ARCHIVE  ENTRY  COMMENT  TRACKBACK  CATEGORY  RECOMMEND  LINK  PROFILE  OTHERS
<< November 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
2018.06.04 Monday

樂美術館のバルーチキリム

 

金曜から日曜日まで母のお供で、京都と奈良に行っていた。

 

母は楽焼の十五代・樂吉左衞門さんの大ファン。

6月1日に樂さんのギャラリートークがあるというので

「あなたもぜひ聞きなさい」と誘われた。

 

IMG_0633.JPG

 

京都市上京区油小路にある樂美術館

 

IMG_0632.JPG

 

入口はこんな感じ

 

 

開館40周年を記念した樂さんのギャラリートークは全5回で、今回は最終回。

事前予約をしていた30名から40名ぐらいがエントランスホールで待っていた。

さすが京都で、和服姿のご婦人や、ちょっと前衛的な感じの若者も混じっている。

 

開催時刻の夕方5時、Tシャツにパンツという出で立ちで樂さんがふっと姿を現した。

すごくエラい人のはずなのに、まるで近所の人が顔を出したような登場の仕方にちょっと驚く。

だが普段着とはいえ、きりっとした身のこなし、体全体から発せられるオーラのようなものを感じる。

ストイック。清明。

修行を重ねている僧侶のようだ、と思った。

 

 

今回は「能と楽茶碗」との関係性を中心にお話があった。

 

* * *

 

楽茶碗は初代長次郎が利休の好みに合わせて焼いた茶碗がはじまりだとされている。

「黒楽」「赤楽」などとよばれる独特の茶碗。

けれどそういうものがいきなり生まれたわけではなく、ものには当然ルーツがあるはずだ。

 

それはおそらく南中国の「素三彩」とよばれるやきものだったのではないか。

「交趾焼」は日本でも見られるが、あれに近い感じだったと思われる。

もともと、緑や褐色や白などの限られた色のやきものだったが

利休の意をくんだ長次郎は、装飾性をどんどん廃していった。

 

装飾性を廃していったという点では、能もおなじ。

歌舞伎や浄瑠璃では、たとえば「泣く」という動作は誇張して演じられるが、

能の「泣く」は、少しうつむいて手をそっと添える、といったわずかな動きで表現される。

猿楽から能楽へと発展する過程において、ある種の装飾性を廃していっていまの形ができあがった。

 

* * *

 

このように楽茶碗と能の類似点などのお話をされた後、展示室へと移動して

実際の作品を見ながら、樂さんが解説される。

 

今回は能に因んだ銘がつけられている茶碗の横に、それぞれ能面が展示されていた。

 

当時茶道を嗜む者はたいてい能も好きで、茶事の際に謡が飛び出すこともよくあった。

茶碗の形や雰囲気からインスピレーションを得た茶人が

能の一場面を思い出して銘をつける。

 

たとえば上の写真は、長次郎の赤楽茶碗だが「道成寺」という銘が付けられている。

その心は「釣鐘を逆さにした形のようだから」。

(能「道成寺」は白拍子が梵鐘のなかに飛びこむシーンがある)

長次郎の赤楽茶碗の横に「道成寺」の能面のコラボレーション。

 

* * *

 

それ以外にも樂吉左衛門さんご自身の作品「砕動風鬼」にまつわるエピソードなど

たいへん興味深いお話がつづき、とても贅沢な時間を過ごせた。

 

IMG_0631.JPG

 

美術館のあちこちにお花が生けてあったが、

ただ「花が飾ってあるな」ではなく、ひとつひとつの花のいのちが輝いていた。

 

* * *

 

さて、ギャラリートークに先立って展示を拝見すると、

熊谷守一美術館とおなじく(?)、樂美術館にもバルーチを発見!

 

IMG_0629.JPG

 

第三展示室にベンチがあり、その下にバルーチキリム。

これは「たばこと塩の博物館」で展示があった丸山繁さんから購入されたものだと思われる。

 

IMG_0634.jpg

 

"KILIM the complete guide" より

似たタイプのバルーチキリム。

 

IMG_0635.jpg

 

この本によると、ディーラーの間では「バルーチ・マラキ」とよばれるタイプ。

 

IMG_0630.JPG

 

樂美術館のキリムの細部

 

IMG_0636.JPG

 

『芸術新潮』2008年3月号

10年以上前の写真ですが、このかたが十五代・樂吉左衞門さん。

 

トライバルラグの中でも、樂さんが選ばれるとしたら、やはりバルーチだと思う。

ピースによってはトルクメンという選択肢もあるけれど、なんといってもバルーチ。

 

その理由は「闇」。

 

この特集号の中に「闇のなかへ 千利休」というページがある。

ギャラリートークでも「妙喜庵待庵」のお話が出た。

「待庵は茶室のなかでも暗いんですよ。茶碗なんかもやっと姿がわかるくらい」

 

IMG_0637.jpg

 

待庵のにじり口。

奥はほとんど見えない。

 

IMG_0638.jpg

 

広さ二畳の茶室内部。

 

「まるで洞穴のような床。奥の隅柱も、床の天井も土で塗り廻したような室床に、

黒楽茶碗「ムキ栗」を置く。暗闇に黒。これが利休の茶だ。」(左頁のキャプション)

 

* * *

 

黒楽を中心とした楽茶碗を展示するスペースには

アナトリアキリムも、コーカサスキリムも似合わない。

やっぱりバルーチキリムがいちばん、似合う。

 

もっとバルーチキリムの良さが日本に広まるといいなあ。

 

 

 

2018.04.01 Sunday

熊谷榧さんのバルーチ・鞍掛袋

 

IMG_0570.JPG

 

今年は絶好のお花見日和にめぐまれて、桜が存分に楽しめました。

花びらのじゅうたんもきれい。

 

IMG_0558.JPG

 

3月21日まで東京国立近代美術館で開かれていた

「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」がとても良かったので

きのうは池袋西郊の熊谷守一美術館に行ってきた。

 

IMG_0553.JPG

 

画家亡き後、自宅跡に次女・熊谷榧(カヤ)さんが私設美術館として1985年に設立し、2007年に豊島区立となる。

敷地80坪弱のこじんまりとした美術館だが、ここそこに温かさがあふれていた。

 

 

1880年(明治13年)岐阜県に生まれる。

裕福な実業家だった父は、初代岐阜市長から衆議院議員を務めたが、

守一は妾の家で育てられたりと複雑な家庭環境で、

幼い頃から人間のエゴや欲や醜いことに関しては人一倍敏感だったようだ。

 

