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2017.11.10 Friday

ギャラリートーク2回目 2017.10.14

 

ギャラリートーク2回目の記事です。

 

1回目のトークに来てくださったのは主婦の方が中心で、

絨毯好きの知人があたたかく見守ってくれていたので、比較的落ち着いて話をすることができました。

 

でも2回目はいかにも絨毯に詳しそうな男性(面識がない方)が3人ほど、

「ヤバ! いいかげんなこと喋ったら『嘘つけ!』って怒られるかも‥‥」と怖気づき、

人数も最初15人くらいではじまって、やがて20人くらいに‥‥アセアセ

 

おまけに、絨毯展には絶対来ないと思っていた下の息子が彼女を連れて参加! 

トークの日は知らせていなかったのにナゼ?! と思いきや、

いつのまにかブログを見つけて読んでいたらしい。

「かあちゃんのブログ笑える〜! 『テヘ』とか書いてあるし」ゆう★

 

そんなこんなで、わずかなコトで動揺する私の「アワアワ」が炸裂! マジで

話している途中も「アレ? 次ナニ話すんだっけ?」とフリーズ。

でも話しているうちに、みなさん好意を持ってくださっているのがわかってきて

なんとかトークを無事終えることができました。

 

参加してくださったみなさま、ありがとうございました。ハート

 

* * *

 

さて、内容です。(今回も一部加筆してあります)

 

<なぜ古い絨毯が好きになったのか?>

 

この会場に展示してあるのは、19世紀末に織られたと推定されるものが大半を占めています。

 

絨毯との最初の関わりは、新しく織られたギャッベだったわけですが、

やがて、織られて数十年経ったオールド絨毯の魅力に惹かれてゆき、

さらにはそれでも物足りなくなり、100年を超えるアンティーク絨毯を追い求めるようになりました。

 

なぜ古い絨毯に魅力を感じるかというと、

まずウールという素材が、使うにつれて表面の毛羽が取れ、ツヤが出てくる点があります。

シルクの絨毯は最初からツヤがありますが、ウールの絨毯は時間をかけてツヤが出てくるんですね。

 

そしてだんだん化学染料と天然染料の違いがわかってくるようになりました。

天然染料の場合は、時間とともに色がより一層美しくなるんです。

 

なぜ「草木染め」と言わずに「天然染料」と言うかというと、

植物由来以外にも「コチニール」などの「昆虫染料」も含まれるからです。

 

日本の草木染めは、わりと穏やかな色が多いようですが、

中東地域の天然染料は、わりと濃い色が好まれます。

それが時間とともに余分な染料が落ちるとともに、

「色褪せる」というよりは「熟成する」といった方がいい変化を見せます。

 

また、ちょっと表現しにくいんですが、「古いものが時間とともに身に纏う雰囲気」というものがあります。

たとえば数年前に実家に帰ったとき、母が私のお雛様を飾ってくれていたんですが、

「あれっ? 昔はこんなに良いお雛様だとは思わなかったんだけど、

なんだかいい感じになってる」と思ったことがありました。

お雛様が50数年という歳月のなかで「何か」を身に纏ったのかもしれません。

 

<古いものならなんでも良いわけじゃない>

 

では、古い絨毯ならなんでも良いかというと、そんなことはないんです。

 

一般論としてアンティーク絨毯は、糸の質や染料、文様の力強さなどが優れていると言われます。

でも昔だって、質の良くないウールもあったでしょうし、

織りの技術がイマイチだったり、バランスの悪い意匠の絨毯もたくさんあったと思います。

 

ただ、そういう絨毯はたとえば「敷物」としての「使用価値」がなくなると、

自然と廃棄されていったんではないでしょうか?

絨毯は役目を果たして、その一生を終えていったんだと思います。

 

一方、かなり痛んでしまったけれど、なお見事な手仕事である、捨てるに忍びない、

と思われたものは、フラグメントとしてでも生き残っていきます。

そうやって淘汰されて残っているアンティークは、

残るべくして残ったという部分があると思うのです。

 

* * *

 

<嫁入り道具としての染織に優れたものが多い>

 

[  その1 名古屋の嫁入りとトルコの村に残る風習  ]

 

遊牧民の染織をこうして集めてきて感じるのは、特に「袋物」ですが、

「嫁入り道具としての染織に優れたものが多い」ということです。

 

一頭の羊でも部位によってウールの質が違いますし、

春に刈る毛と秋に刈る毛では、春の毛の方が質が良い。

娘が生まれたその日から、その家では嫁入り道具に使うための「とびきりのウール」を貯めていきます。

原毛から糸にする作業も、念入りに梳き、丁寧に紡ぎます。

染色も、手間と時間をかけて選りすぐりの美しい色に染め上げます。

織りの作業も花嫁と母親の腕の見せどころ。

 

嫁入り道具としての染織は、一世一代の大仕事なのです。

 

ちょっと話が外れますが、「名古屋の嫁入り」ってご存知でしょう。

今はライフスタイルが変わってきているので昔ほどではないかもしれませんが、

名古屋は嫁入り道具や結婚式など、とても豪華だと言われていますよね。

 

結婚が決まると、豪華なブライダル家具一式を買うわけですが、

それを新居に運ぶ前に、まず花嫁さんの実家に運び、近所の人たちにお披露目会をするようなんですね。

家具を運ぶトラックも、紅白の幕をかけて、家具が見えるように一部ガラス張りになっているものもあるとか。

そうやって「うちはこんなに立派な嫁入り道具を揃えたぞ!」というメンツを競う場でもある。

 

一方、これと似たような風習がトルコの村にもあるんです。

 

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”NOMADS IN ANATOLIA” より

 

結婚式の前にお嫁入り道具一式を揃えた花嫁さん宅では、近所の人を招いて「お披露目式」があります。

 

