸透しているのに対して、7番は「糸の内部まで浸透しきっていない」印象です。
アララット・ケルメスは約半分が脂肪のために染めにくい染料だと聞いています。
脂肪分が染料の浸透を妨げているのでしょうか。

素人の領域を出ないのですが、8番のクルド族の昆虫染料っぽいピンクは、
やはりアララット・ケルメスのような気がする(あくまでも主観ですが)というのが今回の結論でした。

(さらにつづく)

2012.07.28 Saturday

昆虫染料 ケルメスとコチニール


前回のキリムのマゼンタ色が昆虫染料ではないかという内容をつづけます。
染料についても、私はまだまだ勉強不足なので記事を書くのは気が引けますが、
書くことは学ぶチャンスでもあるので、昆虫染料について考えていきたいと思います。
まちがっている点などお気づきの方は、ぜひお教えください。よろしくお願いします。



今回の資料は、以前にも少しご紹介したハロルド・ボーマー氏の『キョクボヤ』、
そして入手したばかりの本、エイミー・B・グリーンフィールド『完璧な赤』(佐藤桂訳2006早川書房)。



コチニールがヨーロッパや西アジアに流入する以前の昆虫染料の分布図です。

青はラック。インドや東南アジア原産で、樹木の枝に粘着質の樹脂状物質を分泌するラック・カイガラムシ
という虫が原料ですが、西アジアやヨーロッパの毛織物にはほとんど使われなかったもよう。

赤は地中海ケルメス。地中海沿岸からイランのザクロス山脈までの地域に分布するカーミン・カイガラムシが原料。
オークの枝や葉に寄生する虫を採取し、酢と蒸気で殺して乾燥させ潰して染料にします。


地中海ケルメスで染めたウール。



上の写真は地中海ケルメスがオークに寄生しているところ、
下の写真はシルク。左が地中海ケルメスで染めた絹、右はアララット・ケルメスで染めた絹。
分布図ではオレンジ色がアララット・ケルメスの採れるところです。
アルメニア・アゼルバイジャン・グルジアなどの地域のアルメニア・カイガラムシを使います。
ある種の草の根と茎に寄生し、普段は地中に隠れているが秋に這い出してきたところを捕獲します。
脂質が多いため染色が難しいが、アッシリアやペルシャで「最高の赤」として珍重されたとのこと。

アララット・ケルメスで染めたウール。

緑はポーランド・ケルメス。「聖ヨハネの血」とも呼ばれた。東ヨーロッパからロシアにかけ分布する
ポーランド・カーミン・カイガラムシが原料。クレランサス(ナデシコ科)の根に付きます。
地中に潜んだまま出てこず、ひと株に40匹ほどしか付かないので採取が大変だったそう。

ポーランド・ケルメスで染めた絨毯としては、下の写真の右段上のパジリク絨毯(BC5世紀)があります。



中段は皇帝の戴冠式に使われたローブで、地中海ケルメスを使ったもの。
下段左側は15世紀のシルクのカフタン。ポーランド・ケルメス使用。
下段右側はシリアで発見された2世紀ごろの布。アララット・ケルメス使用。

そうして、上段左のアナトリアキリムの赤がコチニールであります。
いわばこのキリム以外は、皇帝や貴族などのために特別につくられたものです。
おそらく、三種のケルメスはいずれも採取が大変で、これらの昆虫染料を使えたのは特別な階層の人たちだったと思います。

もし一般の村人が使えたとすれば、たまたま地元でケルメスが採れ入手できていた場合。
それ以外の西アジアの村人や遊牧民が使うためには、ある程度の流通量があり、値段もなんとか手に届く範囲のものだったはずです。
そうなると、使われたケースが多かったのはやはりコチニールではないでしょうか。


これがコチニールです。下の写真はウチワサボテンに寄生している様子。

コチニールは中央アメリカ原産のコチニール・カイガラムシが原料です。
ペルーではコチニールで染めた2000年ほど前の布が発見されており、中央アメリカでは古くから使われていた染料とのこと。
ヨーロッパや西アジアにもたらされたのは、16世紀にスペイン人がアステカ帝国を滅ぼしメキシコを植民地化して以来です。
1523年コチニールがはじめてスペインに届けられます。
1543年ヴェネチアの絹織物ギルドがコチニールをつかって染色実験をしたところ、
当時、最高のケルメスを使った染料と同じように美しい赤が得られました。
深紅・臙脂・桃色・バラ色とあらゆる色を出すことができ、定着にも優れています。

しかも、
.▲薀薀奪函Ε吋襯瓮垢茲蟷藜舛少なく染めやすい
3〜4ヶ月で成熟し年2〜3回収穫できるコチニールは、ケルメスに比べて生産効率が高い
F韻現鼎気妊檗璽薀鵐疋吋襯瓮垢10倍、アララットケルメスの30倍染めることができる
(当時の価格はほぼ同じ)
という理由から、コチニールがケルメスを圧倒していきました。


