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2018.01.20 Saturday

ミラス絨毯の3タイプー「メダリオン・ミラス」の謎

 

人生はじめてA型インフルエンザに罹り、

「なるほどインフルエンザというのはこういうものか〜」

という経験値をひとつ増やしたぷぎーであります。クッキーモンスター

 

主に呼吸器をやられて一昨日の夜は寝るに寝られず、しんどい思いをしましたが

きのうから快方に向かい、今朝は近所の公園を歩くことができました。

病気をするたびに健康のありがたさを感じられるように、

人生の嫌なこと苦しいことは、

後でしあわせを存分に感じられるようになるためのものかも知れません。

 

* * *

 

さて、前回ご紹介したハゲハゲのミラス絨毯、

譲ってもらったアメリカのコレクターによると「"Mejedieh Milas"と呼ばれる絨毯」とのことでした。

"Mejedieh" とは何ぞや? と思ってもほとんど資料がなかったのですが、

ネットでわずかにヒットしました。

 

それによると

「トルコがアブデュルメジト一世の治世下(1839-1861)でフランスの色やデザインの影響を受けた絨毯」

とのことです。そうするとあの絨毯はやはり江戸時代末くらいのものですね。

 

他に"Mejedieh Milas絨毯"はないかな〜と探してみましたが、見つかりません。

 

そこでこれを機会に、アンティークのミラス絨毯についてちょこっと調べてみました。

 

IMG_0490.JPG

 

左はアンティーク・コレクタース・クラブ全5巻のトルコ絨毯編。

全体像を知りたいなと思ったら、まずこの本に当たります。

 

右はトルコの文化観光局発行の5冊本で、掲載数550という圧倒的ボリューム。

産地ごとにまとめてくれたら使いやすいのに、とは思いますが、いろんなタイプを知ることができます。

 

コレクターズクラブ本によると、

ミラス絨毯はトルコ絨毯の中でも(欧米人に)一番人気で、

以下の3つの基本形に分けられる、とのこと。

 

・独特の形のミヒラブを持つ「プレイヤーラグ(祈祷用絨毯)」(一番数が多い)

・Karaova 地方から産出される「アダ(「島」の意)・ミラス」(中央四角を二重に囲むデザイン)

・赤地にゴールデンイエローの「メダリオン・ミラス」(極めてレア)

 

前回の"Mejedieh Milas"に似たものはないかな〜、と探しましたが

構図的にはこれが一番近いでしょうか。

 

IMG_0489.jpg

 

中央のフィールドに二つの長方形があり、オーナメントで満たされています。

この絨毯は、タイプとしては「アダ・ミラス」になるんでしょうか。

 

困ったことに、この本には「メダリオン・ミラス」のサンプルが出ていないんです。

そこで、また別の本を当たってみました。

 

IMG_0482.JPG

 

右は以前にブログで取り上げた田村うらら著『トルコ絨毯が織りなす社会生活』。

左が今回の掘り出し本(?)"TURKISH CARPET" by J.Iten.Maritz 。

この本はアンティークまでいかないオールド絨毯が多く、

これまであまり読んだことがなかったのですが、

産地や掲載されている絨毯についての説明が詳しいのです。

 

この本に掲載されている絨毯を見ていきましょう。

 

IMG_0483.JPG

 

独特の形をしたミヒラブのプレイヤーラグ。

推定1875年で、縦糸・緯糸・パイルすべてウール。

画像では「灰色」に見える部分があり、化学染料を思わせるのですが

全体の印象から、やはり古いものだと思います。

たぶん印刷があまり良くないため、実際の色と違っているのでしょう。

インディゴ由来の水色と、オーベルジーヌの紫かもしれません。

 

IMG_0485.JPG

 

アダ・ミラス (その1)

推定1930年。 素材はすべてウール。

中央は「生命の樹」で、本来は典型的なアダ・ミラスのデザインだったということです。

 

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アダ・ミラス (その2)

推定19世紀末〜20世紀初め。

「中央のフィールドに二つの六角形を配したデザインは非常に珍しい。

この時代より後にKaraovaで盛んに織られるようになるアダ・ミラスは色数が少なくなっていく」とのことです。

 

ここで『トルコ絨毯が織りなす社会生活』から、

現在もボザラン村で織りつづけられているミラス絨毯を見てみましょう。

 

