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2013.03.16 Saturday

集めた絨毯・キリムの点検


集めた絨毯・キリムを少しずつ整理していくにあたって、それらの傾向をつかむことにした。

枚数だけでいうと「絨毯屋さんが開けるくらい」は持っているけれど、
問題は擦り切れたりボロボロだったりで、日本ではまず買い手がいないものがかなりの数あること。
オールドやアンティークの毛織物に慣れている人でも「こんな状態じゃあ買う気がしないわ」と考えるであろう
毛織物の比率を出してみると、約15%がフラグメント状態である。「えへへっ!」ていうかなんとゆーか……



つぎに絨毯とキリムの比率は、絨毯が46%、キリムが33%、バッグフェイス類が21%だった。
バッグフェイスはほとんどパイル織りなので、それを加えると絨毯が7割近くになる。
「キリムは好きだけど絨毯のほうがもっと好き!」ということなのだろうか。

一時「絨毯よりキリムのほうが手入れが楽そう」と感じ、絨毯を敬遠していた時期があったのにこの結果。
話が横道にそれるが、虫害に関してはキリムより絨毯のほうが多いようだ。
虫に食われた絨毯を見ても、食べられているのは柔らかいパイル部分で、縦糸・横糸のベースは大丈夫なことが多い。
(ちなみに上のコーカサス絨毯が剥げているのは虫害ではなく、鉄の媒染剤によるもの)

「虫さんに『絨毯とキリムとどっちが好き?』って聞いたら、『そりゃあ絨毯よ!柔らかくて食べやすいから』って答えるでしょ」
――前に友達と虫食いの話をしていて、こう話したら笑われてしまった。

なぜ「絨毯のほうがもっと好き」なのか、自分でもうまく理由を説明できないけれど、
一つには「手ざわり」がよいからだと思う。ペットを撫でてホッとするのと似ていると思う。
もうひとつは「奥ゆき」が感じられて迫力があるからかな。 水彩画と油絵の違いにちょっと似ているかも。

* * *

つぎに部族や地域別の傾向を見てみると、
トルコが35%、バルーチタイプが27%、カシュカイ・ルリ・ハムセなど南西ペルシャのものが13%、
コーカサスが11%、トルクメンが10%、残りはその他、ということになった。

枚数で考えるとトルコのものが一番多く、つぎがバルーチ、南西ペルシアのものは意外と少なく、しかもその多くがバッグフェイス。

自分が集めたものたちを急いで手放す気持ちはないけれど、
点検作業をする一方で、「縁」があって大切にしていただける方が見つかったら少しずつ手放していくつもりだ。
一方、収入がなくなったのでめっきり減るとは思うけれど、コレクションを充実させてくれるピースがあればやはり手に入れたい。
それには集めるものに的を絞る必要があると思う。「収集」から「蒐集」へ!
自分のものを見返してみると、集め散らかしている感は否めない。
日本にもトルクメン蒐集家がいらっしゃるが、的を絞ったコレクションは、もうそれだけで立派!

私は一つの部族だけに限定することはできないが、
的を絞るとすれば、それはやはりバルーチになるだろう。
このブログで紹介していない絨毯もまだけっこうあるのでいずれ取り上げたいが
自分なりに見返して、バルーチはそれなりに味のある絨毯が集まっていると思う。(←自画自賛)
絨毯は本来一枚一枚が単位だが、ある一定の基準で複数のものが集まると、「群」としてお互いを引き立て合うことがあると思う。
それもコレクションの面白さではないかしら?
集めた30枚ほどのバルーチを眺めていると、全体でひとつの魅力が生まれるような気がする。

前に有元利夫さんの記事で、「様式」と「美」が深く関わっているのではないか、という話をした。
「美」を感じさせる部族絨毯の多くは、伝統的な部族社会のなかで培われた「様式」に支えられている。
その最たるものがトルクメン絨毯で、自らの出自を誇るかのようなギュル(紋章)をこれでもかといわんばかりに織り込んでいる。
そしてそのギュルの配列やスペースの配置、ウールの質や染めの技術、織りの技術……
それらすべてが長い年月をかけて培われ洗練された「様式」なのではないだろうか。