父の仕事を通していろんなものが見えました。

生糸の仲買人は百姓をごまかして買い叩き、番頭は台秤をごまかして仲買人から安く買う。

それが番頭の忠義心であり、手腕だったわけです。そうやって人の裏をかき、人を押しのけて、

したり顔のやりとりを見ているうちに、商売のこつをのみ込んでいく代りに、

わたしはどうしたら争いのない生き方ができるだろうという考えにとりつかれていったのかもしれません。

(95歳 1975年)

(以下の引用は、『熊谷守一画文集 ひとりたのしむ』求龍堂1998年 より)

 

1900年、20歳のとき東京美術学校入学。同級生に青木繁がいる。

二年後に父が急死して家運が傾き莫大な借金が残る。

「たとえ乞食をしても絵かきになろう」と考えるが、「売るため」の作品が描けず、長く困窮がつづいた。

貧しい暮らしの中で三人の子を亡くしました。

次男の陽が四歳で死んだときは、陽がこの世に残す何もないことを思って、陽の死顔を描きはじめましたが、

描いているうちに”絵”を描いている自分に気がつき、嫌になって止めました。

「陽の死んだ日」です。早描きで、三十分ぐらいで描きました。 (93歳 1973年)

 

やがてコレクターの木村定三氏をはじめとして、作品が徐々に認められるようになっていったが、

欲のない、超俗の精神はそのままだった。

 

IMG_0571.jpg

 

美術館の塀に彫られた蟻の絵とサインの写し。

晩年は家の庭で日がな一日、小さな生きものや草花を観察して過ごしていた。

 

地面に頬杖つきながら、蟻の歩き方を幾年も見ていたんですが、

蟻は左の二番目の足から歩き出すんです。(96歳 1976年)

 

IMG_0564.jpg

 

自宅の庭にひそんでいる熊谷守一

 

いまは見えなくても、そのときおりおり、芽を出して花を咲かせ、実をつけるいろいろな草木があって、

この植えこみのぐるりの道は、ただ歩くものならものの二分とかからないでもとに戻れる範囲ですが、

草や虫や土や水がめの中のメダカや、いろいろなものを見ながら廻ると、毎日廻ったってあきません。

そのたび面白くて、ずいぶん時間がかかるんです。 (96歳 1976年)

 

近代美術館での回顧展もそうだったが、彼の作品を見ているうちにある種の解放感へと向かう。

初期の作品はアカデミックで暗い色調のものだが、やがてフォービズム的な荒いタッチへと変わり、

やがて赤い輪郭線で仕切られた清澄な作風になる。

 

なんというか、心の澱が取り払われていくような気持ちがするのだ。

 

絵は好きで、それなりに観るのだが、詳しいことはよくわからない。

最近はもっぱら、作品からあふれる「気」が好ましいかどうかだ。

 

熊谷守一の作品は見る者の心を浄化する力があるように思う。

 

自由に生きていいんだ。

アリや蝶々やカマキリのように、

そっと花を咲かせる小さな草花のように、

だって自分もおんなじ小さな生きものだから。

 

* * *

 

とまあ、そんな感じで今回も気持ち良く作品を見おわり、

カウンター付近の絵葉書やカタログなど眺めていますと、、、

 

IMG_0555.JPG

 

おおっ!

なんと熊谷守一美術館にバルーチのサドルバッグがぁ〜!

しかも完品!

裏側を見るとかなり古いもののようだ。

 

思わず受付職員の方に

「この袋、写真撮らせてもらってもよろしいでしょうか?!」

と訊いてしまった。

 

許可を得てパシャリ!

 

* * *

 

じつはこの横はソファーが並べられており、

熊谷守一の次女であり館長でもある榧さんが座っておられたのである。

 

上記を引用させていただいた求龍堂『ひとりたのしむ』の年譜も、榧さんが執筆されており、

一見淡々と書かれているようでいて、行間にじつに豊かな味わいのある文章に舌を巻いていたのであった。

また館内には、榧さんの絵、彫刻、木彫りなどの作品も展示されており、

さすがは熊谷守一の愛娘というしかなかった。

 

雑誌『婦人之友』3月号のインタビュー記事も読んでいたし、

ホントはちょっぴりお話かけしたかったのだったが、

やっぱいきなり話しかけるのも失礼かなと思って我慢していたのだ。

 

* * *

 

そのあと絵はがきを買い、

「せっかく池袋まで来たんだから、雑司が谷霊園にある永井荷風先生の墓に行くか〜」

とそそくさと美術館を後にしたのであった。

 

しかし!

「なぜバルーチのサドルバッグがあるのか、理由を聞いてくればよかった」

と思いはじめ、

「熊谷守一は晩年ほとんど外出しなかったそうだから、

誰かからプレゼントでもらったか、

それとも榧さんはヨーロッパの山スキーなどに出かけておられるから

榧さんの持ち物か、どっちかじゃないかな?」

と気になりはじめた。

 

家に帰ってからだとタイミングを逃してしまう。

そこで雑司が谷の駅を出たところで美術館に電話した。

 

「あの〜、さっき袋の写真を撮らせていただいた者なんですけど、

差し支えなければ、あの袋の来歴を教えていただけませんか?」

 

「少々お待ちください」との後、しばらく経って

「あれは次女の熊谷榧さんの持ち物です。

中東でラクダなどの背にかけて使う袋ということです」

との返事をいただいた。

 

ラクダには小さすぎるのでロバか馬とは思ったけれど

「はい! わかりました!

