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2016.09.19 Monday

敬老の日とくしゅう〜

 

私はまだ還暦を迎えていないが、最近はもうすっかり「お年寄りキブン」である。

というのも、ヘアダイを思い切って止めてしまったので白髪がすごいのだ。

電車のなかでたまに席を譲られたりして、

「いえ、まだそんな年じゃないんですが」と言おうかとも思うのだが、

ただでさえギスギスしている今日このごろ、

その人はせっかく勇気を出して親切にしてくれているのに、断ったりしたら、その人を傷つける。

「あー、どうもありがとうございます〜」ニコッと、ありがたく座らせてもらっている。

 

30代ぐらいから白髪が増えはじめて、ずっとヘナでごまかしてきたのだけれど、

「もう、やめちゃえ!」と思って、この2年ほど白髪のベリーショートにしている。

 

昔、加藤タキさんがカッコイイ銀髪なのを見て、

「マネしたいけど、白髪で通すことができるのは美人に限るのよね」ゆう★と思っていたけれど、

いやいや、実際にやってみるとブスでもいける‥‥てゆーか、だれも気にしてねーし!

「ブスだって白髪にしていいのだ! 文句あっか!」宣言である。エルモELMO

 

さて、そういうわけで「敬老の日」がグッと身近に感じられる今日このごろ、

このブログでも「敬老の日特集〜!」を組むことにして、

本日は3人の長老にご登場を願った。

 

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ジャーン!

どうです! この風雪に耐えた気高いお姿!

 

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ここでちょっとお遊びを‥‥

 

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コーカサス出身のヒゲじい。

 

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どうです? 立派なおヒゲでしょ?

 

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ヒゲじいがバナナを食べてます。ムシャムシャ‥‥

 

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ヒゲじいのチャームポイントはいろいろあるけど、まずはこのキリリとしたボーダー!

 

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「絨毯のお年寄り」でなければ、なかなかこういう力強い造形には出会えません。

 

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それでいて、フィールドにはこんな夢のある「生命の木」。

木の精霊が真夜中に星空と交信しているかのようです。

 

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タテ糸とヨコ糸が交差するように、時間と空間を旅してきました。

 

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なんてボールドな色彩!

緑のなかに黄金色。

年をとってもハートには黄金を抱いていたいな〜! 

‥‥なーんちゃってね、テヘ。 汗

 

* * *

 

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彼女はとってもラブリーハートな梅干しばあちゃん。

やっぱりコーカサス出身。

コーカサスは美人の産地と聞くけれど、どうりでね! 手

 

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彼女がどれほどラブリーか、この写真を見てもナットクでしょ!

 

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このボーダー、可愛ゆすぎる〜〜! ゆう★

 

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いくつになっても可愛いよお〜!

 

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ぷくぷくした裏側もステキ〜!

 

* * *

 

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さて、こちらはアムダリア川流域に住むエルサリ・トルクメンの長老と思われます。

毎日しっかり働いて、人のために役立ってきたことが、お姿からも拝察されます。

 

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くたくたにこなれた質感からは、独特の気高さが立ちのぼります。

 

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「ベシール絨毯」とも呼ばれる絨毯群は、深く味わいのある茜色や淡い黄色が特徴。

 

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ベシール絨毯の多くは、タテ糸にヤギ毛が使われています。頑丈です。

毎日、働いて、働いて、

パイルがすっかり磨り減ったあとに現れるノットの結び目が輝いています。

 

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人間も「いい年を取ってきたんだな」とわかる表情になりたいものです。

 

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そんなあなたをリスペクトして

「すずしく光るレモンを今日も置かう」。

 

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2016.02.28 Sunday

絨毯に咲く花々

いよいよ春かな〜と思っていたら、強い寒の戻りがあったりしました。
みなさまお元気ですか?



昨日は東京ステーションギャラリーでモランディ展を観た後、皇居方面に出て、東御苑に立ち寄りました。



梅だけでなく、リュウキュウヒザクラやツバキカンザクラなどが綺麗に咲いていました。




さて、今回は絨毯の中で一足早くお花見をしたいと思います。



バルーチ系のバールリ族のソフレのお花は、野に咲く小さな花のよう。



こちらもバルーチの清楚な白い花。



やはりバルーチですが、こちらはシャープな印象。



バルーチ系のサロール・ハニというグループ。



次に南西ペルシャの部族のものへ。
こちらはハムセ連合のもの。「ヘラティ文様」の中に小さな花々。



同じピースから、大きなお花。



やはりハムセ連合で、ボーダーにもお花が手をつないでいます。



同じピースのフィールド部分。



カシュガイ族のワギレ(織り見本)から。



ずっと昔から咲き続けている120歳くらいのお花?



南西ペルシャでも、どのグループかよくわかりません。非対称結びですが、ハムセ連合系かなあ?



これもグループ不明ですが、カシュガイ系かなあ?



ジャフ・クルドの袋にもお花。



コーカサス絨毯にもお花はよく使われます。



同じピースのボーダー。



コーカサス絨毯の中にはトルコ絨毯に近い印象のものがありますね。



絨毯の中のお花といえば、やはりトルコ絨毯。



トルコ西部のミラス絨毯にはお花がいっぱい。



この滴るような天然染料!



ボーダーにも、フィールドにも…



さて、次は中央に近いクルシェヒール。







蕾を横からスケッチ!



