ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
2016.02.14 Sunday

ケルマンで織られたカシミール・ショール


絨毯を蒐めている過程で、何枚か古い布も手に入れました。
今回はペルシャのケルマンで織られたカシミール・ショールの端切れです。

カシミールショールとは、インド西北端のカシミール地方でカシミア山羊の毛から織られたショールです。
最初はインドの王侯貴族のためのものでしたが、19世紀初めにヨーロッパに輸出されはじめ、
爆発的人気を博すようになると、ペルシアのケルマンやヤスド、イギリスやフランスなどヨーロッパでも織られるようになります。

IMG_2298.JPG

大きさは25✖️50cm程度で、額装して壁にかけています。

IMG_2306.jpg

裏側をみると、刺繍の多い部分を3枚継ぎはぎして、ひとつのフラグメントにしています。

IMG_2300.jpg

額から外した全体像はこれ。
布のことは何も知らず、集めているわけでもないのに、惹かれた理由は刺繍の「イキイキ感」でした。
わたしは絨毯やキリムでも、寸分の乱れもなく並んでいる文様が苦手で、
どちらかというと、やや不揃いな、それでいて下手なわけではない手仕事に惹かれます。

IMG_2301.jpg

のびのびして躍動感のある刺繍を見ていると、心が落ちつき、こちらの気持ちまで伸びやかになりそう。

IMG_2302.jpg

この中央の列に並んでいるのが、カシミールショールにさかんに使われた
今日「ペイズリー」とも呼ばれる「ボテ」文様で、
ペルシア語の「ボテ」は、「潅木・植物の茂み」を意味するとのこと。
「ペイズリー」の名は、当時カシミールショールをさかんに織っていたイギリスの一地方都市の名前からきています。

17世紀ごろのムガール朝のボテは、根元まで写実的に描かれた草花文様だったのが、
時代の変遷とともに、リズム感あふれる抽象的な植物の集合体に変化していったそうです。
このフラグメントは19世紀のものですが、ボテはわりとシンプルですね。

またケルマンで織られたカシミールショールは、肩掛けとしてよりも衣服の生地によく使われたようです。
このピースも、衣服の袖や襟などの部分だった可能性があります。

IMG_2303.jpg

平山郁夫シルクロード美術館編『カシミールショール ー変化するペイズリー文様ー』(山川出版社2010年)を読むと、
最初インドの王侯貴族のために織られていたものは、きわめて高い技術と気の遠くなるような手間を要していたのが、
需要の急増とともに多くのショールをつくる必要に迫られて、材料・織法など制作工程が変わっていったのがわかります。

IMG_2311.jpg
前掲書 P.29 

このように、17世紀のカシミールで使われた素材と、のちのペルシアやヨーロッパのものの素材には違いがあるようです。

わたしのフラグメントのベース部分の糸は、カシミアなのかウールなのかは不明ですが
仮にカシミアだとしたら、繊維はわりと太いほうではないでしょうか。

IMG_2313.jpg

右側は二年ほど前に買ったパシュミナストールですが、糸自体は右の方が細いです。
さて、ここでキリム好きのみなさんに注目していただきたいのが、平織り部分の糸の構造!

IMG_2310.JPG

パシュミナストールのベースの部分は「2/2綾組織」と呼ばれ、前掲書P.38にこう書かれています。

「綾組織は平組織、繻子組織とともに織物三原組織の一つで、斜文組織ともいう。
経糸あるいは緯糸の浮きが斜め方向に連続して綾線(斜文線)を作る。
この組織は、経糸と緯糸が一本おきに互いに上下に交差して組織された平織りに較べて
組織が緊密ではないので摩擦には少々弱いが、
カシミールショールの柔軟でしわがよりにくく光沢に富む特色を出している。
経糸が緯二越の上に浮き、次いで緯二越の下に沈む」

なるほど〜! 勉強になります〜! きゃvネコ

IMG_2312.jpg
前掲書P.15

キリムに詳しい方は、ソマック織やジジム織、ジリ織などの綴れ織がどれほど手間のかかるものかご存じでしょうが、
どんなに細かな織りのキリムでも、パシュミナストールの糸の細さとは比べものになりません。

それを上の写真のように、おびただしい数のトジェリ(色糸を巻く管)を操りながら、
インターロックで織り込んでいく作業は、手先の器用さ、作業の正確さ、丁寧さ、根気強さなど、
驚嘆に値する手仕事というほかありません‥‥きらきら