どうもありがとうございました!」

と電話を切った。

 

そうか〜、熊谷榧さんがあの袋を気に入られたんだ〜。

 

バルーチのシックな色合いと、しっとりしたウールの質感、丁寧な紐飾り。

 

榧さんがバルーチの毛織物を気に入ってくださったと知って、

とても嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

2017.12.04 Monday

村山和之氏レクチャー「バローチ民族の生活文化と音風景」

 

昨日は都美術館でゴッホ展を観てから、台東区谷中のエスノースギャラリーに行った。

絨毯屋トライブさんが「アフガニスタンの手仕事ーバローチ族とタイマニ族を中心にー」という展示会をされていて

この日はバローチ研究者の村山和之さんのレクチャーがあったのだ。

 

IMG_0437.jpg

 

トライブさん作成の地図と今回の案内ハガキです。

地図の紫部分がバローチのテリトリー。

 

最初にトライブの榊龍昭さんからバルーチ絨毯について説明があった。

 

・最初は部族絨毯を見ても、どこの部族のものかなかなか分からないが、

トルクメン絨毯とバルーチ絨毯はすぐに分かるようになる。

 

・トルクメン絨毯は赤が多いが、バルーチ絨毯は濃紺やエンジ、こげ茶色など暗いがとてもシックな色調が特徴的。

 

・部族絨毯の中でもバルーチ絨毯は流通している数量が多い。これはバルーチの人口が多いためなのか、

人口当たりの絨毯を織る割合が多いのか、そこらへんはまだ分かっていない。

 

・絨毯を織るテクニックに優れている。

パイル織と平織りだけでなく、刺繍のように見える浮綾織りやもじり織りなど多くの技法を使いこなす。

 

* * *

 

その後、村上和之さんがバルチスタンの映像を映しながらレクチャーをしてくださった。

 

バルチスタンの大学の遠足やバルーチ族の結婚式、石焼パンなど調理の過程、

庭園からブドウをとって食べるようすなど、現地の映像をたくさん見せていただいた。

YouTubeでもなかなか見ることのできない貴重な映像〜!

 

その後、現地で入手してきた衣服やマントなどを見せていただく。

 

IMG_0429.jpg

 

バローチの女性の衣服。

襟元や袖に細かい刺繍がしてある。

参加者は帽子やターバン、マントなどを実際に身に付けたり写真を撮ったりしながら

なかなか訪れることのできない土地のありさまを想像することができた。

 

* * *

 

会場ではバルーチの音楽CDも聞かせていただいたが「悪魔払い」的な意味の音楽らしい。

レクチャーの中でも、ヤギ料理を食べたあと出てきた骨を見て、ある種の占いをする風習があるとのことだった。

 

「わりと日常にシャーマニズム的なものが残っている」というお話は、

部族絨毯で「この文様はどんな意味があるのだろう」と思うことがよくあるので、

とても好奇心をそそられる。

 

バルーチ絨毯には「ニワトリのモチーフ」がよく出てくる。

「先生、今のバルーチ族の中でニワトリってどんな存在なんですか?」と質問してみた。

 

「ニワトリは食用のほか、

暗闇を破る鳴き声を上げる吉鳥とされ、尊ばれています」

 

「闘鶏ってやりますか?」

 

「やります。小型のチャボが多いですね。」

 

とのことだった。

 

レクチャーはとても面白く、帰りの日暮里駅に向かう道ではスーパームーンがとても美しく見えた。

 

* * *

 

部族絨毯の「文様」は非常に面白いテーマだが、異論がたくさんあってなかなか「これが正しい」と言い切れない。

このブログの記事に「文様」の話が出てこなくても、決して興味がないわけではないのだ。

ウソを広めてはいけない、と思っているだけなので、興味はあるんです、ハイ。

 

以前の記事「バルーチ絨毯のデザインについて」で、次のように書いたことがある。

 

バルーチには「ニワトリ」や「トサカ」の文様が多いのですが、
1913年発行の"Encyclopedia of Islam" には
"Baloc" (バルーチのこと)はペルシャ語で「トサカ」を意味するとの記述があります。
当時のバルーチは「トサカのような被りものをしていた」という証言もあるそうです。

 

ニワトリがバルーチの象徴的存在であることを知ったとき、正直「???」な印象だった。

私の頭のなかでニワトリは「お肉」であり「卵」であり、

姿かたちも白い羽根に赤いトサカの「白色レグホン」しか思い浮かばなかったからである。

嗚呼! 貧困なる想像力! ゆう★

 

改めてJeff W Boucher "BALUCH WOVEN TREASURES" を開いてみた。

 

 

このルコルシ(ソフレ=食卓布)の四隅に配されている鳥は、バウチャーは「オンドリ」だと説明している。

「遊牧民にとって、オンドリは闇夜を取り払い、家庭を悪魔から守る、栄光と勝利の象徴である」

 

コケコッコー!

これは非常に説得力がある説明だと思う。

 

ところが同じバウチャーコレクションでも

 

IMG_0433.jpg

 

このピースの鳥は「クジャク」と説明されており、

 

IMG_0432.jpg

 

これも「クジャク」と書かれてあるんですよ。

 

IMG_0431.jpg

 

これは JAMES OPIE "TRIBAL RUGS" のカシュガイ族のホースカバーの一部。

これは形状からして、確かにクジャクだと思いますが、

上のバルーチの二枚を「クジャク」とするなんらかの根拠があるんでしょうか。

 

確かに「クジャク」はペルシャ文化においても伝統的に「霊鳥」とされているようなので

バルーチもクジャクを尊重したって不思議はありません。

 

でも、このカルチャーラジオを聞いてからは

「ニワトリ」について、もっともっと可能性があるんじゃないか?!と思っているのです。(笑)

 

IMG_0434.jpg

 

たまにNHKのラジオ第2を聞くのですが、

今年の4月にこのテキストを本屋で見かけたときは

「世の中にはヒマな学者がいるもんだなあ」と思ってしまいました。

(申し訳ありません! 矢野晋吾さん!)

 

ところがあるとき、たまたま放送が聞こえてきたら、むっちゃ面白いではありませんか!

<ニワトリ=「肉」「卵」「白色レグホン」>方程式が、木っ端みじんに破壊されました〜ゆう★

 

まずは上のテキスト表紙、伊藤若冲の絢爛豪華なニワトリをごらんください!

なんと美しい鳥でしょう!

 

IMG_0436.jpg

 

テキストより、ニワトリの先祖と考えられている「セキショクヤケイ」。

鮮やかに輝く赤・黄・青・緑・茶・白!

 

そしてこのテキストでは、バウチャーが言うとおり

 古代ペルシャ民族のひとつ、ツェンダ族の場合、雄鶏は「夜の悪魔を追い払ふと云ふ警戒の象徴として尊重せられ」(『家畜系統史』)警戒心の強い雄鶏に対する崇拝観念は高まり、神聖なものとされ、特に死体置き場に見かけられたという。当時、火と犬と雄鶏がペルシャ人の守り神の偶像だった。

 ローマ人は「この神霊を有った鳥を『鳥占ひ』として過度に尊重した」(同)。誰も責任をとれないような重大な事件の場合には、「鶏の番人」は鶏を使って占いをしたという。(中略)

 このほかにも、アンドリュー・ロウラーは、ゾロアスター教のペルシャ人は「雄鶏は悪霊と魔術師に対峙させるために創造され、「雄鶏が鳴くと、災難の‥‥発生が防がれる」(『ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』)と考えている点を指摘している。

 

これはごく一部の引用ですが、

ニワトリはかつては世界的に「霊鳥」とされていたことが縷々語られるのです。

 

このほか「闘鶏」がその社会の文化にとって大きな位置を占めていたことなども語られます。

ニワトリは「勇敢さ」「強さ」の象徴でもあったのではないでしょうか。

 

* * *

 

今回はこのくらいにしておきますが、

振り返って、上のバウチャーの「クジャク」とされるバルーチ絨毯モチーフ、

しつこいですが、「ニワトリ」である可能性はないんでしょうか?