こちらも中央に近いムジュール。



カーネーションかな?



東トルコの絨毯にもお花が咲いていました。



番外編でキリムの中のお花。
本当はお花じゃないのかもしれませんが、色合いも春らしいので…

一日一日と、春の訪れを見つけていきたいと思います。



2014.04.19 Saturday

春の中央アジア文化祭初日

きのう(4月18日)、春の中央アジア文化祭に行ってきました!

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会場の「もくれんげ」さんの入口。「昭和の民家」らしくまったりとした雰囲気。

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玄関すぐの受付。
華やかなアトラスやウズベキスタンのじいちゃんがお出迎え。

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スカーフや簡単な織り機、各種パンフレットも販売してマス♪

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カザフ族のとってもきれいな刺繍! 
モンゴル国在住のカザフ族の作品とのことですが、展示された廣田さんによれば、
カザフスタンよりもむしろモンゴル在住のカザフ族に、このような伝統的手仕事が残っているとのこと。
婚礼後、お互いの家族が新婚家庭に家財道具を送る習慣があり、この刺繍も家族によって新婚家庭に送られた物。
心のこもったプレゼントですね♪ どんなにお金をかけた物よりもステキ!

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カザフ刺繍やCDの販売もしています。

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アトラスでつくったグッズ。テディベア、わたしも欲し〜い! 右から二番目のちいちゃい子が好み!

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ウズベキスタンと日本の交流。こんな形でも行なわれているんですね♪

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中央アジア各国のお茶やドライフルーツ&ナッツも販売しています。
「もくれんげ」さんの別室にお茶を飲めるお部屋も……

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イランの絵本などが展示されているお部屋。
さすがイラン、絵本も洗練されていてさすが美術的センスのすばらしいものがいっぱい!

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オシャレなカードやしおり、手仕事グッズもあります♪
写真に写っていないアート系のお人形さんも欲しかったですが、物欲と闘いましたです、ハイ……(^_^;)

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じゃーん! イキナリ濃い画像になりました。
トルクメンのオクバシュ(矢筒)、風格に圧倒されます。

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テントベルト。上から吊るされているのはカザフ族のもので、床に置いてあるのがトルクメンのもの。
やはり遊牧生活で使われた物は独特のオーラを放っています。

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トルクメンは豪華な装身具でも有名です。帽子も凝ったものを被ります。

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これネックレスですよ! いったい何キロあるのか……(*_*;

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コートのようなものは「チルピー」という頭からかぶる「被き」の一種です。
後ろはトライブさん出品のベシール絨毯。
1993年サザビーズ主催のジョン・トンプソン・コレクション・オークションで手に入れられた記念のピース!

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右側は手仕事クイーン出品のテッケのエンシ(テント入口ドアの役割の絨毯)、
左がわっしが出品したベシールのジュワル(チュバル)表皮です。
その下はフェルト製の物入。この角のような文様も迫力ありますね。

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ラクダちゃん、手仕事クイーンお手製の豪華な衣装で満足そう。
下に敷かれているのはヨムートのジュワル表皮。

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マスコットではなく本物のラクダの膝を飾るための「アスマリク」。
いつも身に着けているわけではなく、婚礼などお祭りのとき、雰囲気を盛り上げます。

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トルクメン関連の書籍やミニチュア織り機も……

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トークショーの後半には手仕事クイーンによるトルクメン絨毯の織りの構造のレクチャーもありました。
とにかくトルクメンは糸紡ぎや絨毯織りのテクニックが群を抜いてスバラシイ!
ただデザインを見ているだけではわからなかった「トルクメンのすごさ」、レクチャーで理解が深まりました。

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こちらはテッケのジュワル表皮です。とても緻密で正確な織りです。
「敷く絨毯」だけでなく、大型収納袋や動物飾り、テントベルト、さらには衣装・装身具まで含めた充実した展示。
肌寒い一日でしたが、ディープな絨毯好きの熱気でムンムンの(笑)一日でした〜♪

* * *

(お知らせ)
しばらく「旅」のようなものに出かけることになりました。
しばらくブログをお休みさせていただきます。
戻りましたらまたゆるゆると再開させていただきますので
みなさん、その日までごきげんよう! (^.^)/~~~

 
2014.03.20 Thursday

Why not Tribal rugs?


「お気に入りの絨毯の上に坐っていると、イヤなことを忘れて幸せな気持ちになれる」
という体験をしたことのある人は私だけじゃないと思うけれど、
モノは時としてそれ自体の用途を超えて、人の精神的“餓え”を満たしてくれることがある。

「世の中の腹立たしう、むつかしう、片時あるべきここちもせで、ただいづちもいづちも行きもしなばやと思ふに、
ただの紙のいと白う清げなるに、よき筆、白き色紙、陸奥国紙(みちのくにがみ)など得つれば、
こよなうなぐさみて、さはれ、かくてしばしも生きてありぬべかんめりとなむおぼゆる。
また高麗ばしの筵(むしろ)青うこまやかに厚きが、縁(へり)の紋いとあざやかに黒う白う見えたるを引きひろげて見れば、
なにかなほこの世はさらにさらにえ思ひ捨つまじと命さへ惜しくなむなる」
(清少納言『枕草子』261段)

世の中がひどいので、もう生きるのが嫌になるようなときでも、
良い筆やきれいな紙、高麗ばし(白地の綾に雲や菊の紋を黒く織り出した縁)の畳を手にすると
心がとてもなぐさんで、やっぱりこうして生きていてよかった、
この世はまだまだ捨てがたい、もっと生きていたい……といったほどの意味である。