IMG_0481.jpg

 

ボザラン村の絨毯はいまなお天然染料で染められているので貴重ですが、

色数という意味では昔よりも減っているのかもしれません。

やはり「アダ・ミラス」のデザインですね。

 

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トルコ西南のエーゲ海近くに、MilasとKaraovaがあります。

 

IMG_0480.JPG

 

そしてボザラン村はここにあります。

「アダ・ミラス絨毯がKraovaで盛んに織られた」という歴史の延長線上に

近隣のボザラン村で、同じタイプの絨毯が織りつづけられているのでしょう。

 

* * *

 

さて、少々横道に反れましたが、ミラス絨毯の3つの基本形の3番目

「メダリオン・ミラス」が"TURKISH CARPETS" に載っていました!

 

IMG_0486.jpg

 

ジャーン!これです!

 

IMG_0487.JPG

 

そして驚きなのが、縦糸と緯糸がコットンなのです!ゆう★

 

トルコの村の絨毯の多くは縦糸も緯糸もウールであり、

仮にコットンが使われている場合は、最初から販売目的で織られたことが考えられます。

 

「メダリオン・ミラス」以外のミラス絨毯は縦糸も緯糸もウールですし、

絨毯のデザインも他のミラス絨毯とはかなり異質だと思いませんか?

 

「オリエンタルカーペットのコレクターがこの絨毯を見てもミラス絨毯だとは思わないだろう」

と説明文に書いてあるくらいですから、やはり「異例」なのでしょう。

 

ノット数も他のミラス絨毯より細かいし、デザイン的にはペルシャ絨毯に近いと思います。

 

ここで『トルコ絨毯が織りなす社会生活』をパラパラめくってみると、気になる記述がありました。

 

ボザラン村の近くの「カラヂャヒサル村」の絨毯は、他のミラス地域の絨毯とはデザインも色も違っているというのです。

 

IMG_0492.JPG

 

この本によれば、カラヂャヒサル村に1896年OCM(Oriental Carpet Manufacturer)の工房が建てられ、

工場が解散する1919年までのあいだ、村のほぼ全世帯の女性たちがその会社の仕事を請け負っていたとのこと。

 十九世紀末にユダヤ人たちが村に織を持ってやってきて、絨毯の工房を建てた。朝から村のたくさんの女性たちがそこへ行き、その日の織り上げた目の数に応じて賃金を得た。

 そこへ一九一〇年か一九一二年のいずれかにウシャックの絨毯工場からデザイナーとして派遣されてミラスにやってきたアテネ出身のひとりの男、つまりギリシャ人が村の工房で働くようになった。(中略)

 彼はデザイン画を熱心に描き、自分で糸を染め、描いたデザインを織って次々に新しい柄見本絨毯を生み出した。 (P.202)

18〜19世紀には、ミラスには相当数のユダヤ人やギリシア人が住み、主に商業・手工業に従事していたが、

第一次大戦敗戦後にナショナリズムが吹き荒れて、村の絨毯工房のユダヤ人たちは追放されてしまったと、、、

 

IMG_0491.jpg

 

これがカラヂャヒサル村の絨毯。

「白地に花柄」が特徴で、先に述べた赤地の「メダリオン・ミラス」とは配色が違います。

 

レアな「メダリオン・ミラス」はもしやカラヂャヒサル村で織られたのでは?

という想像は、これでは立証されないものの、なんらかのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。

 

可能性1:カラヂャヒサル村では他の配色やデザインの絨毯も織られたが、白地のものだけが生き残った。

「メダリオン・ミラス」も、じつはカラヂャヒサル村で織られた。

 

可能性2:19世紀末から20世紀にかけて、ミラス地域の他の町でもカラヂャヒサル村と同じように

ユダヤ人やギリシア人が興した工房があり、そこで「メダリオン・ミラス」が織られたが、

カラヂャヒサル村のようにその後もそのデザインが生き残るのではなく、歴史の彼方へと忘却された。

 

、、、などでしょうか?

 

* * *

 

「OCM」について以前書いた記事はこちらです。

 

IMG_0470.jpg

 

それでは、また〜!