 

IMG_0438.jpg

 

注目はこの「ケヅメ」の形と、全体像の中での尾羽のバランスです。

2枚のピースのモチーフの足の形や全体のシルエット、

「クジャク」よりも「オンドリ」に似ていると思うんだけどなあ。あ

 

 

2016.04.28 Thursday

バルーチ SALOR KHANI のサドルカバー


先日とりあげたバルーチのつづきですが、これはなんだと思いますか?

IMG_2917.JPG

先日のホルジン(袋)の大きいタイプは、約80cm四方でしたが、これはおおよそ92✖️99cm。
大きめのbagface よりもひと回り大きいピースです。

IMG_2916.jpg

四角ではなく、オリジナルの段階から上部左右がストンと落ちた形に織られています。
こういう形状のものは、馬などに乗るときの「サドルカバー」だと言われています。

IMG_2930.jpg

BRIAN W. MacDonald 氏の "TRIBAL RUG" 掲載の、デザインがよく似たサドルカバー。
このピースはボーダーが動物づくしだし、オンドリやお花などとっても楽しい!

IMG_2931.jpg

イラン北東部のホラサン(khorassan)地方のサロール・ハニ(SALOR KHANI) という
バルーチの1グループのものだと説明されています。

フィールド中央部は、都市工房のペルシャ絨毯などにもよく使われる「ヘラティ紋様」。
IMG_2935.jpg
この細長いモチーフは「葉っぱ」「羽根」などとも言われるのですが、「魚」説も多数。

IMG_2919.JPG

わたしのピースも中央部分がヘラティ紋様になっています。

IMG_2920.jpg

写真まんなかあたりの白地の「階段状」モチーフもサロール・ハニ特有の紋様みたいです。
下には動物もいるし、上にはユニークな物体が漂っていて、不思議〜なデザイン!

IMG_2922.JPG

劣化しやすい茶色の糸だけでなく、全般的にパイルがすり減ってハゲハゲ〜。泣き
もともとパイルは短めにカットされ、デプレスなしの織り構造なので、布のようにくにゃくにゃ曲がります。

IMG_2925.JPG

パイルが比較的残っている部分を見ると、とてもシルキーで柔らかいウールが使われています。

IMG_2927.JPG

経糸が表面に現れるほどすりきれた絨毯ですが、
それでも大きなお花の陰で動物たちが愛を語りつづけています‥‥ ハートハートハート
 
2016.04.14 Thursday

バルーチのホルジン(袋)3点


前回とりあげたのは、袋の裏が取り去られたbagface(袋表)ですが、
今回は、裏が取り去られていない袋の状態のバルーチを3点ご紹介します。

IMG_2812.JPG

ひと口に「袋」と言っても、大きさはこのように様々です。
右側と真ん中のピースは大きめで、ロバ・ラバ・馬などの背にかけて使い、
左側は、人間が片方の肩に担いで使えるような大きさです。

「裏が取り去られていない袋」ではありますが、残念ながらオリジナルの形ではありません。

IMG_2804.jpg

"ORIENTAL RUGS Vol.3 The Carpet of AFGHANISTAN" by R.D.Parsons より

IMG_2805.jpg

こういうのが「ホルジン」と呼ばれる袋のオリジナルな形です。
袋がそれぞれ左右にあり、中央にソマック織りと見られるインターバル部分があります。
このインターバル部分は、上のピースのように比較的長いものもあれば、短いものもあります。

絨毯織りの部分のギュル(紋様)は、アフガニスタンに住むトルクメンの「クラン」のひとつである「スレイマン」のものです。
「スレイマン」は、「エルサリ」の1グループと言われているので、
大グループからの分類は、「トルクメン族ーエルサリ支族ースレイマン・クラン」というふうになるのでしょうか。

IMG_2806.jpg

前掲本より写真をもう一枚。
これは「バルーチのホルジン」で、
明るい色のボンボンは、アフガンバルーチに特有のものだと説明されています。

IMG_2813.JPG

さて、現物のピースの説明に戻りましょう。
表の大部分は絨毯(パイル)織り、袋をとじる部分が平織り(キリム)になっていますが、
裏側は、このようにボーダー柄の平織りになっています。

IMG_2807.JPG

左のピースは、とってもモダンでポップな印象。
バルーチにはちょっと珍しいタイプです。

バルーチの絨毯は、おもにイラン北東部のホラサン地方か、南に下ったシスタン地方かのどちらかのものが多いのですが、
このピースは明るめの色合いからすると、シスタン地方のものかな?という気がします。
ただここらへんの判断は難しいので、自信はありません。

IMG_2816.JPG

裏はこんな感じ。

IMG_2809.JPG

このピースは、ウールにとても艶があるんですよ。
パイルの状態もいいので、ナデナデするとムッチャ気持ちいい〜!
うちのマンションはワンちゃん猫ちゃん禁止なので、ペットの代わりに撫でてます。kyu

IMG_2815.JPG

このピース、コンディションは良いのですが、裏側を見るとけっこう年代があるようです。
写真ではうまく伝えられませんが、キリム織り部分の墨〜紫色は深みがあってすばらしい染色だと思います。

IMG_2810.JPG

この紋様は、"THE BALUCH" とでも言うべき、バルーチ固有のデザインです。
色合いも、イラン北東部のバルーチが使う代表的なもの。

IMG_2814.JPG

平織り部分には、ところどころ「浮綾織り」で細かい紋様が織り込まれています。

このピースは、3つのなかで一番大きいこともあり、
100年ほどの年月を経て、風格を感じさせるピースです。
 
2016.04.06 Wednesday

朝のTimuri bagface


あまりにも絨毯関係の記事をサボりつづけていることに負い目を感じているぷぎーです。
今朝起きて、椅子の背にかけていたバルーチ・タイプの袋表がイイ感じに見えたので写真を撮りました。