コチニールは媒染剤にミョウバンを使うと深紅に、鉄を使うと紫に染まるそうです。

16世紀から18世紀の状況はよくわからないのですが、価格は決して安くはなかったと想像しますが、やがてそれが大きく変わります。
コチニールの価格は1858年から62年にかけフランスでは二分の一、イギリスでは三分の一に暴落。
生産量も一気に拡大し、カナリア諸島のコチニール生産量は1855年から70年にかけ6倍の2500トンに。
いわば生産量が増えると同時に価格が下落していくのです。
1870年ごろがコチニールが使用されたピークとされています。

西アジアの村人や遊牧民がコチニールを使ったのは、コチニールの流通量が増え、
値段もなんとか手に届く範囲になったという状況も大きく影響しているのではないでしょうか。


トルクメン絨毯の一部に使われたコチニール。紫がかった赤がコチニール。茜の赤もきれいです。

* * *

キリムや絨毯に使われているコチニールは本当に美しい色ですね。
しかしコチニールが全盛期を迎えるころ、それと期を一にして化学染料が発明され、すさまじい勢いで普及していくのです。
(つづく)

2011.12.18 Sunday

褪色について


あれから絨毯本の染料に関する記述を拾い読みしているのですが、
いやー、奥が深いというか、難しいですね。

前回とりあげた本"Oriental Carpet"によると、
天然染料か化学染料か証明するには色層分析試験を行うしかないが、
実際にそんな試験が行われることはまれであり、
たいていは数多くの絨毯を見てきた「訓練された目」によって判断される、といいます。

そのうえで、この本の記述から大切だと思った部分を取り上げたいと思います。
なお、ここで「化学染料」とされているのは
現在「オールド」(場合によってはアンティーク)として流通しているものの特徴です。

<オレンジ・紫・緑について>

天然染料のオレンジは、「ヘナ」など単体で染める場合もあるが、多くは赤と黄を混ぜて染められる。
その場合よく見ると染めが斑になっており、「赤っぽい傾向が強い」。
化学染料のオレンジは、鮮やかでメタリックな感じが強く、褪色しにくい
紫・モーブ・マゼンタの化学染料は褪色しやすい。

天然染料のはインディゴと黄を重ね染めしてつくられ、色彩のトーンに富んだ斑に染まる。
化学染料は鮮やかでキツイ感じがするが、すぐに褪色してくすんだ色になる。
だが青と黄の斑が見られる場合でも、化学染料の重ね染めの場合もある

<青について>

インディゴは天然染料と化学染料の違いを指摘するのが非常に難しい
化学染料の青で、最初はキツイ感じなのに日光で灰色に変色するものがある。

<赤について>

化学染料の赤は、洗うと色流れしてしまうという大きな問題がある。
ごく最近でもトルコではこのような化学染料の赤が使われているし、
1960年代の、すばらしい織りのイスファハン絨毯にも色落ちするものがあった。
アフガニスタンで使われる化学染料の赤は日光によって茶色に変色する。

化学染料の赤は、茜やコチニールに比べ、ローズっぽい、あるいはピンクっぽい褪色になる。
20世紀のコーカサス・トルコ・ペルシャ絨毯に使われている鮮やかなピンクはたいてい化学染料で、
天然染料のピンクは、深みがあり、赤に近く、強さを保っている

* * *

赤字で表示した部分は、意外に思ったところです。
「ローズっぽい」とか「強さを保ったピンク」とかの叙述は、そう云われても良くわかりませんが
数え切れないほどの数とさまざまな年代の絨毯を見て、「なるほど〜」と思える内容なのでしょう。

ただ「赤が茶色に変色するアフガンの化学染料」という箇所だけは、思いあたる節があります。

以前にご紹介したトルクメンのエルサリの絨毯は、ほとんど天然染料だと思われますが
一色だけ、日光で褪色した染料が使われています。



いちばん薄い色の糸は、裏を見るとオレンジっぽい赤なのです。
表面はベージュに見えますが、日光に当たらないパイルの根元の部分はオレンジが残っています。
この現象はいわゆる"tip fading"(先端の褪色)と呼ばれ、
化学染料が使われている証とされています。



写真が良くありませんが、根元がオレンジっぽいのが見えるでしょうか?
(わたしのカメラは接写ができないので、写真で納得してもらえませんね)

絨毯やキリムで茜とインディゴは基本色です。
「アフガンなら化学染料の普及は遅かっただろう」と単純に思い込んでいた私でしたが、
それなりに絨毯・キリムを見てきて、「あれっ、この赤は茜じゃないかも?!」と思うこともあります。

インディゴは前述のとおり天然染料と化学染料の見分けがつきにくいようですし、
天然染料の茜かどうか、判断に悩むものにもぶつかります。

いまだに分からないのがトルコのマラティヤ・シナンルによく見られる赤の褪色です。



シナンルのヤストゥックの表皮ですが、かなり色褪せしています。
とくに茜色と黒が褪色し、レモンっぽい黄色とアプリコット色はほとんど変化していません。

天然染料も強い日光に長い間晒されれば色褪せします。
けれど裏面の色があまりに強く残っているのです。



ほら、裏面の赤の強さを見てください! ホントに天然染料でしょうか?
化学染料ではないかと疑っているのですが、
結論が出せないのは、この赤も黒も、かなりの染めムラがあるのです。