この後、清少納言は中宮定子に「あなたはこんな些細なことで心がなぐさむのね」と冷やかされてしまうのだが、
清少納言は裏表のないわかりやすいキャラで親しみが湧く。

* * *

私も子ども時代は色鉛筆やカラフルな筆箱などを買ってもらうととても嬉しかった。
そのときのキーワードは「新品」である。お姉ちゃん(はいなかったが)の「お古」なんかではイケナイのだった。

ところがどうしたことか、現在の私は「新品ではイケナイ」に転向してしまったのである。
もちろん食品など衛生が問題になるものは例外だが、日用品はどちらかというと古びた物のほうが好きになったし
絨毯にかんしては、まず「新品はお古にかなわない」。
ただし「お古」といっても条件があり、自分好みの「色・糸・意匠」をクリアしていなければならない。
色は天然染料、糸は良いウールの手紡ぎ、意匠は「生きている」ことである。
(コンディションは良い方がいいに決まっているが、絶対条件ではない)

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1873年のウィーン万国博覧会はオリエント絨毯がヨーロッパに広まる大きなきっかけとなったが、
精神分析学で有名なジークムント・フロイトは、絨毯が人の精神をリラックスさせることに気づき
「患者の自我を解き放つのに絨毯にまさるものはない」と考えていた。
実際に、診察に訪れた患者を絨毯を敷いたカウチに横たわらせてカウンセリングをおこなっていたという。



絨毯以外にもアフリカをはじめとした彫刻や絵画など、彼はちょっとしたコレクターであった。
これは私見だけれど、フロイトは「手ごたえのあるモノ」が好きだったのではないだろうか。
小さい彫刻は、一定の重みがある一方で「気軽に手に持ててその質感を味わうことができる」。
「感触」というのは人間にとって、というより動物にとって、とても重要な感覚である。
小さな彫刻は手に持つと確かな存在感を感じられ、逆に、持っている自分の存在を感じることもできる。
絨毯はどうか? もちろん良質のウールなら撫でているだけで気持ちがよいし、
絨毯に包まれば、自分を守ってくれる「毛皮」みたいだ。

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このカウチの上にかけられているのはカシュカイ族の絨毯で、壁のハゲハゲ絨毯はコーカサス。



彫刻の下はトルクメンのテッケ支族の絨毯



やはりトルクメン(これもテッケ?)の「アスマリク」と呼ばれるラクダや馬を飾る絨毯

* * *

清少納言に部族絨毯を見せたかったなあ〜!
ちょっと気持ちが落ち込むことのあるみなさん!
存在感があって、しかも美しい絨毯はいかがでしょうか?
 
2013.09.21 Saturday

おススメ絨毯本 2013年9月編

 
少しずつ買い集めてきた絨毯の本は、いまや100冊を超え、
雑誌を入れると200冊くらいになると思います。
ほとんどは写真を見るだけで、「読んだ」とは言えないけれど、
ミュージアム級の絨毯やキリムを見ることができる本は、貴重な存在。

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アメリカの POWELLS.COM という本屋さんにネットで注文しました。
絨毯本は、身近なところでアマゾン、日本の古本屋、ネットオークションを探します。
本を扱っているキリム屋さんもありますね。
アメリカのRugBooks.com という絨毯専門の本屋さんからも何度か購入したことがあります。

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POWELLSさんからもこれまで二三回取り寄せたと思います。
今回はこれまで知らなかった絨毯の本がけっこうあって、5冊で$75.4、送料込みで$112.35。
本の内容は実物を見てみないと分からないのが、ネット注文の問題点。
高い割には受け取ってみてちょっとガッカリするものもあるので、ネット注文はある種の「バクチ」です。

そういえば最近、日本の本屋さんの中には売り場に「坐り読み」ができるように椅子を置いて、
「ざっと見てみて良かったら買ってください」という良心的な店が増えているのはウレシイ。
売り手と買い手にある種の成熟度がなければ、このような商売は成りたたないと思うので……

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絨毯本の中にはかなり高いものもあるのですが、今回は1000円から3000円のものばかり。
……
結果は大当たり! イヤッホー!

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なかでも、厚さ5cmのこの本は、ゴージャスな装丁で中身もすばらしく、$29。
「こ、こんな値段で……いいんすか?」。
モチロン読んでいませんが(笑)、どうもこの著者は、
絨毯文化を時の権力者との関係性でとらえようとしているようす。

内容に関しては、わたしが生きている間に1割理解できればバンザイというところですが、
豊富なカラー写真(再現度はかなりgood!)を見るだけでも、じゅうぶん楽しめます。

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ルネッサンス期の西洋絵画との関係や、文様の分析など、じつに盛りだくさん。

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いままで買った絨毯本の中でもトップクラスの内容です。

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おススメのもう一冊はコレ! ハードカバーでかなり良い写真がたくさん。
やはり驚きの$12! (なんだかテレビショッピングみたいになってきた)

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こんなにキュートなスザニとシルク・イカットも載ってます。

絨毯の本では、どれだけのレベルのピースが掲載されているか、ということと
やはり写真の解像度が高いものが、満足度は高いと思います。

あとの三冊もそれなりにいい本で、
特に"YORUK-The NOmadic Weaving Tradition of the Middle East"は
部族絨毯を詳しく知りたい人にとってはとても貴重な資料ですが、
「写真だけでも楽しめる」という点では、上の二冊は超オススメです。