トルクメンやバルーチなど暗い色の絨毯は、写真に撮るのが難しく、
何度撮っても実物とはかけ離れた感じの写真になってしまうことが多いのですが、
朝の光というのは結構いいかもしれません。

IMG_2687.JPG

一般に「バルーチ」として流通する絨毯は、実際にはいろいろなグループのものが含まれています。
これは、アフガニスタン北西部からイランにかけて住む Timuri と呼ばれるグループの袋表です。


"TRIBAL RUGS" by B.W.MacDonald より

緑色の部分が Timuri の居住区域です。

IMG_2692.JPG

袋表、英語ではbagface と呼ばれるピースは、もとは裏のついた袋だったものですが、
多くは、絨毯産地から欧米に輸出される過程で、袋の裏が取り去られてしまいました。

裏側はたいてい、あまり文様のないキリムですが、
その当時の現地の認識では「大切なのは絨毯部分であり、キリムにはほとんど価値がない」と思われていて、
輸送費を浮かせるために切り離して輸出したケースが多かったと言われています。

IMG_2693.JPG

これはおそらく20世紀前半までの欧米でも、メジャーな認識だったのでしょう。
当時の欧米でもこのような小ぶりのピースは、小さなテーブルなどの掛け布として使われることが多かったようですから、
「裏側は必要がなかった」と言ってもいいかもしれません。

IMG_2707.jpgIMG_2706.jpg
"FACTS ABOUT ORIENTAL RUGS" by Charls W. Jacobsen より
この本は1931年出版ですから、写真は1920年代のニューヨーク州の家庭のものだと思われます。

IMG_2689.JPG

やがて欧米でも1960年代以降の「ヒッピーの時代」になると、
絨毯を「オリエンタル・カーペット」というより「トライバル・ラグ」として考える若者たちが増えてきます。
上の写真のようなインテリアとは、ちょっと違った視点で絨毯を見る人びとが増えてきたのです。

そうすると、部族社会で儀礼もしくは実用のために織られた「オリジナル」な形が尊重されるようになりました。
かれら固有の文化を尊重するようになった、ということでしょう。

彼らはかつて袋物の裏側が切り取られたことを大いに嘆きます。

そういうわけで「オリジナルな原型」をとどめている袋は非常に珍重されるようになりました。

IMG_2695.JPG

さて、絨毯の裏側、上はコンテンポラリーのギャッベ、下が Timuri です。
ギャッベは今日売られるために織られたもので、デプレスを強く効かせた織りですが、
Timuri は、ほとんどのトライバルラグにみられる、デプレスのない織りです。

この違いは、まだまだ日本の絨毯界に浸透していないようですが、絨毯を判別する際の基本となるものです。

* * *

たとえば、いま eBay に「いいな〜」と思うラグが出品されています。(買えませんが‥)ゆう★
コーカサスの有名な「ドラゴン・カーペット」と呼ばれるデザインで、大きな絨毯だったものの一部のようです。

ところが説明に「DOBAGのラグ」と書いてあるのです。
「DOBAG」絨毯とは、1980年代にトルコで手紡ぎ・天然染料の絨毯を復興しようと織られた絨毯のブランドですが、
織りの技法としては、トルコ結び(対称結び)、デプレスなし、のトルコの村の伝統的な技法です。

ところが eBay の絨毯は、ペルシア結び(非対称結び)、強いデプレスが効いた織りになっていて、
DOBAG 絨毯ではないことがわかります。
出品者に悪意はないのでしょうが、織りの技法についてよく知らないのかもしれません。

IMG_2699.JPG

Timuri の絨毯は、バルーチタイプの絨毯群のなかでも、織りは比較的細い方で、
この袋表は使用によってかなりパイルが短くなっていますが、
絨毯が織られた当初から、もともと短めにカットされる傾向にあるようです。

IMG_2690.JPG

インディゴ、茜、茶、こげ茶(鉄の媒染のせいで摩耗が激しい)、金に近い黄色。
S字紋様などバルーチタイプに多く見られるデザイン。

IMG_2697.JPG

あー、やっと絨毯の記事がアップできた〜(笑)
 
2015.09.29 Tuesday

ひさびさにバルーチ


秋も深まり、いよいよ絨毯の季節がやってきました。

今回はひさしぶりにバルーチ!
「トルクメン・ボーダー」と呼ばれるシャープなボーダーの絨毯を二枚ご紹介します。

IMG_1562.JPG

二枚とも19世紀末というよりは1870年代くらいはありそうな感じです。
右側の絨毯がうちに届いて日光に当てたのですが、
手に持った感じがしっかりしていたので、
ホコリを取るために布団たたきで叩いたら、パイルがパラパラ落ちてきて大失敗!
ダメじゃん! Docomo_kao18

IMG_1555.JPG

縦133cm、横95cmくらいの小ぶりのラグです。

P9293352.JPG

裏側とフリンジ。
薄茶色の糸はラクダの毛で、
一定期間使うと羊のウールは毛羽が取れてツルツルになりますが、ラクダの毛はボソっとしたまんま。

二枚とも、織目は比較的ゆったりしたタイプです。

P9293350.JPG

古いバルーチの魅力のひとつは、やはり「色」。
このラグも、黄金の栗色やインディゴの濃淡が魅力。

IMG_1558.JPG

アメリカのコレクターのインタビューで「絨毯は日光を食べるんだ」というセリフがありましたが、
まさに古いバルーチ絨毯は「日光を食べます」。
日に当ててその色を見ると、思わず息をのむ美しさ。

IMG_1559.JPG

いまだにバルーチ絨毯って、よくわからないところが多いんですが、
独特のすぐれた美意識をもつ絨毯が多いんですね。

ペルシャ・デザインやチュルク系文様など、いろいろの影響を受けていて、
「バルーチは独自の文様を持たない」などと言われたりもするのですが、
さまざまなモチーフをバルーチ独自の美意識で再構築する。

この絨毯は「バルーチの美意識のひとつの結晶」ではないかと、個人的には思っています。

P9293356.jpg

これもある種の「凄み」を感じさせる絨毯です。
縦150cm、横78cmくらい。

以前 rugrabbit で似たようなデザインの絨毯を見かけました。
(でも最近は「おっ!」と思えるようなものがほとんど出ません‥)

IMG_1563.JPG

裏側とフリンジ。
やはりこの絨毯にも独特の「栗色」が使われています。

P9293359.JPG

アルカイックな印象の文様。
渋いっす! さすがバルーチっす!