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衣類や寝具など、ありとあらゆるものを公の目に晒して、

「うちはこんなに立派な嫁入り道具を揃えました!」とデモンストレーションするわけです。

 

P1013381.jpg

 

この村では、定住して大きな絨毯を織ることはなくなっても、

遊牧生活の象徴的な「アラ・チュバル(色糸でグループの文様を織り込んだ収納袋)」だけは織るようです。

花嫁が織ったチュバルをラクダに括りつけて、結婚式のパレードがはじまります。

 

いまや純粋な意味で遊牧生活を営む遊牧民はほぼいなくなってしまいましたが、一部の風習はこうして残っています。

ただこの写真も1970年代のものなので、いまも風習が同じように続いているかどうかはわかりません。

 

 

[  その2 堅牢な実用品&部族のアイデンティの象徴    ]

 

日本の私たちは、必要な家財道具がなければ気軽に店で買うことができます。

しかし昔の遊牧民はそんなことはできませんでした。

 

結婚して独立した家庭を営む際、嫁入り道具として持ってきたものが家財道具のほぼ全てであり、

それを何十年もずっと使うわけです。

袋物にせよ、敷物にせよ、長い間の使用に耐えうる堅牢性が求められます。

 

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「敷物」としての絨毯も大事ですが、遊牧民にとって「袋物」というのは非常に大切な存在なんですね。

 

一番左の「ヘイべ」はわりと小型で、男性がバザールなどに行くとき、肩にかけて使ったようです。

それ以外にもロバや馬の背にかけて使う「鞍掛袋」、

宿営地の移動の際には、ラクダの両脇に吊るす「マフラッシュ」や「チュワル」などがあります。

 

バザールに行けば、他のトライバルグループや定住する村人との接触があります。

宿営地の移動の際も、やはり一定の緊張関係を持った「他者」との遭遇があります。

そのときに、袋の文様などから「バルーチ族だ」とか「カシュガイ族だ」といったことがわかります。

 

色鮮やかで堂々とした袋や、ラクダの荷物を包むように掛けられた絨毯・キリムが

かれらのアイデンティティーや部族の誇りとなるわけです。

 

嫁入り道具として織られた絨毯や袋物は、社会的に非常に重要な意味を持つんですね。

 

IMG_3436.jpg

 

(つづく)

2017.10.25 Wednesday

ギャラリートーク1回目 2017.9.26.

 

今回の絨毯展を振り返って、内容を少しまとめておきたい。

(一部、加筆しました)

 

一回目のギャラリートークは、オープン翌日の9月26日だった。

 

まずはギャラリーのスタッフの皆さんに、展示の意図を理解してもらいたいなと考えていて、

あとはもしかしてギャラリーの常連さんが参加してくださるかもしれない。

全部で5人くらいかなと考えていたら、

Whyte Laydieさんが遠くから駆けつけてくださり、絨毯好きの友人も忙しいなか参加してくれた。

あとはスタッフの皆さんが一生懸命宣伝してくださって、全部で10人くらいになった。

 

絨毯好きなお二人を除くと「特に絨毯に興味があるわけではない」方々なので、

どういう話をしたら興味を持ってもらえるかな? と考えた。

 

わたし自身も15年ほど前までは「絨毯に興味があるわけではな」かったのだ。

玄関マットやリビングに敷物を使ってはいたけれど、

スーパーで売っている化繊のカーペットで、それで文句はなかったのである。

 

だから15年前に立ち返って、そんな自分が遊牧民の絨毯のどこに魅力を感じるようになったのかを説明し、

さらには、遊牧民の暮らしにとって、絨毯・キリムはどういう意味を持っているのか、

わたしたちの暮らしにちょっとでも引きつけて考えてもらえればうれしいな、と思った。

 

* * *

 

<自分と絨毯とのなれそめ>

 

近所のスーパーの催事場を通りかかると、温かい色合いの素朴な絨毯に目が止まった。

それは座布団サイズの「ギャッベ」というものだったが、

見ていると心がなごみ、触れてホッとする、不思議な魅力を持っていた。

手織りの絨毯が一枚あるだけで、家のなかが温かくなるような気がした。

 

次にアフガニスタン産のオールド絨毯が好きになった。

小さめサイズのものを3枚ほど買ったけれど、茜の色が一枚一枚異なっている。

同じ一枚の絨毯でも、朝の光、昼の光、夜の光では色合いが違って見えた。

だんだん絨毯が「友だち」に思えてきた。

 

最初は「インテリア」として購入していたのが、どんどん深みにはまって

「もの」それ自体の魅力にのめり込んでいった。

 

* * *

 

<化繊のカーペットとウールの手織り絨毯とは、どこが違うの?>

 

かつて化繊のカーペットを使っていた自分の経験だと、

化繊は静電気を呼んで、だんだん薄汚れた感じになる。

洗ってもあまりきれいにならないし、繊維もへたってきて、2年位で処分することになった。

処分しても「十分使ったのだから」と、心が痛むことはなかった。

 

ウールの手織り絨毯は、使うほどに表面の毛羽が取れてツヤが出てきて味わい深くなる。

愛着も出てきて、年月が経っても「古くなったから捨てよう」という気持ちにはならない。

 

ちなみにギャラリーオアシスは「バザールヴィタ」という会社の運営で、北海道で無垢の家具や小物も作っており、

ギャラリーは「恵泉ノア製作所」のショールームも兼ねている。

だから化繊のカーペットと手織り絨毯の違いを、無垢材の家具と合板の家具に喩えてみた。

 