けれどバルーチの絨毯は、ちょっとちがう。
使われているモチーフにはパターンがあるし、色だって一目で「バルーチタイプ」だとわかる。
でも、でも、どうしてだろう? かた苦しい「様式」に縛られていない感じがするのだ。
以前、バルーチ研究者から「バルーチになりたい者は出自に関係なくバルーチになれる」というお話を聞いた。
もしかすると精神の深いところでかれらはとても自由であり、とらわれていな面があるのではないか?
概してバルーチはお金儲けが下手、あるいは興味がないと言われているようだ。
いっぽうかれらはお金儲けのかわりに、「忠義」とはじめとする独特の美学を持っているようでもある。
暗めの数種類の色だけであれほど美しい絨毯を織ることができるのは、
そんな「何か」に支えられているのかもしれない、と思ったりする。

バルーチの絨毯には、トルクメン絨毯のように「様式」には縛られず、しかも美しいものが多いと思う。
「様式」に基づいた「美」ではなく、なにか種類の異なった「美」。
もちろん商業用に織られた最近のものではなく、かなり昔に織られた古い絨毯の話ではあるけれど――。
なぜそれらに惹きつけられるのか、自分でもよくわからない。
もしかしたらその理由を見つけるために、絨毯をあつめているのかもしれない。

* * *

持っているものを点検するなかで、現時点でのMy Favorite Rugベスト5を選んでみた。
自分で考える「美しさ」と「愛着があること」はちょっと違うのだが、これは「美しい」を基準にしたセレクト。

ベスト1は、やはりカシュカイの「幸福のラグ」(←自分の勝手なネーミング)だろう。

P5116869.JPG

これはイギリスのディーラーから譲ってもらったものだが、
絨毯を扱っていて「自分が出会った最も美しい絨毯のうちのひとつ」と言っていた。
いわゆる「表だって」販売しておらず、「奥から出してくる」類の絨毯。
たまたま彼が資金を必要としていた時期だったため運よく譲ってもらえたけれど、そうでなければ日本には来なかっただろう。
この絨毯だけは、美術館に寄贈するべきではないかと考えている。

二つ目は、バルーチに近いTimuriのメインカーペット。
状態はあまりよくないけれど、実物の色は深みがあって本当に見事だと思う。

P1219450.JPG

はじめてこの絨毯を見たとき、なぜか「生命の連鎖」ということばを思い浮かべた。
「生命の木」がモチーフとしてたくさん使われているが、理由はそれだけではないと思う。
絨毯を見ているうちに、自分が絨毯のなかに入ってしまうような気がするピース。

ベスト1とベスト2は、おそらく今後も不動だと思うが、ベスト3以降はけっこう迷ってしまう。
ベスト10くらいまで甲乙つけがたいのだが、いまの気持ちとして選ぶなら
ベスト3はバルーチのSnow Flakesバッグフェイス。小さいながらやはり「世界」を持っている。

90.jpg

ベスト4は、「愛着」の要素がかなり入りこんでくるレイハンルの小さなピース。

89.jpg

レイハンルのものは総じて薄いけれど、「羽根のように軽い」。
コンディションはけっして良くなく満身創痍だけれど、なおも輝くお姫さま。

そしてベスト5も「愛着」の要素が強い、トルクメン・ヨムートのフラグメント。
マイケル・クレイクラフトのおじちゃんが「もう少し手元に置いときたかったぜ」といったピース。
「おいちゃんよう(←なぜか寅さんコトバ)、おいらがもう少し手元に置いておくから安心しな!」

400103737.jpg

ちなみに写真のサイズが違っていてごめんなさい。
アップロードするとき同じようにしているのに、なぜ大きさに違いが出るのかわからない。
嗚呼!あいかわらずメカに弱いワタシ。

* * *

ま、そんな感じで、集めたものを点検中!

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