P9293360.JPG

キレの良さを感じさせるかっこいいボーダー!
相当なスキルとセンスをもつ織り手でしょう。

IMG_1557.JPG

何気に色を切り替えているところもニクい!

「バルーチのアートセンスはスゴい!」
‥‥って言っているのはわたしだけ?
2015.05.27 Wednesday

絨毯のオリジンは? 「バールリ」ソフレ


前回取り上げたピースで、「バールリ」が織ったとされるピースがありました。

P5263266.JPG

室内で撮った写真

P5263249.jpg

よく晴れた日に室外で撮った写真

* * *

今回は「絨毯の特定」、つまりどの部族が織ったものかを考えたいと思います。
わたしはこのピースをMichael Craycraftさんから「バールリ」というバルーチ系部族の「ソフレ(食卓布)」として購入しました。

おじさんはトライバルラグ最盛期にカリスマ的ディーラーとして、おびただしい数のピースを扱っているし、
絨毯や部族の研究にかける熱意、特にバルーチに関しては大変なものでした。

これを「バールリ」のものだとした大きな理由は、
ハルーチ・タイプに典型的な「インディゴと茜と白」というカラースキームに加えて、
対称結びで織られている」ことだと思われます。

バルーチ・タイプの絨毯はほとんどが「非対称結び」だけど、
バールリ・グループは「対称結び」で織られているのです。

* * *

けれど、このピースはあまりにレアで、
これに近いものは、実物はもちろん見たことがないし、手持ちの絨毯本にも載っていません。

正直なところこれが絶対に「バールリのソフレ」なのかどうか、個人的には自信がないのでアリマス。
おじさんは「バールリ」だと言ったけれども、
自分自身がいろいろ考えて、調べて、納得したい。
きっとおじさんもそのような探究心(?)を喜んでくれるのではないか、
などと、勝手に考えてマス。

* * *

デザイン

まず、デザインがなんとなくアフシャールっぽい。

P5273276.jpg

"Kilim the Complete Guide"  に載っているアフシャールのキリム。
大きめのボーダーに囲まれた内側が箪笥状に分けられた構図が、なんとなく似ていませんか。

白っぽい菱形に囲まれた2個の「S字」文様も、私のピースの下から2番目の段のものと類似しています。

P5263269.JPG

この8つの花びらのお花モチーフも、バルーチタイプではあまり見たことがないのですが、

P5273273.JPG

マクドナルド版の"Tribal Rugs"には、
塩袋のなかに、似たような花のモチーフが使われています。

P5273274.JPG

お花部分を拡大すると、似たような「8つの花びら」。

P5263256.JPG

この文様もどこかでアフシャールのキリムで見たような気がしますし、
織りの技法から言っても、アフシャールも基本的に「対称結び」で絨毯を織るんです。

* * *

というわけで、これはアフシャールのピースの可能性もなきにしもあらず? と思うのですが、
デザインだけで、絨毯のオリジンを結論づけるのも問題。

というのも、絨毯が商業目的で大量に織られるようになって以降、
人気のあるデザインは、違うグループがどんどんコピーしていったからです。

トルクメン絨毯のデザインをコピーしたパキスタン絨毯は有名だと思いますが、
「ブハラ絨毯」を織っているのがトルクメン族でない場合も多いのです。
またコーカサス絨毯のデザインをコピーしたものも、ペルシャやトルコ、アフガニスタンなどで織られました。
わかりやすいところでは、もともと南西ペルシア遊牧民の絨毯であったギャッベ、いまはインドなどでも織られていますよね。

絨毯で一番最初に目に飛び込んでくるのはデザインと色なので、
どうしてもデザインからその絨毯のオリジンを判断してしまいがちですが、
織りの構造や使われているウールの質、タテ糸やヨコ糸から読み取れることなど、
総合的に判断する必要があると思います。

このソフレは、どうも商業目的で織られたものではなさそうですが、
19世紀末あたりには、違う部族のデザインをコピーすることは、それほど珍しくなかったようです。

* * *

仮にこれがアフシャールのものだとしても、ギモンが。

P5263252.JPG

これ、タテ糸が茶色のウールなんです。
バルーチ・タイプの絨毯も、アフシャールの絨毯も、タテ糸はオフホワイトが基本。

P5263261.JPG



あとはやっぱりカラー・スキームが、アフシャールよりはバルーチっぽい。
この濃淡のインディゴの見事な染めは、バルーチの得意とする点!

ウールの質

このピースはウールの質もしなやかで艶があり、古いバルーチによく見られる上質なものです。
私はアフシャールのバッグを一枚だけ持っているのですが、それは硬めでラノリン(自然の油)があまり多くないウールの。

ウールの質は一般に寒い地域のものほどラノリンが多く艶があると言われていますが、
ただ、アフシャールの居住区域は多岐にわたっているので、良質のウールが使われている地域もあるでしょう。

P5273275.JPG

この地図ではイラン北東部にもアフシャールが住んでいるようです。
ホラサン地方は良質のウールの産地として有名で、バルーチも住んでいます。

現時点での私の推定

このピースはホラサン地方周辺のもので、
・アフシャール・デザインの影響を受けたバールリが織った
もしくは
・バルーチが好んで使うカラースキームを使ってアフシャールが織った
という可能性があると思います。
もちろん、それ以外の部族の可能性も。

* * *

このピースは、ヨコ糸の一部に青糸が使われているなどの特徴があります。

P5263262.JPG

パイルが抜けているので、青いヨコ糸がはっきりと見えます。

P5263263.JPG

でも青いヨコ糸は一部分で、それ以外は茶色の原毛が使われています。

P5263270.JPG

‥‥イロイロ言ったけど、結局何がわかったのか、迷走しただけだったのかも。
ま、オタクのたわごとと許してくださいアセアセ
 
2014.04.02 Wednesday

桜とバルーチ

昨年の春「桜とトルクメン」という記事で「なぜ花びらではなく花まるごとが落ちているのだろう」と不思議がっていたら、
ご親切にもやままゆさんという方が「桜の蜜を吸い取るためにスズメがちぎったものでは」と教えてくださいました。
スズメはくちばしが太くて短いから花の根元をちぎり、
くちばしが細くて長いメジロやヒヨドリは花の正面から蜜を吸う、とのこと。
やままゆさん、素敵な情報をありがとうございました。<(_ _)>