 

2018.01.07 Sunday

♪ハゲハゲ♪ ミラス絨毯

 

2018年になりました。

 

去年は絨毯展でなんとなく記事が書けましたが、

この3年以上絨毯・キリムをゲットしていないので、あらたにご紹介するものがナイ!kyu

でも、なんとか新年をスタートさせなきゃ〜、ということで、

このブログにふさわしく、ハゲハゲ絨毯きらきらでスタートいたします!

 

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うわあ〜〜〜〜〜(絶句)アセアセ

 

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トルコ西部のミラス絨毯。19世紀中頃でしょうか。

 

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このオーベルジーヌの紫の濃さ! もう今の染色技術では出せない色だと思います。

 

 

「こんなハゲハゲ絨毯どこがいいの?」とお思いでしょうが

いちばんの魅力は染色の見事さです。

 

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下の部分を見ると、3段ほどパイルの向きが逆になっています。

補修した人が作業しやすいように反対側からパイルを結んだのでしょう。

 

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白のボーダー部分のパイルの向きが逆。

オリジナルのウールの経糸が途中で切れていたかどうかして、

コットンの経糸で補修しています。

 

でも補修に使われた糸のウールや染めはオリジナルに近い良質なもの。

 

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キリムエンドを見ると

左右はオフホワイトのコットンで、真ん中は茜色。

何回も補修を繰り返していることがわかります。

 

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非対称結び(トルコ結び)は、パイルが短くなるとこんな感じ。

 

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すべての色に透明感があって美しいけれど、

個人的にはこの「黄緑」が一番好きかな〜moe

 

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ゆったりしたモチーフの配置もいいですね〜

見ていると肩の力が抜けてホッとします。

 

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パイルが取れて、経糸と緯糸だけになった部分も愛おしい。

アンティークのトルコ絨毯は、緯糸が赤いピースが多いようです。

 

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オリジナルの経糸が残っている部分。

経糸は染めていないウール。

天然の脂分ラノリンを多く含んだつややかな羊毛です。

 

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少しでもダメージをカバーするためか、

裏側が全面リネンの布で覆われています。

 

テーブルクロスのような布なので、プロの補修職人ではなく

コレクターが自力でおこなった作業なのかもしれません。

こういったことをあれこれ想像するのも、古いモノ好きの楽しみ。

 

* * *

 

2018年がみなさまにとって良い年となりますように。ニコッ

 

 

2017.05.13 Saturday

『女の一生』




この地母神モチーフのアナトリアン・キリムは強烈だ。

爆発する生命力。



火花を散らしている女。



伊藤比呂美『女の一生』読了。
草間彌生がビジュアルの女王ならば、伊藤比呂美はバーバルの女王だ。



立派なヒゲが生えている。
2017.05.12 Friday

オブジェ on kilim

きょうも初夏のような陽気



金森正起さんの金属オブジェ


みずのみささんのグラス



宇宙をイメージしたガラスのオブジェ


ものをつくれる手ってすごい。
2016.11.09 Wednesday

トルコ東部クルド族の寝具

日本で流通しているトルコ絨毯は、工房の絨毯がほとんどで、たまに村の絨毯も見かけるけれど、これは遊牧生活を彷彿させるワイルドな絨毯だ。



かなり個性が強いので、好き嫌いが分かれると思う。



日本でも市民権を得たギャッベは、もともとは南西ペルシャ遊牧民の寝具だった。
それを商品化する過程で、ギャッベはタテヨコに折り畳むことのできない、基礎が硬い織りに変化したが、本来の遊牧民の寝具はこのように折り畳むことができる。

ご覧のようにパイルが長い。



最初パイルを眺めたとき「なんか他の絨毯と違うな」と思ったのだが、よく見るとパイル糸が双糸なのだ。二本の糸を縒ってある。
普通絨毯のパイル糸は縒っていない単糸なので、これを見つけたときは嬉しかった。



わかりにくい写真ですが、見えますでしょうか?



茶色の糸が摩耗しているので、ある程度古いものだと思うが、一部化学染料が使われている。



これは紫の化学染料で、表面は退色して白っぽくなっているが、根元に紫が残っている。



裏を見ると、紫がよくわかる。
ヨコ糸にはこげ茶色の糸。これは折り畳みやすいように、ヨコ糸が4本から8本とたくさん通してある。



フリンジがでているキリムエンドの赤い糸もケミカルっぽい。化学染料だとフリンジに色移りしやすいようだ。



それでもこの絨毯が好きなのは「爆発する生命力」!
いかにも逞しいクルド族の手によるものである。

このボーダーの自由な線も大好きだ〜〜!