合板の家具は、それを使用するには十分な役目を果たすけれど、

新品のときが一番美しく、後はだんだんみすぼらしくなっていく。

でも無垢の家具は、きちんと手入れをすれば味わいが出て、歳月とともに美しくなる。

たとえば家具に多少の傷や落書きがついたとしても、

「この傷は○○ちゃんが、あのときにつけたんだよね〜」と愛しく思えたりもする。

 

世の中がはげしく変化する中、

生活もまた安定感のないものになりがちです。

ひとつの家具が生活空間に安定を与え、

生活を根底から支えてくれるなら、

こんなにたのもしいことはありません。

 

世の中の変化とかかわりなく、

生きつづける家具を

作っていきたいと考えています。

(恵泉ノア製作所のパンフより)

 

手織り絨毯と無垢の家具は、似ているような気がする。

大量生産・大量消費・大量廃棄の世の中で、生きつづけるもの。

サティシュ・クマールが書いていた「美しく、役に立ち、長持ちする」もの。

 

* * *

 

 

<遊牧民にとっての「絨毯(染織)」は「家具」>

 

日本人にとっての家具が「木」でできているとすれば、

遊牧民にとっての家具は「毛」でできている。

 

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たとえばこれは「ソフレ」と呼ばれる食卓布だが、

パンを焼くための「調理台」やホコリよけカバーとなる他にも、「テーブル(クロス)」としての役目も果たす。

 

「マフラッシュ」という大型の収納袋には布団など、

「チュバル(チュワル)」という中型の袋には、衣類や日用品、小麦粉などが入れられて、

日本人にとっての「タンス(行李)」などの役目を果たしている。

 

もっと言っちゃうと、「家具」だけでなく「家」までが羊毛やヤギ毛でできているのだ。

 

遊牧民のテントは、ざっくり分けるとふたつある。

気候が比較的温暖な場所では、開放型の黒ヤギのテント。

気候が寒く厳しい場所では、密閉型の羊毛フェルトによるテント。

 

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( "NOMADS IN ANATOLIA" より 黒ヤギのテント設営中)

 

木材は支柱として使われるけれども、それ以外はテントを固定するベルトも含めて

羊毛やヤギ毛がテントの材料の大部分を占めている。

 

トルコは密閉型のテントもあるが、多くは開放型のヤギ毛のテントが使われる。

ヤギ毛のテントにとって、非常に大切な役目を果たすのが「チュバル」という袋だ。

ラクダで移動の際に、左右の重さのバランスをとるため、チュバルは必ずペアで織られる。

 

P1013373.jpg

(同上)

 

宿営地について、いざテントを設営するときは、

まずこのチュバルがドンドンドン〜と10個くらい、背面に並べられる。

中には物がつめこまれていて重量もあるため、このチュバルが「壁」の役割も果たす。

悪天候になっても、背面にしっかりした「壁」があるため頼もしい。

 

(同上)

 

またヤギ毛のテントは、雨が降ると繊維がふくらんで水を通さないし、

カラリと晴れれば繊維が縮んで通気性が良くなる。

 

このように遊牧民にとって、羊毛やヤギ毛の織物は生活を支えてくれる、とても大切な「家具」なのだ。

 

* * *

 

<とてつもない手間と時間がかかっている絨毯>

 

このコースターサイズの絨毯は、先生が経糸張りまでやってくださった段階から織りはじめて8時間要した。

(驚きの声)エリザベス

もちろん遊牧民の女性が織るスピードはずっと速いが、

それでも絨毯を織るのはたいへんな根気と時間がかかる。

 

そして絨毯をつくるためには、織る作業だけでなく、

羊を飼育するところから、羊毛を刈り取り、選別し、梳き、紡ぎ、染めるという一連の作業が必要。

特に糸を紡ぐのは、織るための時間の数倍かかるという。

 

(ただし、絨毯織り作業が目のいい若い女性が中心なのに対して、

糸紡ぎはある程度年配の女性が担当することが多いという)

 

いずれにせよ、今のわたしたちには想像がむずかしいほどの手間と時間をかけて絨毯はつくられる。

 

* * *

 

<遊牧民の絨毯と、デパートなどで売られている都市工房の絨毯はどこが違うか>

 

ひとつの大きな違いは「分業」か「個人〜家族単位」か、ということが言える。

 

都市工房の絨毯は、システム化された分業によってつくられる。

専門のデザイナーがデザイン画(下絵)を描き、それを方眼紙に写し取る。

幅広で歪みが生じにくい立派な織り機を使って、専門の織り職人が下絵に忠実に織っていく。

使われる糸にしても、

たとえばイラン等の絨毯にオーストラリアやニュージーランドのメリノ種の羊毛が使われ、

脱脂や漂白などの工程を含めて、近代化された紡績機によって糸が紡がれる。

染色も、専門の職人が担当し、染めむらやロットによるトーンの違いは許されない。

絨毯が織られた後は、場合によっては薬品などで艶出しなどの加工がおこなわれる。

 

いっぽう遊牧民の絨毯は、羊毛にしても部族やグループ固有の羊によってそれぞれ違いがある。

たとえばクルド族は昔から良質のウールのために羊の品種改良を重ねてきたと言われている。

ホラサン地方やコーカサスなど、「良質の羊毛の産地」と呼ばれる地域がたくさんある。

 

絨毯を織るのは基本的に一人の女性であり、下絵は使われない。

織り機も非常に素朴なものである。

伝統的なモチーフは子どものときから練習して空で覚えており、

複雑なモチーフは「ワギレ」という織り見本を使うこともあるが、

どのようなデザインにするかは、伝統的意匠プラス個人の才覚で決まる。

 

このことはメリットでもあるし、デメリットでもある。

日本人が裁縫をする場合でも、人によって出来ばえが違うように、

(共感の声とため息)・・・

遊牧民の絨毯も人によって技術やセンスが違う。

 