去年より咲くのが少し遅れたけれど、例年になく厳しい冬をのりこえて咲いてくれた桜はやっぱりステキ。
今年もスズメが落としてくれた桜の花を拾っていたら、
朝の掃除の作業員さんから「何やってらっしゃるんですか?」と訊ねられたので、
これこれこうなんですよ、と説明したら、へえー、と感心してくれた。
「ふっふっ」といい気になって花を拾いつづけていたら、自転車に乗った低学年の男の子がヘンな顔をしてふり返った。
地べたにしゃがんでごそごそしているおばさんは、やっぱりヘンかもしれない。

2014_0402_092746-P4022135.JPG
去年はトルクメン絨毯の上に桜を載せて遊んだが、今年は「バルーチと桜」。

2014_0402_092758-P4022136.JPG
トルクメンもそうだが、バルーチ絨毯を写真に撮るのは難しい。

2014_0402_092808-P4022137.JPG
ブログに載せるため何枚も写真を取っても、PCで見てみると実物とはかけ離れていてガッカリすることが多い。
でも桜を載せて撮ると、絨毯だけのときよりも実物に近く写るようだ。
このオーベルジーヌ(茶紫)や透明感のある青や赤、まあまあきれいに撮れている。

2014_0402_092827-P4022138.JPG
わたしにとって部族絨毯の最大の魅力は、質の良いウールと深く透明感のある染色。
写真ではその魅力を伝えることが難しいとわかっていても、できるだけ綺麗な写真を届けたいと思うので……

* * *

2014_0402_092900-P4022139.JPG
2枚目のバルーチ。セルベッジが4本ケーブルで、かなり強くデプレスが効いた珍しいタイプ。
「デプレスが効いている=絨毯が曲がりにくい」ことから、バッグフェイスではなく小型絨毯かもしれない。

2014_0402_092916-P4022140.JPG
パイルが垂直に近い角度で立っていて、とてもしっかりした感触。
定住もしくは半定住のバルーチが売るために織った絨毯のような気がする。

2014_0402_092930-P4022141.JPG
デザインも「ミナハニ文様」と呼ばれる、ペルシャ都市工房でも好まれたデザイン。

2014_0402_092939-P4022142.JPG
特徴的なのが、まさに「真夜中の青」ミッドナイトブルーとでも呼ぶべきインディゴ染色の深さと濃さ。
ここまで深いインディゴを出せるのは、やはりプロの染め職人ではないだろうか。

* * *

2014_0402_093042-P4022143.JPG
3枚目もミナハニ模様だが、完成度が高い上の絨毯と違って素朴さが残る。
バルーチではなく、北西アフガニスタンの「アイマック」と呼ばれるグループのものかも知れない。

2014_0402_093053-P4022144.JPG
パイルの長さも、バルーチタイプの中ではやや長めで、撫でるとすべすべして気持ちがいい。

2014_0402_093102-P4022145.JPG
茜もそれほど強くなく、ほんわかした色。茶・インディゴ・白とのバランスも落ちついている。

2014_0402_093110-P4022146.JPG
桜も気持ちよさそう〜 ♪

* * *

2014_0402_093241-P4022147.JPG
4枚目は、かなりレアな意匠のバルーチ。

2014_0402_093252-P4022148.JPG
キリッとしてハンサムなバッグです。これはかなりの通好みだと思う。男子が好きそう……


これは裏が残っている完品ですが、袋の底に穴が開いています。
擦り切れたというよりも、ネズミにかじられたようにザックリ切れています。

2014_0402_093312-P4022149.JPG
写真上部の「魔法のファスナー」はじめ、浮綾織りやもじり織りなど上手いなあ〜!

2014_0402_093323-P4022150.JPG
こんなモダンな文様のバルーチはほとんど見たことがありません。
バッグの大きさも他のバルーチに比べてかなり小さい。

2014_0402_093334-P4022151.JPG
パウル・クレーにプレゼントしたいな〜♪

2014_0402_093339-P4022152.JPG
しつこいので、この辺でやめます。

* * *

2014_0402_093455-P4022153.JPG
5枚目はバルーチではなく「タイムリ」と呼ばれるグループのものかと思われます。布みたいに薄いんですよ。

2014_0402_093520-P4022155.JPG
このバッグフェイスも写真撮るのに苦労するタイプですが、桜のおかげで実物の感じがそれなりに出ています。
桜さん、ありがとう! (どっちが主人公なんだか……)

2014_0402_093527-P4022156.JPG
この様々なトーンの青を見てください。
群青色・藍・緑など、一枚のバッグフェイスにじつに複雑な青が使われています。
部族絨毯のこういう素晴らしさをもっと多くの人にわかってもらいたいなあ〜!

2014_0402_093544-P4022158.JPG
経糸にも柔らかな細い糸が使われています。
バルーチもそうですが、タイムリはパイルを短くカットする傾向が強いようです。
だから「使用により擦り減った」以前に、もともとパイルが短いわけ。

* * *

2014_0402_093737-P4022165.JPG
6枚目は蛸唐草に似た文様が使われているバッグフェイスですが、
非対称結び(ペルシャ結び)なのでバルーチ対称結びのグループのものではないと思います。

2014_0402_093722-P4022163.JPG
カラー・スキームもイラン北西のホラサン地方というよりは、南に下ったシスタン地方のものでしょうか?
緑がきれい〜!

2014_0402_093731-P4022164.JPG
そうそう、桜を忘れちゃいけませんね。桜あっての絨毯の写真です……

2014_0402_093749-P4022166.JPG
百年以上前の絨毯に、今年の桜がつどいます。

2014_0402_093807-P4022167.JPG
咲いたばかりの桜のみずみずしさを、古〜い古い絨毯が受け止めます。

* * *

2014_0402_094012-P4022171.JPG
7枚目は桜より派手じゃないかと思うような「スノー・フレイク」と呼ばれる文様のバッグフェイス。

2014_0402_094024-P4022172.JPG
「雪の結晶」を意匠化したようですが、華やかすぎて桜と張り合ってます。
「あたしたちのほうがキレイよ!」「なによっ! あたしたちのほうがキレイに決まってるでしょ!」 (-_-;)

2014_0402_094033-P4022173.JPG
「キック、キック〜!」
おっ、スノーフレイク・グループが桜グループを追い出しにかかっている!

