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2019.07.28 Sunday

8. ソ連以降の「トルクメニスタン領内」で織られた絨毯

 

「わたしの絨毯遍歴」からの脱線が続くのだが、

ずっと曖昧模糊としていた「ロシア革命以降のトルクメン絨毯」について考えたい。

 

戦後のイランやアフガニスタンでのトルクメン絨毯については、ある程度本にも書かれているのだが、

現「トルクメニスタン共和国」領内での絨毯製作については、ほとんど記述が見られない。

 

トルクメン絨毯が大きく変わったのは、1884年「ギョクテペ(現アシュガバード郊外)の戦い」で、

テッケ族がロシア帝国軍に敗れ、トルクメニスタン南部がロシアに支配されるようになってからと言われている。

 

テッケは敗戦の賠償金を捻出するため、商業目的に絨毯を織るようになった。

ザカスピ鉄道がメルヴにつながり、”近代化”の波はトルクメニスタンを様変わりさせていった。

絨毯のデザインはどこか違ったものになり、染料の一部にアニリンが使われるようになった。

 

一般的に「アンティーク絨毯」の定義は100年以上前のものとされているが、

GEORGE W. O'BANNON氏は、

「トルクメン絨毯の真のアンティークは1884年以前に織られたもの」と書いている。

一理あると思う。

 

その後、1917年にロシア革命が起こり、

1924年に「民族・共和国境界確定」が行われて、中央アジアに歴史上初めて民族別の領域区分がなされ、

「トルクメン・ソビエト社会主義共和国」が成立する。

 

その後、1991年にソ連から独立して今に至る。

 

一体この間、どんなトルクメン絨毯が織られていたのだろうか?

 

これまでにも何度か引用しているが

1931年発行の "FACTS ABOUT ORIENTAL RUGS" by CHARLES.W.JACOBSENより

 

 

「ロイヤル・ブハラ」とネーミングされたテッケ・ギュルの絨毯

 

 

「プリンセス・ブハラ」とネーミングされたエンシ(ドア用の絨毯)デザインの絨毯

 

これらがアメリカで販売されている。

 

絨毯のタイプから見て、1884年以前のものではなさそうだし、

(本当に古いテッケの絨毯は、裾の部分が平織りだと言われているがこれらはパイル織り)

本が発行された1931年より前に織られたもののはずである。

 

 

Christopher Kremmer "THE CARPET WARS" (2002)

(邦題『「私を忘れないで」とムスリムの友は言った』日暮雅道訳 東洋書林)

によると、

ソ連国営企業のアルゴス(英語表記Argus)が

トルクメン絨毯の製作と市場取引の独占権を獲得して国外に輸出していたという。

(注:「アルゴス」は本来「オグズOghuz」の意だったかもしれない。

これはたしか「手仕事クイーン」Tさんが指摘されていた)

 

上の二枚の絨毯は、「ギョクテペの戦い」の敗北以降では早期に織られたものである可能性が強い。

 

* * *

 

このほかに、P.R.J.FORD "ORIENTAL CARPET DESIGN" には、

ソ連時代のトルクメン絨毯が3枚載っている。

 

 

ソ連時代のテッケ・ギュルのトルクメン絨毯

 

 

ソ連時代の「キジル・アヤク」デザインのトルクメン絨毯

 

 

"TCCP"と「トルクメン・ソビエト社会主義共和国」のキリル文字のイニシャルが織られたものもある。

ただしごく一部の絨毯だと思う。

 

* * *

 

以前トルコ在住の業者さんを通して手に入れた小さな「ブハラ絨毯」があった。

当初私はトルクメニスタン領内で織られたものだと思っていたが、

やはり「手仕事クイーン」が織りの構造を見て、「トルクメニスタンの絨毯とは違うような...」と言っておられた。

彼女はトルクメニスタンにも行かれて、そこのおばちゃんと絨毯談義もされているから、鑑定には信用がおける。

その「ブハラ絨毯」は、トルクメニスタンではなく、どうもイランで織られたものらしい。

 

ちなみに「ブハラ絨毯」というネーミングは、ソ連初期に使われたほか、

第二次大戦後にイランで織られたトルクメン絨毯に使われることが多いことを最近知った。

 

なので私はこれまで「トルクメニスタン共和国」領内で織られた絨毯は手にしたことがない。

たぶん日本国内にはほとんど流通していないんじゃないだろうか。

 

今後の課題...というか、おそらく永遠に手にすることはなさそうだ。

 

 