ひどく歪んだ、センスがいいとは言えない絨毯ができる場合もあるし、

とても織りが上手で、色彩やモチーフの取り合わせがすばらしい絨毯ができることもある。

 

後者の場合は、織っている女性が自由にのびのびと創造力を発揮させているのが伝わってくるような、

フォーク・アートと呼んでもよいような絨毯も生まれる。

 

一般的に中東では女性の地位は低いとされている。

男性のいうことには逆らえない、さまざまな制約がある社会の中で、

もしかしたら絨毯織りのときだけは、自分の思いや祈りをありのままに表現できたのかもしれない。

 

そんなふうに織り上げられた絨毯は、見ているこちら側にもその思いが伝わってくるようなものがある。

そのような魅力が、遊牧民の絨毯にはあると思う。

 

 

2017.10.22 Sunday

絨毯展終了しました〜

 

昨日10月21日をもって絨毯展終了しました〜♪

 

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このブログを見てご来場くださった皆さま、ありがとうございました。

千葉県だけでなく東京都や神奈川県、栃木県、三重県、兵庫県、徳島県からもおいでくださり、

なんとお礼を申し上げてよいのかわかりません。

来られなくても応援してくださった皆さま、お気持ちとっても嬉しかったです。

 

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アフガニスタン音楽ユニットちゃるぱーささんのコンサートや、

口下手なのに2回のギャラリートーク、

わたしにとっては初めての経験でしたが、とっても楽しかった〜〜!

 

追ってまたご報告したいと思いますが

今回は取り急ぎお礼まで、、、きらきら

 

2017.10.09 Monday

部族の絨毯に囲まれて聴く、アフガニスタンのうた

 

絨毯展も、残すところあと2週間。

10月7日の土曜日は、ギャラリーにて世界音楽紀行「部族の絨毯に囲まれて聴く、アフガニスタンのうた」、

アフガニスタン音楽ユニット「ちゃるぱーさ」さんのコンサートが開かれました。

 

 

ちゃるぱーささんは以前にもギャラリーオアシスで演奏されたことがあるとのこと、

昨年9月に行われた世界音楽紀行のアーカイヴスよりご紹介します。

 

「ちゃるぱーさ」はダリー語 で「ヤモリ」を意味する言葉で、ラバーブなど弦楽器担当の佐藤圭一とヴォーカル、パーカッション担当のやぎちさとによって 2007 年の初頭に結成されました。日本全国で 200 回以上のコンサートを行う他、カルザイ大統領来日時の大使館での演奏や、グルザマン師の日本公演でのサポートなど、アフガン音楽の紹介と普及に努めています。

 

長く続いた戦乱により埋もれてしまったアフガニスタン音楽は、ようやく世界の注目を集め始めました。その宝石のような煌めきを発掘する旅に一緒に出かけましょう!

 

日本では殆ど紹介されることのないアフガニスタンの音楽。しかしそこには多民族国家ならではのバラエティに富んだ伝承音楽と、流動する文化に培われた芸術音楽、そしてSP レコードとラジオ放送によって全国に普及した大衆音楽がありました。

 

パシュトゥーン、タジク、ハザラ、ウズバキなど、様々な民族が織りなす多様な音楽を、20本ほどの弦が張られた皮張りの弦楽器ラバーブと、イランの打楽器トンバク、 現地の言葉による歌声でお届けします。

 

アフガニスタンは詩の文化の国です。子どもたちは幼い頃からいにしえの詩人たちが紡いだ言葉を習い覚え、それが彼らの精神的支柱となっていきます。千年以上前の詩人によって書かれた詩が現在も歌い継がれ多くの人に愛されている、それがアフガニスタンの文化的風土です。

 

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ヴォーカルと太鼓担当のやぎちさとさんは美しい民族衣装に身を包みお姫様のよう、

三味線の遠い親戚であるラバーブ担当の佐藤圭一さんは、静かで知性的な男性、

そして4歳のアキラ君がひそかに大人たちの注目を集めていました。moe

 

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ナビゲーターの寺原太郎さん、

いつもは司会がメインで、最後に一曲だけアーティストと共演のケースが多いのですが、

今回は最初から最後まで一緒に息のあった演奏を聴かせてくれました。手

 

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これまでトゥバやチベット、トルコ、アイルランドなど

遠く離れた地域の楽器とバーンスリーが共演をして、

不思議とマッチして新鮮な感じだったのですが、

今回は特にバーンスリーとピッタリ!

地域的に近いこともあり、アフガニスタン音楽とインド古典音楽とは一定の関係があるみたいです。

 

アフガニスタン音楽を聴くのは初めてでしたが、

どこか懐かしさを感じるメロディと音の響きが美しい歌詞。

また聴きたい音楽です♪

 

「ダリー語には古いペルシア語のみやびな響きが残っていて、

千年以上前の詩がいまなお歌いつがれています。

それらの詩には対句などが使われ、歌っていてとても気持ちがいいのです」

と、やぎちさとさんが語っていたのが印象的でした。

 

君は一度の目配せで 僕を殺してしまった

君の瞳には 恥じらいさえなかった

 

君の言葉は百度も僕を傷つけ

一度の優しさもなかった

愛しい君は僕の恋人 愛しい君は愛の人

君はマシュハドの指し針 そしてブハラの刺繍糸

 

( ヘラートの民謡「kushti tu mara 君は僕を殺してしまった」 )

 

また、「タリバン時代には歌が禁止され、

楽器やカセットテープ、CDが道に投げ出されたその上をブルドーザーが圧し潰していった」

という胸が痛くなるような佐藤圭一さんのお話も聞きました。

 

1978年のソ連によるアフガン侵攻以来、いまなおアフガニスタンでは戦乱がつづいています。

 