書名でネット検索したところ、たくさんは出回ってなさそうですが、
あまり高くない値段で入手できるようでしたら、買って損はない、とわたしは思います。

2013.05.24 Friday

「部族絨毯」Tribal Rug について

 


映画「セデック・バレ」を観た後つらつら考えるに、今さらながら「部族絨毯ってナニ?」という疑問がわいてきました。
「遊牧民が下絵なしに織った素朴な絨毯」というのが、一般的にわかりやすい定義なのかもしれませんが、そもそも「部族」って何?――という基本的なことすら自分でもよく分かっていません。
そこで、ちょっとお勉強。平凡社『中央ユーラシアを知る事典』(2005)で調べてみました。

部族
文化人類学・社会人類学では、一定の領域に居住し、自給自足的経済を保ち、言語・宗教・世界観・価値観などの文化や形質的要素を共有し、固有の族称を持つ、無文字社会を構成する小規模な人々の集団であると理解され、その下位構成要素として〈氏族clan〉や〈胞族phratry〉が存在する。
日本の中央ユーラシア史(北アジア史、中央アジア史を含む)研究においては、多分に漢文史料の〈部〉〈部族〉〈部落〉や、イスラーム史料のカウムqawm等を、いくぶん恣意的に〈部族〉と呼びならわしてきた。
遊牧民の社会的集団
一般的に、日本の中央ユーラシア史研究において〈部族〉と称されるものは、ある程度の規模を有した遊牧民の社会的集団であり、その下位構成要素として複数の氏族を内包する(または内包すると想定される)ものと認識・理解されている。そしてこの場合、氏族とは父系的な同族集団(擬制的な場合も含む)であり、原則として同一氏族の成員の間では婚姻ができないという族外婚の制度を持ち、氏族共同の祭祀を行うものとされる。もっとも、氏族と部族、そして中心的な部族の名称で呼ばれた部族連合との区別は、遊牧民の歴史における社会的・政治的流動性のため、決して固定的なものではなかった。(中略)このように、中央ユーラシアの遊牧民の諸集団においては、共時的・通時的いずれにおいても、部族・氏族の分類が困難である。
〈民族〉形成との関わり
以上のように、〈部族〉という用語は概念の上で著しく曖昧なものである。よって、近年の研究ではその使用を避けようとする傾向も見られる。しかし、それにもかかわらず中央ユーラシア史において〈部族〉というものが重要視されるのは、これがテュルク系ムスリム遊牧民集団の〈民族〉形成と深く関わっていると考えられているためである。すなわち、カザフ、クルグス、トルクメン、カラカルパク、バシキール、ロシア革命以前の狭義のウズベクなど、近代に至るまで遊牧民・半遊牧民としての伝統を保ってきた集団は、〈部族〉意識と〈部族連合〉への歴史的記憶の下に一定のアイデンティティを共有しており、それが近代以降において、彼ら自身の能動的な民族形成に中核的な役割を果たしたのであった。これに対し、〈部族〉的な伝統を持たなかった中央アジアのムスリム定住民は、ロシア革命の後、民族・共和国境界策定に伴う受動的な(多分に人為的な)民族形成をとげることとなったのである。

では、部族絨毯の王者・トルクメンはどのように説明されているのでしょうか。
トルクメン(人)
中央アジアの主要な民族の一つで、言語はテュルク系のトルクメン語、宗教はスンナ派イスラーム、人口はトルクメニスタンに最も多く、1997年の推計で約325万、旧ソ連邦内では、ウズベキスタンとタジキスタン、北カフカース中部のスターヴロポリ地方、またトルクメニスタンに隣接するイラン東北部とアフガニスタン西北部にもマイノリティとして居住する。トルクメン人の起源は不明な点が多く、パルティアなど古代のイラン系民族に求める説や、テュルク系のオグズ(イスラーム化した後はトルクマーンと呼ばれた)に求める説もある。しかし、このトルクマーン諸部族もモンゴル帝国以後の中央ユーラシア規模の変動のなかで再編成が進み、現在のトルクメンとの直接の関係を確定することは難しい。
(中略)
 遊牧トルクメンは、テケ、アルサル、ヨムト、ギョクレンなど多数の部族に分立し、隣接するヒヴァ・ハン国やブハラ・アミール国、イランへの服従と離反を繰り返した。彼らはイラン人やロシア人奴隷の獲得でも知られた。19世紀の中頃までにはコペトダグ山麓やアム川沿岸のオアシス地域に定着して半農半牧の生活に移行し、ロシア帝国の懐柔あるいは武力によって1885年までにはそのほとんどが帝国に組み込まれた。