この絨毯から生命力をお裾分けしてもらって、きょうもがんばろう〜〜!

2016.10.21 Friday

手より糸の愉しみ


日本では「絨毯の織りは細ければ細かいほど良い」と考える人が多いように、 キリムも、いわゆるシャルキョイやレイハンルのように、「糸は細い方が好き」という人が多いみたいです。



ただ糸の細さ以外にも、ウールに艶があるかどうか、そして糸に味があるかどうかもポイントですよね。



手より糸ならではの現象として、一枚のキリムでも糸が太くなったり細くなったりしているのも、好きだなあ。



コンヤの古いキリム。キリムのヨコ糸は単糸が基本ですが、タテ糸の残りを使ったのか、二本の糸を縒った糸も使われています。



二枚のキリムを並べてみました。
それぞれに魅力を感じます。
2016.09.06 Tuesday

こんなものでも



こんな小さなフラグメントでも、眺めていると楽しい。



シャルキョイというかバルカンのキリム。



糸の太さや染めが微妙に変化しているところが愛しい。



アメ釉の小皿を合わせてみました。



ささやかな朝のお遊び。
2016.08.01 Monday

暑中お見舞い

いよいよ夏本番ですね。
暑中お見舞い申し上げます。



かなりなコンディションのフラグメントですが、私にとっては「余人をもって代え難し」。



滴るような天然色は、いまでは再現することが難しいし、



このような自信にあふれた織りも、なかなか再現できないんですね。



やっぱり古いキリムが好きです。

2015.04.18 Saturday

Bergama district rug (Balikesir)


4月に入ってブログを更新しないまま、はや18日、テヘ。kyu

今回は、トルコ西部に位置するベルガマの絨毯です。

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大体の大きさ:縦156cm 横146cm

タテ糸:染めていないアイボリーのウール(2本撚り)
ヨコ糸:茶色のウール(原毛の色ではなく染めている)
パイル糸:インディゴ(濃淡)・レンガ色・アイボリー・こげ茶・モスグリーン・若草色・薄枇杷色

対称結び・デプレスなし
ノット数は10cm四方に大体29目✖️19目
それぞれのパイルの間に通される横糸は2〜12本

織られた時期:推定19世紀後半

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織りはじめと織りおわりの平織り部分

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この写真では強めに出ているが、実際は落ち着いたレンガ色とインディゴがベース。

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ベルガマ地方の毛織物のカラーパレットは、たいてい茜とインディゴが基本になっている。

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キリムエンドの部分に入ったジジム織りは、表から見ると糸がかすれたようになっているが...

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絨毯の裏からジジムが施されている。
トルコの他の地域でも時折このような技法が見られる。

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屋外で撮った写真

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絨毯裏側。
パイルの間からわずかに覗いているのが茶色のヨコ糸。
この写真では、ヨコ糸は一列あたり2本もしくは4本入れられている。

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この写真の中央より若干上の方には、ヨコ糸が6本以上入れられている部分がある。
遊牧民や村の絨毯では、ヨコ糸の数は臨機応変に変えられることが多い。

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10cm四方に大体29✖️19目なので、織りは全然細くない。
しかしこの絨毯はとても立派な絨毯だとわたしは思う。
絨毯の価値はノット数では計れない。

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タテ糸はフラットに張られる、デプレスなしの織り方。
結び目を見ると、タテよりヨコが広くなっている。
だから29✖️29もしくは19✖️19ではなく、29✖️19になっているのだ。

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織りの技法で特筆すべきなのはセルベッジの処理である。

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パイル織の部分が両端まで広がらずに途中で終わり、平織りになっている。


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しかもインディゴと茶色が波模様に織られ、いい味を出している。

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この絨毯に似たデザインは、M. Eiland 親子による"Oriental Carpet  A Complete Guide"にでている。

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解説によれば、ベルガマでもバルケシル地方に住むカラケチリ部族のものではないか、ということ。
上の絨毯のセルベッジはよくあるパターンのように見えるが、オリジナルは欠損したのかもしれない。
セルベッジは、先に痛みやすい部分なので。

P4183203.JPG

デザインはまったく違うが、似たようなセルベッジのトルコ絨毯。
これは、James Opieの"TRIBAL RUGS" からの引用。
部族的なつながりがあるかどうかはわからない。