定住の地が無く 家々をさまよう

あなたを失って 悲しみといつも肩を組んでいる

 

私のたったひとつの 愛する祖国は痛み

傷だらけで 薬さえない

 

私の祖国 誰があなたに悲しみをもたらすのか

私の人生の道 どこに行ってもあなたなしでいられない

 

( 1998年の曲「sarzamin-e man 私の国」 )

 

ROYA PROJECT というサイトにちゃるぱーささんのインタビュー記事が出ていたので、引用させていただきます。

 

Question9  今後の抱負を聞かせてください。

 

圭一さん: 私は、もっと多くのアフガニスタンの人々に、私たちの演奏を聴いてほしいと思っています。日本に古くから暮らしているアフガニスタンの方たちは、アフガニスタンでの自由で平和な時代の記憶を大事にしています。一方で、若い世代は故国について多くを学びたいと思っていますし、故国のためにできることを模索しています。世代にかかわらず、日本のアフガニスタン人の方々に、私たちの音楽を聴いて故国を偲んでほしいと思っていますし、アフガニスタンに再び平和がもたらされることを強く願っています。それから、私はアフガンミュージックの延長線上に、アバンギャルドな音楽を創り出したいですね。

 

ちさとさん: 私は、日本の人々にアフガン文化の豊かさを伝えたいと思います。アフガニスタンには「紛争」だけでなく、美しい文化が存在しているのです。それから、世界中のアフガンコミュニティを訪ねて、演奏したいと思っています。そしていつの日か、“ちゃるぱーさ”というミュージシャンとして、アフガニスタンに行きたいと思います。

 

圭一さん: 私たちは、次のアルバム作りを計画しています。そのアルバムは、タジクやパシュトゥン、ハザラ、ウズベクなど、アフガニスタン全土の様々な音楽で構成される予定です。私たちは日本人です。だから、私たち独自のアフガンミュージックの解釈を示したいと思うのです。

ほかの誰でもない、私たちだからこそ、できることを。

 

これが私たちの輝ける祖国

これが私たちの愛する祖国

それは私たちそのもの アフガニスタン

 

その川の上で、その草原で眠らせてください

その丘の上で、その山で眠らせてください

 

( de zemong zeba watan 輝ける祖国 )

 

 

(パシュトゥーン人歌手アワルミールの代表曲)

 

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休憩時間中の一コマ。

ギャラリーオアシスさんはいつも和やいだ雰囲気です。

 

コンサート後半のはじめ、私も前に出て寺原さんと佐藤さんの「絨毯インタビュー」を受けました。

まー、とにかく人前に出てマイクで喋るという経験がなかったのですが、

お二人のサポートと観客のみなさんの温かい眼差しに支えられて、なんとかお話することができました。

 

ギャラリーの常連さんに混じって、「もしかして絨毯を見に来てくださった?」

という印象の方がいらっしゃいました。

もしこのブログを見てくださっていたら、あらためてお礼を申し上げます。

 

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* * *

 

絨毯展は10月21日(土)17時までです。

よろしかったら見にきてくださ〜い!

 

苺追記苺

 

10月14日(土)10:30〜 ギャラリートーク

(所要時間 約1時間)

ギャラリーオアシスにて モチロン無料です♪

答えられるかわかりませんが、ご質問などあれば是非どーぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2017.09.25 Monday

絨毯展はじまりました〜!

 

本日9月25日から、絨毯展がはじまりました〜!

 

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千葉市若葉区都賀3−24−8 都賀プラザ2階

「ギャラリーオアシス」(JR総武線「都賀駅」東口より徒歩2分)

tel 043-309-8353

 

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うれしいことに新聞折込の地域新聞「あさひふれんど千葉」が、写真入りで紹介してくれました。

 

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東京新聞の千葉版にも‥‥

 

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やはり写真入りで取り上げてくださって、感謝です〜〜!ニコッ

 

* * *

 

ということで、昨日は絨毯の展示作業をしました。

(日曜は本来お休みなのですが、スタッフの方が休日出勤してくださって助かりました〜)

 

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都賀駅東口から左手の通路を歩いてきて、この看板が目印です。

 

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一階は「中国小麦粉料理専門店 恵泉」さん、

向かって左手に階段があります。

 

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階段を上がってギャラリー入口です。

昨日はお休みだったので照明がついていません。

 

 

大きめの絨毯の展示方法は結局、カーテンの芯地を縫いつけて絨毯との間に丸棒を通す方法にしました。

 

* * * 

 

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こういう作業は実際にやってみないとわからない部分があるので

「うまくいくかな〜?」とドキドキでしたが、

スタッフの皆様のおかげで、絨毯を無事展示することができました〜〜!

 

オープン前の状態で什器などが置かれていますが、

展示内容をご紹介します〜♪

 

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エントランス周辺には、トルコのレイハンル。

真ん中のインディゴ部分のアブラッシュ(色の濃淡)が美しいです。

 

レイハンルキリムはどうやら、部族色が強い作風から、徐々に「商品化」の傾向を強めていったのではないか、

と個人的には推察していますが、このピースは部族の作風が比較的残っているように思います。

 

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ギャラリーのなかを進むと、ティムリーのメインカーペットと

トルコのコンヤのキリム。

 

「羊の角」のモチーフが力強く、トルコ遊牧民の生命力を感じさせるピースだと思います。

今回の展示品を選ぶにあたって考えたのは、「遊牧民の力強さ」です。

 

私の集めたものには「定住した村人」が織ったものも多いのですが、

それらは今回、出品していません。

 

キリムも「華やかでキレイね〜!」というピースよりも

厳しくも美しい自然環境の中での伝統的な遊牧民の暮らしが残っている印象のピースを選びました。

 

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前回もご紹介しましたが、右手はトルコ西部ベルガマ周辺の絨毯、

左手はトルクメンのエンシとチュバル表皮。

 

そしてなんと!

