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2015.06.14 Sunday

続「アートとしての絨毯」とは?


前回に引き続き、"ORIENTAL RUG REVIEW"1990年10,11月号より、
もう一人のコレクターへのインタビューを読みながら、「アートとしての絨毯」について考えたいと思います。

IMG_1117.JPG

Randall Buckmaster 氏は小さなメーカーの購買部長。
コレクションの量は一定に絞り、一部を手放しながら別のものを購入するというサイクルをつづけており、
そのなかでコレクションの質を高めておられるそうです。

(ご自分が集めているものを説明するとしたら?)

いまの俺は、グラフィック・アートとして見ているね。
絨毯は60年代の終わりから買いつづけているけど、コレクションへのアプローチの仕方は進化してきた。
特に絨毯にこだわる家庭に育ったわけでもないから、絨毯を理解するには自分の気持ちをどっぷりと絨毯のなかに浸す必要があった。
絨毯の名称やどんな民族が織ったのかについては、いまも重視している。
一枚の絨毯が、おなじタイプやグループのなかで優れたものであることは大事だけど、それが一番大切なわけじゃない。
一番大切なのは、それが芸術的であるかどうかだ。
一番大事なのが色、つぎに画面の構成力や線の引き方、それからコンディションや、レアであるかどうか、どれくらい古いものか、といったことがポイントになるね。

(そういった判断基準は、いつ頃から持つようになりましたか?)

基本的な基準ができたのは70年代中頃かなあ。でもある種のものを明快かつ知的に理解するには、自分はまだまだだって思うよ。
ものを見る目は長い間かかって向上していくものだからさ。
だからときどき自分の集めたものを見返して、それらがいま自分の前に現れたらどう思うかをチェックしなけりゃいけない。
いまの自分の目で見て、これを買ったときと同じように買いたいと思うか?
そうでない場合、なぜこれを持ちつづけているのか? だれか欲しい人がいるかもしれないのに。
どれだけたくさん持っているかは重要じゃない。それと一緒に暮らしてどれだけハッピーかが大切なんだ。

(60年代末がスタートだったとのことですが、なにか決心をしてコレクターになったのでしょうか? あるいはコレクターになったきっかけは?)

それって、なんとなく徐々に、っていうタイプの事柄じゃないかなあ。
かりに夏用の絨毯と冬用の絨毯をとりかえる人にせよ、快適な暮らしのための絨毯の数以上のものを持ってしまったとき、
その現実に直面して「おいら、コレクターになっちまった」っていうふうな。
ていうのも俺は「コレクターでございます」みたいな考え方をバカにしていたから、自分がそんなふうになっちまったことを正直認めたくなかったんだ。
そこで考えた。「あれまあ、俺ってアレの仲間入りしちまったよ。『絨毯野郎』のね」。まあ、こんなとこだ。

(あなたが絨毯を見るうえで重視しているのは?)

いいなあと思うものには視覚的なインパクトがある。そういうピースは、コントラストが効果的に使われていて躍動的な感じがする。
キチキチと硬直的に織ったものは、左右対称が完璧すぎて、かえってアピール力が弱くなっている。
村の絨毯やトライバル・ラグは、「寸分狂いのない織り」が最優先じゃないからね。
かといって、彼女らの織りの技術が低いわけでもなければ、じゅうぶんな製作場所がないわけでもない。
織り技術やパターンについて知り、自分の創造性を発揮できる場所もある。
絨毯の構造や織りの技術やデザイン総体をマスターしていて、彼女がたとえ厳格な部族の伝統のなかにいても、なお創造的であり得るんだ。
そして、ありあまるエネルギーが生んだ創造性と彼女がつくりだした鮮やかな構図は、時空を超えて伝わってくる。絨毯を眺めていると、そいつが飛び出してきて心をガッチリ掴む、そして言うんだ。「あたしを見なさいよ!全身全霊を込めて!」

なくてはならないものは情熱さ。自分が集めているものにそれほど情熱を持っていないコレクターなんて、俺には理解できないね。その人が集めているものが自分の好みじゃないにしても、過剰なほどの情熱を注ぎ、自分のやっていることに真剣に向き合う人がいる。本格的なコレクションは情熱を通して形成されるのさ。俺がリスペクトするのは、そういうコレクターでありコレクションだ。(略)

(失敗したことはありますか?)

俺が評価のポイントで一番こだっているのは色なんだけど、にもかかわらず色で失敗したことがある。コンディションで失敗したこともあるなあ。

「暗い場所では絶対に買うな」ってことは、いくら強調しても強調しすぎることはない。暗い場所で売るのはオーケーさ。暗い場所で買うなっていう意味は、絨毯は太陽光で見なけりゃダメだってこと。じっさい、絨毯って光を食べるんだ。光は絨毯にエネルギーを与える。そのピースについてよく知りたけりゃあ、ありったけの光を当てて見るんだな。光を当てなければ、そのピースの良いところもわからないし、悪いところも現れてこない。

もう一つの失敗はコンディションに関してだけど、この点を適当にしちゃいけない。カットされてつなぎ合わされている絨毯とか、(引用者注:水に浸かって乾かない状態が続いたなどの理由で)朽ちているものとかね。(略)

(絨毯のコレクションに興味を持っている人へのアドバイスは?)

そういう人はたぶんあまり多くの絨毯を見たことがないと思う。できるだけ多くの絨毯を見て、触れてみること。以前も見たことがある絨毯でも、新しい目で見てみるんだ。絨毯の構造とか、ウールの質とか、絨毯のカテゴリーとかの知識が前より増えた状況でね。その人の気持ちがオープンでさえあれば、時の経過とともに、絨毯は自分の姿を現してくれるだろう。
本からも情報を得ることができる。俺もずっとそこから学ぶことを続けているけど、60年代に出版された本に書かれてあることは、今わかっていることを考えれば隔世の感があるね。

(あなたのタイプのコレクションに興味を持った人におすすめの本を教えてください)

ビギナーだったら、Hubel の "The Book of Carpet"だね。まだ手に入るし、ためになる。新規参入コレクターがあまりトラブルなく見つけられる絨毯の例が載ってるからね。始めたばかりの人にとっては大切なことだ。
この本を手はじめにしたら、そのあとはその人の興味に沿う方向へ進めばいい。たとえばトルクメン、コーカサス、トルコ、というふうに。
(以上)
     *   *   *

とまあ、前回のコレクターとはまた一味違ったコレクション哲学を披露してくれました。

個人的にはお二人の方のいずれにも共感するところが多かったです。
今回は「絨毯は光を食べるんだ!」というのが一番インパクトがありましたね。
バルーチのアンティーク絨毯は太陽の光に当てなければその真価はわからない、
このことは常々思っていることでした。

もうひとつは、自分も「キチキチと硬直的に織ったもの」は苦手だし、多少線が歪んでいても、のびのびと躍動感を感じられるタイプのほうに惹かれる、という部分でしょうか。

みなさん! ときどき絨毯に光を食べさせてあげてくださいね!(笑)
 
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