「彼は織物に顔を擦り付けるようにして、色糸を巻きつけた何十本もの管で経糸をすくう作業を黙々と続けていました。
傍にある小さな紙切れに織り方が書いてありますが、それはなにかの記号のようで私たちにはさっぱり解りません。
耳も目もあまり良くないらしく受け答えも要領を得ませんでしたが、
何十年もじっと座って織り続ける老人の姿に畏敬の念を抱かざるをえませんでした」(P.16)

IMG_2307.JPG

本の老人の写真のような一続きの織りは「カニカル」、
何枚かの部分を織ったものを継ぎ合わせたものを「ティリカル」、
1803年からはじまった刺繍によるものを「アームリカル」というそうです。

「二回目の旅で再びスリナガルのパシミナ・キング・ショール工場を訪れた時、ハリル・ミール老人はすでに亡くなっていました。
彼の技術を受け継ぐ人はいないのか、この時工場で作られていた布は、すべて無地の綾織りに型を押し刺繍を施したものでした。
この方が複雑な模様織りよりも手間も時間もかからず、よく売れるのでしょう。
工場はとても活気がありましたが、私は残念に思えてなりませんでした。
かつてカシミール、ラダックの地ではひたむきな人々が美しい風景と美しい樹木や花々に囲まれて、
いかに美しく精巧なものを作り上げるかを競い合ったことと思います。
現代文明が進んだ世の中で、なぜカシミールショールのような高度で美しいものが作り出されないのか、
現地を訪れてわかったような気がします。
私たち現代人がとうに失ってしまった豊かな時間と敬虔な祈りの心、
それこそがカシミールショールを生み出す原動力だったのではないでしょうか」
(P.17  平山美智子氏 平山郁夫シルクロード美術館 館長)



この本にあるムガル期のショールの写真です。
シルクのように薄く、光沢のあるしなやかさが、写真からも伝わってきます。
興味のある方は、ぜひ本を手に取ってみてくださいね。
 
2015.12.17 Thursday

「美しく、役に立ち、長持ちする」サティシュ・クマールの母のことば


良寛は乞食(こつじき)の旅によって何ものかを得たが、
無一文で、ニューデリーからモスクワ、パリ、ロンドン、ワシントンDCへと歩きとおしたのが、サティシュ・クマールだ。

IMG_1981.JPG

1936年インドに生まれ、9歳で出家してジャイナ教の修行僧となるが、
18歳のときガンジーの教えに出会って還俗、
当時の主要な核保有国を一文無しで歩きたずね、巡礼した。
1973年よりイギリスに住み、「スモール・スクール」「シューマッハー・カレッジ」を主宰している。

* * *

今回は『君あり、故に我あり ー依存の宣言ー』(講談社学術文庫 2005年)から、彼のお母さんの言葉を紹介したい。
彼女も敬虔なジャイナ教徒であり、人間のみならず動物や植物や自然界全体に対し、徹底した非暴力を旨としていた。

(途中に入れる写真は「最高のプリミティヴ度」を誇るバルーチの袋表。
ラクダ毛をベースに、染料はインディゴと茜のみ。
多くのひとは、これを「襤褸」と呼ぶだろうけれど、
ちりばめられたボテ模様のなんという伸びやかさ。)

IMG_1973.jpg

私は母のそばにいて、母が手でものを作るのを見ているのが大好きだった。
母は牛の乳を搾ったり、バターを作ったり、料理をしたり、畑まで歩いたり、
哲学的なことを考えたりする合間をぬい、三十分、一時間と時間を見つけては
色とりどりの模様を布に縫いつけるのだった。
母は、ショール、スカート、ベッドカバーなどを作った。
母はよく、古い布の切れ端を使ってパッチワークを作り、その上に鏡の破片を刺繍するのだった。
母はそういった手仕事を、彼女の人生にとって重要かつ不可欠なものと考えていた。

ある日、母は完成したばかりのショールを姉のスラジにプレゼントした。
スラジは大喜びした。

「素敵なショールね、お母さん。柔らかくて鮮やかで。
みんなが見るように、壁の目立つところに掛けておくわ。
汚すといけないから着ないようにする。
何かをこぼしたりしたら大変だし」

母は壁にショールを飾るような派手なことを喜ばなかった。
母にとって芸術や手仕事は、飾ったり見せびらかしたりするものでなく、実用のためのものだった。

「私はあなたが着るために作ったのよ。人に見せるためじゃないわ。
綺麗なものを壁に飾っておいたら、きたないものを身につけることになるわ。
だからどんどん着なさい。
美しく、役に立ち、長持ちするものを作ることを学びなさい。
そうすれば、古いものがくたびれ始めたときには、新しいものが出来上がっているわ」