床には3枚の絨毯が敷かれています。

靴を脱いで、絨毯の踏みごこちを体験してみてください。

 

右から左へ、トルコ東部の寝具、トルコ東部の絨毯、アフガントルクメンの絨毯です。

 

いや〜、太っ腹〜〜!

(自画自賛) あ

左側は50年未満のオールド絨毯ですが、真ん中と右側の絨毯はアンティークです。

アンティーク絨毯を踏ませてくれる展示会なんて、ここだけでっせ! 

(自画自賛) あ

絨毯好きなら、来ないと後悔しますよ〜〜!

(自己宣伝&脅迫) あ

 

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後ろを振り向くと、収納袋コーナーです。

オリジナルの原型をとどめているマフラッシュ、チュワル、ヘイベは数点で

他は裏が取り去られた表皮(バッグフェイス)ですが、

トルコ、イラン、アフガニスタン、アゼルバイジャンといった地域や部族の違いを見つけてください。

 

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左手にはプレイヤーラグ(祈祷用絨毯)2点。

左側はトルコ東部、右側はホラサン地方のバルーチのもの。

 

奥はダイレクトメールの写真に使ったカシュガイ族の「幸福の絨毯」です。

昨日もギャラリーの人に訊かれたんですが、

「幸福の絨毯」という名前は私が勝手につけた名前ですので悪しからず。

 

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左側はハムセ連合「母と子どものボテ」、

これは私が勝手につけた名前ではなく、欧米の絨毯マニアたちが遊び心でつけた名前で、

ちゃんとした絨毯の本にも載っている名前です。

 

右側はカシュガイ族の3メダリオン・デザイン。

七面鳥のような赤い文様は、カシュガイ族固有のモチーフです。

 

* * *

 

大体こんな感じですが、絨毯やキリムはやはり実物を見ないとわからない部分がたくさんあります。

入場無料ですので、どうぞいらしてください。(10月21日まで)

 

なおギャラリーの下(一階)にある中国料理「恵泉」さんは

お料理がとても美味しいのは言うまでもありませんが、

スタッフの皆さんのホスピタリティーが素晴らしいんです!

 

「いらっしゃいませ!」と迎えてくれるホール担当の方の笑顔のやわらかさ、

お料理を運んでテーブルにすっと置いてくださる手の動き。

厨房で働かれている方たちのきびきびした動き、イキイキ感。

 

上っ面だけの「おもてなし〜」ではない、

本当のもてなしが「恵泉」さんにはあります。

 

あと、ギャラリーでは自社焙煎のコーヒーと自家製ケーキがいただけます。(有料)

心を込めて淹れてくれる香り高いコーヒーをぜひ味わってください。

 

お待ちしています〜♪ heart

 

2017.09.11 Monday

「絨毯展」にむけてバタバタ

 

前回の記事に絨毯屋トライブさんからコメントをいただいたのがきっかけで、

私が考えていた絨毯の展示方法に問題があることがわかった。

 

あまり大きくない薄手の絨毯は愛用の画鋲を使用するとして、

「メインカーペット」と呼ばれる大きめで重めの絨毯は、画鋲で固定するには負荷がかかりすぎる。

 

「絨毯の裏側にカーテンの芯地を縫いつけ、リングでピクチャーレールにつなげばOK?」

なんて考えていたら、それでは絨毯がたるむというアドバイスをいただいたのだ。

言われてみれば、そのとおり。

カーテンの部材を使えば、出来上がりはやっぱりカーテンみたいになる。

「ものを知らない&想像力がない」というのはオソロシイことだ。

 

そこであわててホームセンターに走り、

平べったい角材と、絨毯を木材に固定するためのCクランプ、ピクチャーレールに引っ掛けるヒートンを仕入れてきた。

角材も絨毯の横幅に合わせてカットしてもらい(1カット50円也)、

こうやってバタバタするのがなんだか楽しかったりした。テヘ汗

 

なんとか弛ませずに絨毯を展示できそうで、トライブの榊さんには感謝です。kyu

 

* * *

 

さて、寺原太郎さんナビゲーターによる「世界音楽紀行」10月は

絨毯展に合わせて「ちゃるぱーさ」さんのアフガニスタン音楽です。

お近くの方、お近くでなくてもぜひ!聴きに来てくださいませ〜〜!

詳しくはコチラ

 

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ギャラリーオアシスさんはひとつながりのスペースですが、

エントランス付近の販売コーナー、中央のオープンスペース、奥のカフェ・コーナーがあります。

「世界音楽紀行」のコンサートはオープンスペースで行われますが、

そこに展示する予定の絨毯を前もってご紹介したいと思います。

 

アーティスト演奏ステージに向かって右側の壁には、

Timuri のメインカーペット。

 

 

この意匠の絨毯は、部族絨毯の聖典ともいえる James Opie "TRIBAL RUGS" の表紙にも使われています。

 

アフガニスタン北西部に住む Timuri 族はチュルクーモンゴル系と言われており、

アラブ系と考えられているバルーチ族とは異なるエスニックグループですが、

絨毯の持つ印象が似ていることから「バルーチ絨毯系」として扱われることが多いようです。

 

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比較的新しいアフガニスタン絨毯にもこの意匠は使われており、「筆箱デザイン」と呼ばれているようですが、

たぶんディーラーが勝手に名づけたんじゃないでしょうか。

100年前の Timuri 族が筆箱を使っていたとは思えません。 

羊の角など伝統的な部族の象徴的モチーフや、生命の木を枠で囲ったものだと思います。

 