では、「1885年までにそのほとんどが帝国に組み込まれ」ることになった、ロシア帝国とテケとの戦「ギョクテペの戦い」の説明を見てみましょう。
ギョクテペの戦い
1880
年12月から翌年1月にかけてトルクメニスタン南部の征服をめざすロシア帝国軍と、ギョクテペ要塞に拠ってこれを迎え撃ったトルクメンのテケ部族との間で戦われた激戦。ロシア領トルキスタンとイラン、アフガニスタンとの間に広がるトルクメニスタン南部は、中央アジアの征服をはかるロシアにとって重要な目標であり、1878年の露土戦争とベルリン会議の翌79年、ロシアは現アシガバート市の西方約44kmに位置するギョクテペに遠征軍を派遣した。この第一次遠征は、この地域に自立的な勢力圏を形成していたテケ部族の反撃によって失敗に終わったが、翌年(中略)ロシア軍は、70門の火砲を用いて激戦の末に要塞を占領した。このときトルクメンの戦士を鼓舞していたテケ部族出身の著名な導師クルバン・ムラト・イシャーンはメルヴに脱出したが、婦女子を含め15000人ものトルクメン人が犠牲となった。それは以後トルクメン人の戦意を喪失させたともいわれ、85年までに南部のトルクメンはすべてロシアに帰
順した。この戦いは帝政ロシアの中央アジアにおける征服戦争の事実上の終結を意味した。

                                
                                      * * *

トルクメンのなかでもテケは他支族(氏族)との戦争をくりかえし、もっとも強力で好戦的なグループと恐れられていたけれど、帝政ロシア軍の近代兵器には勝てなかったのです。

"The Carpet Wars"by Christopher Kremmer (2002) によると、戦意を喪失したテケは中央アジア鉄道の敷設を受け入れ、皮肉にもそれによって運ばれたアニリン染料がトルクメン絨毯の質を大きく低下させることになりました。
さらに1917年ロシア革命の後、ボルシェビキはトルクメンの伝統的な生活様式を否定し、社会主義経済に組み入れていったため、多くの保守的なスンニー・ムスリムがアムダリア河を超えてアフガニスタンへと逃れていきました。
いっぽうで、ソ連成立後に設立された Argus Trading Company はトルクメン絨毯の専売権を得て、今日まで影響の残る「うさんくさい商売」をはじめたのです。

アーグスは、トライバル・ラグを売るのは難しいが、宮廷から出てきたという名声をくっつければ絨毯は容易に売れることに気がついた。上流崇拝の根っからの俗物連中に売りつけるために、良質のトライバル・ラグに「プリンセス・ブハラ」「ロイヤル・ブハラ」という名前をつけ、相当な量を販売したのである。これらの不正確でばかげた用語は見識のない、無知なディーラーによって今なお使われている。("The Carpet Wars"p.48)

なーるほど! これでわかりました! 1931年発行の"Facts about Oriental Rugs"by Charles Jacobsenという本に、トルクメン絨毯が「ロイヤル・ブハラ」「プリンセス・ブハラ」と銘打って掲載されているのです。

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(注:説明文では「prayer rug」となっていますが、実際には祈祷用絨毯ではなく、「エンシ」といってテントの入口にかけられていたドアの代わりの絨毯です)


トルクメン絨毯が商品として売られるようになったのは比較的古く、遅くても18世紀にはイランを経由してヨーロッパに渡っていたようです。「ブハラ絨毯」というネーミングがいつから使われだしたのかは、まだ勉強不足でわかっていませんが、「ロイヤル・ブハラ」「プリンセス・ブハラ」というアヤシイ名称が使われはじめたのは、どうやらロシア革命以後のことのようです。
19世紀末に欧米が大衆消費社会を迎えて、これまでとは比較にならないほど大量の絨毯が輸出されはじめた時期と、トルクメン絨毯の質が低下する時期とは、悲しいことに一致していました。

以下は、"Rugs & Carpets" by Andrew Middleton (1996) より、およそ1880年ごろを境にテッケの絨毯の質が低下しているとの説明を引用します。

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「1850年〜1875年にかけて織られたと推定されるテッケのメイン・カーペット。
この時期のテッケ・ギュルは“ふくよかな丸い形”が特徴的。」


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 「このテッケ・デザインのラグは、ここ100年あまりはテッケ以外の織り手によっても織られてきた。
このピースは20世紀初頭のものと思われるが、上の古い絨毯とくらべると色に深みがなく、魅力に欠ける。」
(注:「テッケ以外の織り手」によっても織られてきた、というのは私にも心当たりがあります。これとほぼ同じデザインの絨毯が「ヨムート」とされていたのです。テッケとヨムートでは織りの構造が違いますから、そこらへんで判断されたのでしょう)
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 「1880年以前の絨毯。このようなキリム・エンドは1880年以降に織られたテッケ絨毯には見られない。新しいピースはおしなべてパイル織りになっている。」
「悲しいことだが、多くの他部族とおなじように、テッケの絨毯は1880年前後を境に急速に質を低下させていった。アニリン染料の導入と西洋での需要増加に応えるための商業化が原因である。」
                              * * *

このように19世紀末の部族社会の崩壊は、総体として「部族絨毯」の質の低下をもたらしました。
いまもトルクメン絨毯をはじめとして「部族絨毯」と呼ばれるものは織りつづけられていますが、たとえ織り手がトルクメニスタンに住むテケ族の女性だとしても、過去のものとはやはりどこかで違っているのでしょう。

ここまで書いてきて、なんとなく悲観的な気持ちになってしまいましたが、失われた「部族の誇り」を求めて、自分はこれからも古い絨毯を追い求めていくのだろうと思います。
なぜ一枚の特売ギャべから、こんなオタクになってしまったのか自分でもよくわかりません。
それでも、古い絨毯が発する強烈なエネルギーにつき動かされて、これまで読まなかったジャンルの本を読み、これまで関心のなかった歴史や地理や口承文芸などに出会っていくだろうと思うのです。
「空飛ぶ絨毯」の話になって、「絨毯は飛ばないけど、絨毯によって心が飛んでいくんだよね」と言った人がいました。本当に、私にとって絨毯は世界への扉のような存在です。

オタッキーな記事がつづいて「つまんねー、それより絨毯見せてくれー」という方、ゴメンナサイ。
次回は実物の写真をご紹介しますので、どうぞお楽しみに!