コメント
 ぷぎーさま、このブログの記事を拝見いたしまして、震えるくらい嬉しくて、すぐにコメントを送りましたが、もしかして送信に失敗したかもしれません。再度送らせていただきます。 
 私にとっては本当にタイムリーな記事です。本当にありがとうございます!大変勉強になりました。たしかにソ連時代を経て、今のトルクメニスタンがあるのですが、手仕事が失われていったことは非常に残念です。
 ちなみに私のものはどれにも似ていません。ロイヤルブハラよりおおざっぱ(伸びやかと言いたいですが)でソ連時代のものよりは文様が美しくちゃんと仕事をしている感があります。80年前のものだと言われましたが・・・・。ソ連時代初期なのでしょうか?ちなみにロイヤルブハラに近いものがブハラの観光地でアンティークと言われて売られています。一番小さいもので800ドル〜でした。大体は1000ドルを超えます。明るい赤、ピンク赤系、小豆色ぽいものもあります。博物館のものはほぼ枯葉色になっていますが、迫力十分でした。
 また最近サマルカンド近郊の村にて、スザニ(刺繍布)を買いに行ったところ、足元にサロールのギュルに似ている小さなフラグメントを見つけて、気になって写真を撮って、その値段を聞いたらなんと無料でプレゼントされました。
 汚かったのですが、ぷぎーさまのように心を込めて楽しみに洗ってみると(こちらではシャンプーで洗いリンスします)茶色と赤い汁が出ましたが、暖かみのある美しい赤になりました。秋の山奥の紅葉の葉っぱのような赤!これがオールドの美しさかしらと感動しています。素足で踏むとキリムのようですが、すり減ってはいますがやはり毛足が絨毯のような・・・?
 このような美しさを教えて頂きありがとうございます。図らずも手に入れてしまいました!本物かどうかはわかりませんが、ウズベク人からプレゼントされたものを大事にしたいと思います。これもぷぎーさまのブログをよく読んで勉強して、こちらでアンテナを張っていたおかげです。生活に楽しみを見つけて心が豊かになりました。これからもすばらしい記事を楽しみにしています。
  • ライホン
  • 2019.08.06 Tuesday 01:41
ライホンさま、ウズベキスタンにお住まいならではの丁寧なご報告をありがとうございます。
「私のものはどれにも似ていません」というのはよくわかります。トルクメン絨毯は織られた時期や地域や様々な要因によって、驚くほどのバリエーションがあるからです。
テッケが戦争に負けて商業目的に絨毯を織るようになったといっても、その一方で、お嫁入り用など自家用に織る絨毯も同時期に織られていたと考えられます。使われるウールや織りも断然後者の方が良いでしょう。
サロールギュルに似たフラグメント、もしかしたらとても良いものかもしれませんよ!お話を聞いているだけでワクワクします。
テッケのチュバルには、よくサロールギュルが使われていますし、どうも薄手のようなのでテッケかなと思ったり、「秋の山奥の葉っぱの色」というとアムダリア流域で織られたバシールかも…など、色々想像してしまいます。
お時間がありましたら、またウズベキスタンでの絨毯などについて教えていただければ嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。
  • ぷぎー
  • 2019.08.06 Tuesday 06:38
すみません、「バシール」ではなく「ベシール」でした。
「ロイヤルブハラよりおおざっぱ」「伸びやか」という形容をお聞きすると、「ベシール絨毯」を織ったいくつかのグループのひとつである「エルサリ支族」を思い出してしまいます。
エルサリ族のエリアはウズベキスタンに近いので、そちらには良いエルサリ絨毯もたくさんあるような気がします。
  • ぷぎー
  • 2019.08.06 Tuesday 06:44
こんにちは。何か月ぶりかで覗いてみたら、またブログを再開されたことを知って嬉しいです♪ 同時期にハマった同士(勝手に)としては、読みながら自分に照らし合わせて赤面しちゃいますが、楽しみに追いつきますね^^

ところで、「ブハラ絨毯」は、シルクロードの商業都市ブハラで取引された近隣(テッケやヤムット含む)で織られた絨毯の総称、と聞いたことがありますが、その認識であってるでしょうか?
  • April
  • 2019.08.28 Wednesday 19:26
Aprilさま、見つけてくださってありがとう〜〜!
ブログのネタも尽きたかと思っていましたが、恥ずかしながら自分の絨毯遍歴を書き始めたら楽しくなってしまいました。この際だから包み隠さず、物欲と失敗の数々お話しします〜〜(^^;)

かつてブハラで取引された「ブハラ絨毯」についてはいつか書きたいと思っていますが、テキスタイルミュージアムの本では「ベシール絨毯」と呼ばれるタイプがメインみたいです。
まだまだ分からないことだらけですが、様々なギモンを考えることも「絨毯遍歴」の一つかなぁと思っています。そういう意味では楽しいネ!
  • ぷぎー
  • 2019.08.29 Thursday 19:46
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