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絨毯からあふれる力強いパワー!
トルコ絨毯というと、色鮮やかでかわいいものをまず思いうかべるけれど、こんな絨毯もあるんですよ。手
 
2014.12.20 Saturday

旅するキリム

早いもので今年もあとわずかですね。
いろんなことがありました。

絨毯やキリムのブログをつづけていると、
ただ「色がきれいね〜」とか「ウールがすべすべ〜」とか能天気なことを書いている分にはいいのですが、
うつくしい染織を生みだした土地があゆんできた歴史に思いおよぶと、
どうしようもなく重い気もちになることがあります。

レイハンルの記事を書いているときも、
うちつづくシリア内戦のために故郷を離れ難民となった人びとのこと、
古代都市アレッポの歴史的建造物があちこちで無残に破壊されたこと、
レイハンルの町自体も昨年爆弾テロで被害をこうむったことなどが頭に浮かびました。

シリア周辺だけでなく、美しい絨毯やキリムが生み出された土地には、それぞれの苦難の歴史があります。

* * *

先日、東京ミッドタウン内にある「21-21Design Sight」企画展「活動のデザイン」に立ち寄りました。
そこで見たマスード・ハッサーニの作品。



企画展のコンセプトは「活動のデザイン」ということですが、
この作品がどういう「活動」を担っているかというと、
「マイン・カフォン(地雷を爆発させろ)」という名の通り、地雷を撤去すること。



ボールが風の力で転がって、地雷を爆発させる仕組みです。
この作品は「デザインの意義を人道的な解決策に応用する活動」とのことですが、
これ以外にも自由でゆたかな発想から、「わたしたちのいま」を見つめなおす作品が数多くありました。
来年の2月1日まで開催していますので、興味のあるかたはぜひどうぞ。

* * *

さて、AU BON MARCHE を知らなかった私の手もとにあった中央アナトリアのキリム。



全体像はこんな感じです。
フィールド部分のモチーフは「カーネーション」を図案化したものだとの説明を受けました。

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……とは言っても、これが「あっ、カーネーションね!」とすぐにわかる人は少ないのでは?

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夕日に当たっているときに撮ったので、独特の雰囲気が出ています。
(ちなみに下の茶色い絨毯はアフガニスタンのトルクメンの支族エルサリのもの)

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ボーダーのモチーフはアナトリア・キリムによく見られるタイプですが、
このキリムは飄々としているというか、とっても大らか。

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コンヤ周辺のものだと思いますが、
個人的にいまいちばん好きなのが、アナトリア中央部の古いキリム。

華やかさを競うわけでもなく、
目立たないけど、ゆったりと構えて、にこにこ微笑んでいるような。

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二枚はぎになっていますが、モチーフの大きさが全然違うし、左右もみごとに合っていません。あ
でも、この大らかさがいいんですよ、このキリムは!

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前回「120年位ありそう」と書きましたが、150年くらい経っているかも知れません。
年代判定の根拠として、使われている染料などが基準になるようですが、
個人的には「モチーフが醸し出す雰囲気」が気になります。
素人っぽいアバウトな基準だけれど、「古いものは空間がゆったりしている」。

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見ていて心がなごみます。

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指人形みたいなモチーフ♪

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古いキリムなのに、なんとなくモダンな感じも……

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接写画像だと、手撚り糸の味わい深さがよくわかります。
一本のウールが太くなったり細くなったり……

シャルキョイやレイハンルのように、細〜い糸を均一に撚る技術もすばらしいですが、
このような糸の不均一な太さも、手仕事のあたたかみを感じさせます。

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写真下部の藤色は古いキリムによく見られる色ですが、
その上のアイボリーと茜の上の、薄〜い「ペパーミント・グリーン」はトルコ中央部の古いキリムにも見られます。

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房も、長い年月をよく耐えてきました。

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古い割には現代アートのような印象も……

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このアナトリア中央で生まれたキリムは、やがてトルコを去ってパリに行きました。
途中でちょん切られるなどいくつかの受難を潜り抜け、アメリカのコレクターの元に行きました。
旅をつづけてきたキリムは、いま、日本に来ています。

茶色い糸の部分がかなり傷んでいますが、とても美しいキリムです。
大切にしたいと思います。

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