表と裏を重ねてみました。
化学染料で染めた場合、全体にわたる染めムラが発生するものかどうか、
ご存知のかたがいらっしゃったらぜひ教えてください。

さて次は、たぶんすべて天然染料と思われるヘイベの表皮。
アフガニスタンのバルーチ系のものでしょう。



かなり褪色していますが、愛着のあるピースです。
経糸に山羊毛と羊毛、いろんな色がミックスされているのも味があります。



こちらは裏面。
濃淡二色のオレンジが使われていますが、
濃い方のオレンジは確かに「赤っぽい傾向が強い」ようです。



色ムラが出ている紫色、その上下は抹茶色のような緑です。
じつに味があります。
白熱灯の下で眺めるとウールが輝いて、それはそれは美しいのです。




天然染料がここまで褪色するくらい使いこまれたヘイベ。
使った人にとって、とても大切だったに違いありません。

これほど褪色したものを美しいと感じる人が、何人いるのかわかりませんが
少なくともわたしは「この毛織物は美しい!」と思います。

すっかり紅葉も終わった公園を今朝もゆっくりと散歩しました。
鮮やかな色を失って枯葉色になった落ち葉が地面で静かに重なり合い、
霜が表面を覆っていました。
そこに昇ったばかりの陽の光が当たって、小さな光が無数に煌めいていました。
冬枯れの色彩を美しいと思うようになったのは、それだけ年をとったからでしょうか。
色褪せた天然色が美しいと思う気持ちと、どこかでつながっているのかもしれません。

* * *

すみません、話が脱線してしまいました。

染料の問題はじつに手ごわいのですが、

・色彩に奥行きがあり、心地のよい調和が取れているか
・50年、100年経ったときに、なおかつその毛織物が美しいか

この二つは、やっぱり大切だと思います。

2011.12.10 Saturday

化学染料について


化学染料の話が出たので、それについて考えてみたいと思います。
まずは「化学染料が使われているけれど」愛着があるものをご紹介しましょう。



トルコのヤストゥック(クッションカバー)です。



裏側はラクダの毛をうまく使ったおもしろいデザイン。
どこか現代アートっぽい感じもします。
表面のウールもそうですが、このラクダの毛はとてもいい艶があって気に入っています。



ご覧のようにかなり褪色しています。
濃淡二色の赤は茜色で、たぶん天然染料だと思われますが
オレンジ・黄緑・紫(水色〜灰色に見える部分)が化学染料です。



裏側をひっくり返して表面と比較すると、色の変化が良く分かりますね。



もと「紫」はほとんど色素が抜けていますが、端に名残が残っています。



購入時「80年位のオールド」と聞きましたが
茜色もかなり褪色していることから、それぐらいはあっても不思議じゃないと思います。

* * *

わたし自身「100年以上前のアンティークなら天然染料が使われている」と思っていましたが
実際には化学染料の歴史はかなり古いです。

"Oriental Carperts - A Complete Guide" by M.Eiland 
から、化学染料についての説明をご紹介しましょう。

染料としての「アニリン」は1856年にW.H.パーキン(英)によって偶然発明されました。
アニリン染料の発明は繊維産業にとってビッグ・ニュースで、
すぐにイギリスとフランスの会社によって商品化され、市場を拡大していきます。

最初は「マゼンタ」「フクシン」と呼ばれる鮮やかな赤紫だけでしたが、
1863年には黄色、翌年には「ニコルソン・ブルー」と呼ばれる青色、
1869年にはアリザニンという茜の色素が化学合成されるようになりました。
1887年にはローダミンと呼ばれる鮮紅色が商品化され、(トルクメン絨毯にも使われた!)
1897年にはインディゴ色を合成することに成功しています。

アニリン染料は絨毯の産地であるペルシャ・トルコ・コーカサスにまたたく間に広がりますが
やがてその欠点が明らかになります。
水にぬれると色が流れ出し、日に当てると(短期間で)褪色してしまうのです。
また強い酸を使うので繊維がもろくなり、ウールが劣化するのです。

アニリン染料の欠点を克服したと言われるのが、
水・アルカリ・光にも強い化学染料のクロム染料です。
19世紀末にはほぼ完成していましたが、実際に使われだしたのは第二次大戦後ということで、
欧米の会社が、中国・インド・パキスタンを皮切りににクロム染料を輸出しはじめました。

クロム染料はアニリン染料の欠点を克服しましたが、
「年月の経過によって穏やかで上品な色の変化が見られるかどうかは疑わしい」とのことです。

たぶん、きわめて規格化された近代的染色技術の結果なのでしょうが、
天然染料と比較して化学染料は、
繊維のなかに均一に吸収されてしまい、濃淡がなくなる、ということです。

* * *

「100年前のアンティーク」というと大昔のような感じがしますが、
日本でいうと「明治」の終わりです。
化学染料の歴史は古いことを踏まえたうえで、絨毯やキリムと接した方がいいかもしれませんね。

(つづく)

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