今回展示する絨毯は、ご覧のようなコンディションですが、

真夜中のように深いインディゴや、繊細で艶やかなウール、

キリッとしたドローイングをご覧いただきたいと思います。

 

同じ部族が織ったものでも、これだけの深い色と艶やかなウール、緊張感のあるドローイングは、

残念ながら新しい絨毯には見られません。

 

一般にバルーチ系の絨毯は「暗闇に光るダイヤモンド」と喩えられますが、

その呼称に耐えられるだけの色と質感を持つ絨毯は、実際には数少ないと思っています。

 

それぞれの「生命の木」たちが、夜の闇の中に、静かに、力強く立っている。

どこか神聖な印象を受ける絨毯です。

 

* * *

 

さてステージ正面には、トルコ西部ベルガマ近郊に住むユンジュ族の絨毯。

 

 

パイルは均等にすり減っていて、一見「キリム?」に見えますが絨毯です。

ベルガマ地方の古い絨毯にはほとんど正方形のタイプがあり、これはタテ150ヨコ145センチ。

 

 

ユンジュ族の古い絨毯はほとんど見かけないので、けっこう貴重だと思います。

トルコは華やかな印象の絨毯・キリムが多いのですが、

渋いレンガ色とインディゴを基調とした力強い意匠、

遊牧民ならではの美意識を感じさせる絨毯を味わっていただけたら幸いです。

 

* * *

 

ステージに向かって左側の壁はトルクメン絨毯です。

 

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写真右側は、テントの入り口にかけるドア(のれん)=「エンシ」デザインの絨毯で、

トルクメン族のテケ支族が織ったものです。

 

この絨毯は今回展示する絨毯のなかでは比較的新しいものです。

一部化学染料が使われている一方で、コチニールも使用されているので、20世紀初めあたりでしょうか。

 

左側は、同じトルクメンでもヨムート支族のチュバル(袋)の表皮です。

ヨムートは渋い茶色の絨毯が多く、下側なんてブラックチョコレートみたい。

そして触るとプニュプニュしてゴムのような質感!

最初このラグに触れたときはビックリしました。

上も茶色のグラデュエーションや緊張感のあるギュルの並び方をご覧ください。

 

* * *

 

‥‥とまあ、絨毯展に向けてオタオタしつつも準備を進めています。

 

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あと、おまけですが9月26日(火)と10月14日(土)それぞれ10時半から簡単なトーク会あります。

下手な話なので、スルーしてくださいませ〜!ゆう★

 

でも、できれば絨毯展はたくさんの方に見ていただきたい〜!

お待ちしています〜〜! きらきら

 

 

 

 

2017.09.02 Saturday

絨毯展のおしらせ

 

4ヶ月ちかくご無沙汰していましたが、みなさまいかがお過ごしですか?

 

ほぼ「オワタ」のこのブログ(笑)ですが

9月末から絨毯の展示会をしていただくことになりました。きらきらゆう★きらきら

 

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ジャーン!

ギャラリー・オアシスさんがつくってくださったダイレクトメールです〜!

 

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昨年末の「絨毯好きのつどい」に来てくださったバンスリー奏者の寺原太郎さんが

こちらのギャラリーで「世界音楽聴こう」じゃなかった「世界音楽紀行」のナビゲーターをされており

ほぼ月一のそのイベント、わたしもすっかり常連になってしまいました。

 

んでね、そのギャラリーはとにかく雰囲気がなごやかで堅苦しさがないのに、

どことなく文化的な香りもして、とってもステキな場所なんです。

→ ギャラリーオアシス

 

太郎さんのご紹介で、なんとわたしに「絨毯展示をしませんか?」とのお誘いが!

 

絨毯展示といえば、絨毯屋のトライブさん主催によるバローチ展

私の祈祷用絨毯を展示していただいたことがありますが、それ以来です。

 

あのときも私は何もせず「おんぶにだっこ」で、お世話になるばかりでしたが

今回もほぼ S店長さんはじめ、ギャラリーオアシスさんにお世話になるばかり。

 

日本ではマイナーな存在の部族絨毯を展示していただける機会を与えていただき、

本当に感謝しています。ハート

 

やはり絨毯は実物を見ないとわかりません。

お近くの方で「ちょっと見てみようかな」と思われる方がいらっしゃいましたらぜひどうぞ!

 

(展示品は販売いたしません)

 

 

 

2017.05.13 Saturday

『女の一生』




この地母神モチーフのアナトリアン・キリムは強烈だ。

爆発する生命力。



火花を散らしている女。



伊藤比呂美『女の一生』読了。
草間彌生がビジュアルの女王ならば、伊藤比呂美はバーバルの女王だ。



立派なヒゲが生えている。
2017.05.12 Friday

オブジェ on kilim

きょうも初夏のような陽気



金森正起さんの金属オブジェ


みずのみささんのグラス



宇宙をイメージしたガラスのオブジェ


ものをつくれる手ってすごい。
2017.04.17 Monday

北インド古典音楽@源心庵

 

きのうは天気も良く初夏のような陽気。

絨毯好きのつどい2016」に来てくださった寺原太郎さんのコンサートに行ってきた。

 

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「絨毯好きのつどい」以来、寺原さんが主催している「世界音楽紀行」に通うようになった。

 

寺田亮平さんのトゥバ音楽を皮切りに、スウェーデン音楽、チベット音楽、アイリッシュ音楽と聴いてきたが

なかなか聴けない世界の音楽を生で聴けるチャンスだし、

毎回行くたびに新しい収穫があって、楽しみにしている。

 

この「世界音楽紀行」とは別に、「数寄の庵で聴く北インド古典音楽」に行ってきた。

 

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左の建物が、江戸川区の行船公園内にある数奇屋造りの日本建築「源心庵」。