IMG_1976.jpg

「美しく、役に立ち、長持ちする」という言葉は胸に残り、以来、私の心の中で鳴り響いている。
我が家の壁は剥き出しだったが、私たちが使うすべてのもの、
ポット、ベッド、道具、靴、その他の日用品は、よくできていて、美しかった。
それらは本質的に美を備えていた。


IMG_1975.JPG

「お母さんのお裁縫はとても綺麗だけど、
一つのものを作るのに半年や一年、ときにはもっと長い時間がかかるわ。
最近は同じことをあっという間にやってしまう性能の良いミシンがあるのよ。
私が探してあげようか」と姉のスラジが尋ねた。

「どうして?」と母は聞いた。

「時間が節約できるのよ、お母さん」

「時間が足りなくなるとでもいうの?
ねえお前、永遠っていう言葉を聞いたことある?
神様は時間を作るとき、たっぷりとたくさん作ったのよ。
私は、時間が足りないなんていうことはないわ。
私にとって、時間は使い果たしてしまうものじゃなくて、いつもやって来るものなのよ。
いつだって明日があり、来週があり、来月があり、来年があり、来世さえあるのよ。
なぜ急ぐのかしら」

スラジは納得しているように見えなかった。
「時間を節約し、労働を節約して、それ以外の事をもっとできた方が良くないかしら?」

「あなたは無限なものを節約して、限りあるものを費やそうとしているのよ。
ミシンは金属から作られていて、世界には限られた量の金属しかないわ。
それに、金属を得るためには掘り出さなければならない。
機械を作るためには工場が必要で、工場を作るには、もっと多くの有限な材料が必要なのよ。
掘るということは暴力だし、工場も暴力に満ちているわ!
どれだけ多くの生物が殺され、金属を掘るため地下深く潜るような仕事で
どれだけ多くの人が苦しまなければならないでしょう!
彼らの苦しみの話を聞いたことがあるわ。
なぜ自分の便利さのために、彼らを苦しめなければいけないの?」
スラジは理解したように見えた。


IMG_1974.JPG

スラジがうなずくのに勢いづいて母は続けた。
「私の体力が足りないってことはないから、いつだってエネルギーがあるわ。
それに私は仕事が楽しいのよ。
私にとって仕事は瞑想なの。
瞑想は、ただマントラを唱えたり、静かに座禅を組んだり、呼吸を数えたりすることだけじゃないのよ。
裁縫も、料理も、洗濯も、掃除も、神聖な気持ちでなされるすべてのことが瞑想なの。
あなたは、私の瞑想を取りあげようというのかしら?
針仕事で忙しいとき、私は平和な気持ちになるの。
すべてが静かで、穏やかだわ。
ミシンは大きな音を立てて私の邪魔をする。
ミシンがガタガタいっているときに瞑想するなんて想像もできないわ」


IMG_1979.jpg

「それに、ミシンが仕事を減らすというのは、単なる錯覚にすぎないかもしれない。
年に一つか二つのショールを作る代わりに、年に十ものショールを作るはめになって、
材料をもっとたくさん使うことになるかもしれない。
時間を節約したとしても、余った時間で何をするというの?
仕事の喜びは私の宝物みたいなものなのよ」


IMG_1980.jpg

これはまさに真実だった。
刺繍をしているとき、母はほんとうに幸せそうだった。
母が作るものに同じものは二つとなかった。
母は新しいパターンやデザインを作り出すことに喜びを見出していた。
もちろん母は、どんなパターンを作るか前もって考えたりはしなかった。

母は作りながら即興的にデザインしていった。
母の針仕事の最も驚くべき点は、母がそれから多大な喜びと幸せを引き出していたことだった。


IMG_1977.JPG

「ねえ、お前たち。
私はまさにショールを作るためにショールを作っているのよ。
だって、それが私の喜び、アーナンダだから」


引用ここまで(第4章「作ることの喜び」)  尾関修・尾関沢人訳

* * *

サティシュ・クマールの本に出会ったのは最近。
「祭りの片づけ」の最中だったのだけれど、
『君あり、ゆえに我あり』は、ひと言ひと言が詩のように美しい。
たぶん死ぬまで持っていたい本の一冊に入るだろう。

 
Powered by
30days Album