2012.09.15 Saturday

ウール礼讃


「自分も昔は洗ってから売りに出していたんだが、自分で洗濯を楽しむコレクターが多いもんだから、
汚れた状態のままでも売りに出すことが多くなったんだ」
と前回の絨毯のディーラーは言っていました。

念のために言っておきますが、欧米でも一般の絨毯屋さんは基本的にクリーニング済みの絨毯を売っています
上の発言はあくまでもコレクター対象のトライバルラグを売る場合、こういうケースもあるということなので、どうぞ誤解されませんように……

日本の常識からすると、「商品を汚れたまま販売するなんてありえな〜い!」と思うでしょうから
このブログを見てくださっている方で、欧米からラグを購入される場合には(eBayなども含めて)
絨毯が汚れているか、コンディションはどうか等、気になる点をあらかじめ確認したほうがよいと思います。

* * *

さて、あんなドロドロの絨毯で、「洗濯液が口に入ったら病気になるかも?」と思っても
キレイになった絨毯を見ると、「やったー!洗ってよかった!」と満足します。
でも、それは材質がウールだからこそ!

前にも書きましたが、キリムなどで一部コットンが使われている部分がありますが、
コットンがいったん土などで繊維の内部まで汚れてしまったら、
残念ながらわたしのような素人では、洗ってもキレイにはなりません。
またシルクも美しい素材ですが、素人が洗濯したら風合いが台無しになります。プロにまかせましょう。

ウールには汚れをはじく力があって汚れが繊維の中まで浸透しないため、
表面の汚れを取り去ってやると、もとの美しい繊維が現れるんですね。
あー、好きだわウール。 ウール最高!


読売新聞社『絨毯とタピスリー』(1980年)より

このようにウールの構造は何層にもなっていて、
キューティクルが内側をしっかり守ってくれているんですね。(ヒトの髪の毛と同じ?!)
この本から一部ご紹介しますと……

「ウールは19種類のアミノ酸が組み合わされたケラチンという蛋白質でできている。(中略)
鱗状になっているために繊維がからみあい、糸にすると抜けにくく、しっかりした糸になる。
また、うろこは規則正しく重なりあって毛先の方向に突出していることと、
表面を覆っているエピキュティクルという薄い膜が水滴をはじくために、水分をこぼしても
水玉のようになるから、すぐ拭きとれば内部まで染みこまない。
このうろこは、空気中の湿度が高いと開いて湿気を内部に吸収し、
乾燥してくると開いて内部の水分を外に出す。
いわば自然のままに無料でエアコンディショナーの働きをしてくれる。
水けをはじき、また湿気を吸収するというのは矛盾しているではないかと、
疑いの眼差しを向ける人がいるかもしれない。それは、表面が水分をはじき、
内部の中層部が湿気を吸収するというふうに、別々の作用を持っているからである。
この働きによって、いつも適度な湿気を含んでいるので、静電気も起きにくく、
ピリピリした感じの火花も出ないし、また、汚れもつきにくい。(PP.139-140)」


これもやはり『絨毯とタピスリー』からの引用です。

・弾力性――踏み心地がよくて丈夫
・吸湿性――湿気をやわらげ静電気を防止
・保温性――暖かくつつんで電気代も節約
・吸音性――静かな部屋いい音の音楽
・難燃性――できるだけ燃えないように
・防汚性――汚れにくく汚れも落ちやすい

……なんかウール絨毯の販売員みたいになってきましたが、
この本に書かれているウール絨毯の長所は、じっさいに使ってみて本当にそうだと思います。



うちでは夏もウールの絨毯を敷いていますが、実感として気持ちよく夏が過ごせるのです。
・ウールの毛羽が取れているためもあり、肌に触れてもひんやりしている
そしてやはり肌触りがいい!キリムにしたこともありましたが肌触りは絨毯のほうがGOOD
・フローリングはけっこう上下階に音が響きますが、それが軽減される
・そして「汚れにくい」のは本当に実感です!
以前は化繊のカーペットを敷いていましたが、静電気のためか薄汚れた感じになり
洗ってもどことなくくすみが残っていましたし、肌触りも悪くなる一方でした。



このアフガニスタンのトルクメンのエルサリ支族の絨毯はデプレスが効いていないタイプです。
アフガンのトルクメン絨毯は、織りの構造からいうと、一般論として
A.デプレスのきいた絨毯→厚くて曲げにくい。ガッチリした感じ
B.デプレスのない絨毯→くにゃりとよく曲がり、厚みもAよりは薄め
の二種類があるようです。
Bの場合は、フローリングに直接敷くとすべりやすく、Aよりは弾力性がないので
このように「アンダーレイ」と呼ばれる下敷きを敷くとふんわりして、また絨毯のためにも良いようです。



先日のキリム「内覧会」でおもしろかったのは、「縦糸は麻?」と訊ねられたことでした。
ウール表面の毛羽が取れ、固く撚られているので、確かにそう思われても不思議はありません。