月見台が大きく池へ張り出していて、水がすぐそばに感じられる。

池には鯉やマガモなど水鳥がたくさん。

建物から池をへだてた対岸には、葉桜となりかけた桜が見えた。

 

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すみません、最初はブログ記事にするつもりじゃなかったので、

コンサート終了後の日暮れの写真で見栄えがしませんが、よく手入れされた素敵なお庭もありました。

 

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今回のフライヤー、これまた持ち回っていたので折り目クチャクチャ汗

 

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当日いただいた資料によれば、北インド古典音楽は

旋律を奏でる「主奏者」、リズムを奏でる「伴奏者」、通奏低音を奏でる「タンブーラー奏者」で構成されるという。

 

今回は二部構成で、前半は寺原さん(バーンスリー)、後半は H. Amit Roy 氏(シタール)がそれぞれの主奏者で、

どちらも伴奏者はタブラの池田絢子さん、タンブーラー奏者は寺原百合子さんだった。

 

北インド古典音楽をきちんと聴くのはこれが初めてだったけれど、

やはりインドという国の奥行き、深さのようなものを体感した。

 

まず一曲の長さ! 前半は50分超、後半も1時間超!

一番好きなバッハのゴールドベルク変奏曲が、演奏者にもよるけれど大体1時間なので、それに匹敵するわけだ。

しかも即興ですよ、あーた!

 

寺原さんいわく「まずその日演奏するラーガ(彩り)を決めるんですが、同じラーガでも

その日の気分によって30分で終わったり、1時間以上にもなったりする」そうな。

 

最初はチューニングから始まる。

主奏者が自分の基本となる音を決めた上で、タンブーラーとタブラもそれに合わせる。

あるインド音楽の演奏者はチューニングについて「神様の座る椅子を整える」と表現しました。

正しい音の椅子にのみ、神様が座ってくれるのです。

 

うん、この言葉、演奏を聴いた後ではすごくわかるー。

インド音楽って神様抜きでは語れないのではないだろうか。

 

* * *

 

さて、寺原太郎さん。

「春の曲にしたいんですが、インドの春って日本の春とかなり違うんですよね。

激しい感じのものが多いんですが、今回は比較的日本に近い感じのラーガでいきます。

桜のようにふんわりと美しく、けれどどこかにちょっと狂気をはらむような」

(スミマセン、うろ覚えなので発言が正確でないと思いますが)

ということで始まった。

 

「気楽に聴いてくださいね。後ろでお茶飲んでも結構ですし、池を眺めに立ってもいいですよ」

えっ、そうなのー。

 

それにしてもバーンスリーという横笛は懐が深い音を出す。

寺原さんのバーンスリーを聴いてからは、手持ちのCDのフルート協奏曲が物足りなく思えるようになったくらいだ。

いわゆる「室内楽」として発達したフルートと、バーンスリーは成立ちからして違うのかもしれない。

 

演奏を聴いたシロートの感想。

「比較的日本に近い」の言葉どおり、旋律もどこか日本的な気がしたし、

満開の桜をイメージして演奏されていたのかもしれない。

最初はおもむろに主奏者の演奏、

やがてタブラが入ってきてスリリングな掛け合いへと進行する。

 

あー、桜だ〜満開の桜〜、桜吹雪〜!

なんか身体がむずむずと動きはじめる。

前の席では首をくねらしてリズムを取っている人もいる。

人目を気にすることがなかったら月見台に出て踊っちゃってたかも。

 

「そうだ、こういうときは田中泯!

田中泯を呼んできて踊ってもらおう!」

と目を閉じて音楽を聴きながら勝手に妄想に耽った。

 

最初は「40分くらい」とのことでスタートしたが、興が乗って50分超〜!

すごいな太郎さん、熱演でした〜!

撥弦楽器や打楽器でも50分の演奏は体力勝負だと思うのに、笛ですよ笛!

声楽の人だって、あんなにぶっつづけに歌ったらもたないんじゃないかなー?

アメージング呼吸法!

今度、肺活量どれくらいあるかきいてみよう。

 

* * *

 

さて、休憩を挟んで H. Amit Roy 氏のシタール。

シタールも、ビートルズが採り入れたことぐらいしか知らないお寒い状況のワタシ。

 

前半のノリノリ気分を残しながら後半の演奏が始まった。

 

‥‥‥‥

 

前半の演奏は、"Music in the air〜!" という感じで

どちらかというと、音楽が外に向かって放たれていく印象だったのだが、

後半は非常に思索的で、個人の内面に向かって深く深く「問い」を発しつづけるような印象を持った。

 

前半は日本人の感性に近い音楽のように思えたけれど、

後半は、厳しい自然環境に生まれ、悠久の昔から積み上げられてきた思索の国の音楽だなと思った。

 

まあ、「何も知らない素人のたわごと」ということで聞き逃して欲しいのだけれど

なんだか、大きな悲しみをたたえている音楽という気がしたのね。

 

そうすると、いまの世界のこととか考えちゃって。

いまだって大きな自然災害が起これば、人間の力っていうのは本当に小さくて何もできないのに、

人間がつくりだす災いが猖獗を極めつつあるような世界のこと。

 

そんな世界に対して自問自答とともに、絶対者=神にたいして問いかけをつづけているような音楽。

アミット・ロイ氏の音楽からそんなことを感じた。

 

だから後半は首を振ることもなく、かしこまって聴いておりました。ぐすん

 

まあそれでも、アンコールに応えて演奏した曲は

「それでも世界は続く」という感じがして、ホッとした。

 

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きのうは興奮してなかなか寝つけなかった。

その混乱を引きずったまま記事を書いたので、支離滅裂だけれど、

それも私の1ページ。

 

 

心に響く音楽を聴けて、よかった。

 

 

 

 

 

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