2014_0402_094039-P4022174.JPG
「キーッ! ふざけんじゃないわよ! この季節はあたしたち桜が主人公に決まってるでしょ!」

* * *

2014_0402_094228-P4022176.JPG
さて「桜とバルーチ」シリーズの最後は、長老ドホタレ・カジ祈祷用絨毯で〆ていただきます。
「ドホタレ・カジ」というのは「裁判官の娘」という意味ですから、調停役にはピッタリ。
(ちなみに「カジ」を「闘いのヒーロー」と取る解釈もあり、要するに部族のリーダー的存在ということのようです)

2014_0402_094217-P4022175.JPG
うーん、この風格。やはりすばらしい。
先日、神戸からお客さまをお迎えしたときドホタレ・カジのコピー絨毯を並べてみたのですが、貫禄の差は歴然でした。

2014_0402_094241-P4022177.JPG
スノー・フレイクと張り合っていた桜も、長老の上で気持ちがなごんだようです。
「じいちゃ〜ん! 安心したよう〜!」

2014_0402_094337-P4022181.JPG
「よしよし、ワシが守ってやるから安心しなさい」

2014_0402_094346-P4022182.JPG
「じいちゃん〜、ステキ〜! 甘えちゃおかな〜」

2014_0402_094324-P4022179.JPG
「よしよし、みんなよい子だ、ねんねしな〜♪」

2014_0402_094330-P4022180.JPG
「じいちゃん、やっぱり頼りになるわあ〜❤❤❤……スキ〜!」

2014_0402_094300-P4022178.JPG
今年の桜まつり、絨毯の上では終了ですが、
日本全国は北上しつつ、まだまだつづきます〜♪
みなさま、よいお花見を!
2013.12.17 Tuesday

バルーチ絨毯のデザインについて


"Rugs of the Wandering Baluchi" の内容はまだまだあるけれど、
紹介はとりあえず今回で終わりにしたいと思います。

ジョン・トンプソン氏の文章で残るは「デザイン」なのですが、これが手ごわかった。
ひとつは私の英語力が低すぎて、文章の細かいところが解らなかったこと、
もうひとつは、私の持っていない絨毯関係の本やテクストを引き合いに出して比較しているため、
「マクミランのプレート○○」とか言われても、サッパリ解らなかったのでアリマシタ。(>_<)

ただしテーマとなっているのは、
「バルーチは、他の絨毯からデザインを借りてばかりで、独自のデザインを持っていない」
という説を検討することで、それに対する氏の結論としては、
「コピーもあるが、バルーチ独自のデザインもある」とのこと。

* * *

まず「コピータイプ」からご紹介しますと、トルクメンの「サロール・ギュル」を真似したもの。

Scan10006.JPG
これは同じ本掲載の、Noel Hobbs 氏によるサンプル。
Sarakhs から Merv あたりをテリトリーにしていたバルーチのものということで、
イラン北西部とトルクメニスタンの国境近くなので、トルクメンとの接触も多かったのかもしれません。

Scan10030.JPG
こちらが元祖サロール・ギュル。
でもこのサロール・ギュルは、同じトルクメンのテッケやサリークもコピーしましたし、
アフシャールやクルドがコピーした、どうもキリッとしない「ゆるギュル」絨毯もあるようです。

つぎに、バルーチがアフシャール絨毯をコピーしたと思われるPlate32。
Scan10008.JPG
織りも上手だしバランスのとれたピースだと思います。
フィールドはアフシャールっぽいですが、ボーダー・デザインはたぶんバルーチ独特のもの。

Scan10028.JPG
こちらはM.Eiland著 "Oriental Carpets"よりアフシャール絨毯。
左端がスキャンに写らず欠けていますが、これまたこれでカワイイ絨毯!
色合いも違いますが、絨毯にただよっている雰囲気がバルーチとはずいぶん違いますね。

Scan10029.JPG
これは以前ご紹介したPlate8ですが、斜めストライプのデザインはカシュガイやルリ族がよく使うようです。

Scan10029.JPG

これも上記 "Oriental Carpets" より、ルリ族の絨毯。

* * *

こういったことから、バルーチは一時「独自のデザインを持たない」と言われていたようなのですが、
バルーチ独自のデザインは、やはりあるのです。

その代表格は、"The Tree of Life"「生命の木」デザインの祈祷用絨毯。

Scan10009.JPG
Plate4。 バルーチの祈祷用絨毯は、ミフラブが独特の形です。
茶色の部分にラクダの毛を使った典型的なバルーチ・プレイヤー・ラグ。

Scan10007.JPG
こちらはPlate18のバッグフェイスですが、中央の文様もバルーチ独自だということです。
八角星を取り囲んでいるのは、「動物か鳥」ではないかと言うのですが、うーん、ビミョー……

* * *

「バルーチは、16〜17世紀のペルシャ絨毯に使われたボーダーデザインも真似しているが、
イスラム以前のシャーマニズム時代のデザインの流れをくむものもあり、それらが混在しているのではないか」
とジョン・トンプソン氏は書いています。

また、「生命の木」デザインは、
「シャーマン的宇宙観において豊饒・生命・不滅のシンボルとされるWorld Tree を表現したものだ
という可能性はないだろうか?」とも。

* * *

また、バルーチには「ニワトリ」や「トサカ」の文様が多いのですが、
1913年発行の"Encyclopedia of Islam" には
"Baloc" (バルーチのこと)はペルシャ語で「トサカ」を意味するとの記述があります。
当時のバルーチは「トサカのような被りものをしていた」という証言もあるそうです。
Scan10025.JPG
こちらは、バルチャー・コレクションのニワトリ文様のサドルバッグ。
バルーチコレクターにとっては、外せないデザインです。
でも良いものは大変な高値で、私は一枚も持っていません。

2010_1202_101202-CIMG1378.JPG

これは私の絨毯ですが、やはりニワトリの頭部のような文様です。
これもバルーチ独自のデザインだと思います。

* * *

私はこの本を読むまで、バルーチが「コピーイスト」と呼ばれていることを知りませんでした。
まあトルクメンはかたくなに自分たちのスタイルを持っているので別格ですが、
さまざまな地域やグループの絨毯は、近隣からの影響を受けてデザインを発展させてきました。

カシュガイ族も他の絨毯をまねる才能にすぐれていますし、
クルド族やアフシャール族もコピーデザインの絨毯を織っています。
なので、どうしてバルーチだけが「コピーイスト」と呼ばれていたのか解りません。

いずれにしてもバルーチの手にかかると、換骨奪胎されて元のものとはずいぶん印象が変わります。
きちんと消化して、自分たちのものにするのであれば、
それはひとつのデザインの発展ではないかな、と思います。

Powered by
30days Album