この絨毯は縦糸・横糸・パイルすべてウールですが、
ひとくちにウールとは言っても、それぞれ撚られ方や太さがちがいます。
縦糸は絨毯が織り上がるまで、また織りあがった後も、切れたりしてはいけません。
いわば絨毯の骨格ともいうべき存在なので、しっかりと撚られているものが多いようです。

古代中国でもっとも重要とされる書物が「経書(けいしょ)」と呼ばれたのも、
「経=たていと=もっとも重要な役目をはたすもの」という意味からだったみたい。

* * *

あと、トルコのヤフヤル絨毯を母にプレゼントしたのですが、「これシルク?」と訊かれました。



左側がそのヤフヤル絨毯。右はリッチなパイルのバルーチのバッグフェイス。

良質のウールの産地はたくさんありますが、トルコのヤフヤルもその中のひとつ。
この絨毯はパイルも長くすばらしい光沢だったので、シルクと思ったみたいです。
個人的な趣味からいえば、わたしはシルクよりもウールが好き。
弾力性があるし、“包容力”があるから。しっかりと受け止めてくれる感じかな?



前に紹介したクルドのクッションか袋の表皮。
ふわっふわっのウール……最高にスキだわー!

2012.02.22 Wednesday

号外


知り合いのfacebookからおもしろい写真を借りてきました。
究極のエコ・カーです。



「もし誰かかこの上に乗って、これをこの杖で叩きながら、絨毯に向かって、
どこなりと、たとえカーフ山のてっぺんまでも、行ってくれと頼むと、
この絨毯はまたたくまにそこに連れて行ってくれるのだ。」
(佐藤正彰訳)
『千夜一夜物語』「バイバルス王と警察隊長たちの物語」(第949夜)

* * *

そうですね、もし空飛ぶ絨毯に乗ることができたなら、
ぜいたくを言わせてもらえば、やっぱりベシールがいいな〜!

2012.01.13 Friday

絨毯の種類


「部族絨毯・村や町の家庭で織られる絨毯・都市の工房の絨毯・宮廷の絨毯」
という四種類に分けるのは、あくまでも一つの考えであって
「こう分類すべきだ」という訳ではありません。
でも絨毯を見ていくうえで、なかなか有効な分類法だと思います。

今回は、絨毯の織り機の写真をご紹介しましょう。
部族絨毯は基本的に遊牧生活をしながら織るものなので、織り機はきわめてシンプルなものです。
土地から土地へ移動する際、織り機をたたんで運ぶのですから……

部族絨毯の織り機



これはカシュガイ族の水平機です。
地機(じばた)ともいいますね。織った絨毯の上に乗りながら織り進んでいきます。
未完成の絨毯に体重がかかりますし
織っている途中で次の場所へ移動する際、織り機をいったん畳みますから
絨毯に歪みや曲がりが生じるのは仕方のないことです。

にもかかわらずカシュガイ族の織ったもので、ひどく歪んだものは見たことがありません。
それだけカシュガイ族は技術が優れているということでしょうか?



これはトルクのユリュックとよばれる遊牧民の夏営地に据えられた竪機です。
トルコの遊牧民は1960年代ごろから、水平機から竪機に変わっていったそうです。

村や町の家庭の絨毯の織り機


これもトルコの写真です。
家の中に絨毯を織る部屋があって、織り機を移動させる必要がありません。
家事や育児をしながら、自宅用のものも織れば、販売用のものも織るそうです。



ちなみにこれらが絨毯を織るときに使われる道具たち。
パイルをカットするナイフ&ハサミ、そして打込器です。
とてもシンプルですが、部族絨毯から工房の絨毯まで幅広く使われているようです。

(以上4枚の写真は朝日新聞社『絨毯・シルクロードの華』から引用させていただきました)


都市の工房の絨毯の織り機


(Jon Thompson"Carpet Magic"より)


1913年のコーカサスの工房です。
現在のイランやトルコの絨毯工房はもっと近代的なので、時代を感じさせますね。
これは第一次世界大戦より少し前の写真ということになります。
この織り機の躯体は木材のようですが、大型の絨毯を織ることができます。

* * *

これらの織り機の違いから、いくつかのことが推察されますが
なんといっても「織ることのできるサイズ」が違いますね。



これはTODTRI社が出しているコンパクトな絨毯入門書ですが、
薄い割にポイントが押さえてあって、なかなかいい本だと思います。

ちなみに表紙のラグは
左上:トルコ・シビリヒサールのキリム(推定1875年)
左下:イラン・ルリ族のケリム(推定1800年)
中央:中央アジア・ウズベク族のマフラッシュ(推定1880年)
右下:コーカサス・カラチョフのカザック絨毯(推定1890年)です。

この本の最初の方で、絨毯の「タイプとサイズ」について書かれていますのでご紹介しましょう。


メジャーが表示されてあるので、サイズの感覚がつかめますね。

写真左:カーペット
一般的に、9フィート(1フィートは30.48cm)×6フィート以上の大きさで、装飾を目的として購入される。

中央左:ラグ9フィート×6フィートより小さく、蒐集用として人気が高い

中央右:プレイヤー・ラグ(祈祷用絨毯)2フィート×4フィートから4フィート×8フィートまでの大きさで、コレクターにとても人気がある。
「セジャーデ」「ナマズリク」「ジョルナマズ」「サーフ」とも呼ばれる。

中央中段:ドンキーバッグ(ホルジン)モノを持ち運ぶための実用の織物で、最大で2フィート×5フィートの大きさ。
コレクターに人気で、カットされ小型ラグ(バッグフェイス)として売られる。

中央下:ジュワル(チュバル)長方形の袋でさまざまなサイズがある。
たいていペアで織られるが、売れ行きをよくするためカットして小型ラグとして売られる。

右:ランナー幅3〜4フィート・長さ8〜20フィートで、特定の用途を想定して市販される。

* * *

このうちドンキーバッグやジュワルは、遊牧生活のために織られる部族絨毯特有のものです。
上に書かれているように袋裏がカットされ小型ラグとして売られることが多かったので、
いまでは裏のついたオリジナルの状態のものは貴重な存在となっています。

60年代に欧米でトライバルラグがブームになったとき、袋裏の平織り部分は「価値のないもの」と見なされ、
すこしでも輸送費用を少なくするため、傷んでいなくても裏を切り取って捨てたと聞きます。
なんとももったいない話ですが、今となっては取り返しがつきません。
オリジナルな状態で残っているものをできるだけ後世に伝えていきたいですね。

2012.01.07 Saturday

「部族絨毯」「村の絨毯」「工房の絨毯」「宮廷の絨毯」


ふつつかなブログですが、今年もよろしくお願いします。

* * *

このブログで、「キリム」はともかく「部族絨毯」という言葉をあたりまえに使っていながら
その説明をまったくしてこなかったように思います。

Jon Thompson著"Carpet Magic"(1983年)において
著者は絨毯を以下の四つのタイプに分類しています。

・部族絨毯
・村や町の家庭で織られる絨毯
・都市の工房で織られる絨毯
・宮廷絨毯

この分類自体、当時としては斬新なものだったようで、
それまではほとんどが絨毯の産地によって区分されていたようです。

たしかに絨毯の産地だけでグループ化してしまうとしっくりこないことがありますね。
イランのビジャーの絨毯を例にとってご紹介しましょう。



Bijar(ビジャー)はクルド人が多く住む地域で、
これもたぶんクルド族によって織られたものだと思います。
ビジャーの絨毯はとても丈夫で「鉄の絨毯」という異名をとるほど。

このラグは、経糸とパイルがウールで、横糸にはコットンが使われています。
パイルはすり減ってノットの結び目が見えていますが、がっしりしていてまだまだ使用できそうです。
100×150cmくらいの小さめラグなのですが、ずっしりと重い! 
……糸の撚りが強く、織りが詰まっているんですね。



これはよそから借りてきた写真なのですが、やはりビジャーのもの。
華やかで寸分の狂いもなく織られており、上の四つの分類でいくと
「都市の工房で織られた絨毯」に当てはまると思います。
わたしのビジャーは、「村や町の家庭で織られた絨毯」にあてはまるでしょう。



使われているモチーフは似たものが多く、共通点もありますが
私のラグはモチーフの配置や模様のラインがすごくいいかげんです。

同じビジャーでも工房の絨毯と家庭で織られた絨毯では、印象がまったく違いますね。




絨毯に関して日本語で読める資料は限られていますが、
国立民族学博物館の先生方が執筆された
朝日新聞社発行『絨毯・シルクロードの華』(1994年)はおススメです。

この本の第二章「生活史としての絨毯」の「都市と遊牧生活」には
「都市の工房の絨毯」と「遊牧民や村民が織る絨毯」の違いが書かれています。

遊牧民や村の絨毯についてこんな記述があります。

「彼女たちは感興に応じて色を変えてみたり、ノットの数を増減させて即興的に文様に
工夫をこらしたり、逆に興がのらないと粗雑に扱ったりすることがままある。
そのため個々の装飾文様が不整形になり、
全体のバランスが崩れて統一を欠いた文様構成になったりすることが往々にして生じる。
特に、ボーダー部の角の部分の処理が稚拙で縦と横のデザインがスムーズに連結しない。
これが、遊牧民や村の絨毯を見分ける一つの目安になっている」。(p.133)



また、このラグではそれほど染めムラはないのですが、

「遊牧民や村人が織る絨毯には、いわゆる織り斑と呼んでいる歪みのあるものや
染め斑(アブラシュ)と呼ばれる色の不統一な製品が少なくない。
つまり、色の濃淡による横縞が目立つことである。
(中略)
色糸は、各家庭で必要に応じて数かせ単位で染めるために、その度毎に
煮沸する温度の微妙な違いや染料・媒染剤の量の多寡が染め上がりを左右する。
こうして織り上がった絨毯に顕著に現れる不統一な色の濃淡が「染め斑」と呼んでいるものである。
完璧で精緻を好む日本人には、こうした点を欠陥商品として捉えがちであるが、
欧米では形・色・デザインともに整然とした都会の工房製の絨毯や機械織りの絨毯に比べて、
より人間的な側面を示すものとして愛好されている」。 (pp.132-133)



そうなんですよー。
無機質の素材やけばけばしい色に囲まれて暮らしていると、
織り斑や染め斑が、むしろ人間的な味わいとして感じられるんですね。

このビジャーのラグは、
モチーフの配置がとても自由で、ラインにのびやかさを感じさせ、
パステル系の色どりは、見ていて明るい気分にさせてくれます。
パイルがほとんど無くっても、わたしにとっては大切な絨毯です。

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